【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

閉ざされた部屋(1)

 それからお互い忙しい日が続き、奏と顔を合わせたのは、電話から三日後の夜だった。
 その日はなんとか早めに仕事を切り上げ、部屋へ荷物を置いてから奏の部屋へ向かう。彼は今の今まで仕事をしていたのか、目をこすりながら迎えてくれた。

「大丈夫? 疲れてない? って、わっ……」

 奏は、会うなり大した会話もせず、私のことをきつく抱きしめる。

「ん……花梨だ」
「ど、どうしたの?」
「すごく会いたかったから。ホテルで話してからなかなか会えなかったし」

 言いながら、抱きしめる腕にぎゅっと力をこめる。まるで、もうどこにも行かないでと言っているように。

「ごめんね、私もなかなか時間作れなくて」
「ううん。俺も忙しかったし。花梨も仕事お疲れ様」

 一度私を離すと、労わるように愛でるように、頭をよしよしと撫でる。その優しい手に、胸がトクンと鳴った。
 そのままごく自然に、触れるだけのキスを落としたかと思うと、だんだんと深くなっていく。部屋の真ん中で立ったまま。会えなかった時間を埋めるように、深く口づけを交わす。

「あっ、それ……ダメ……」

 両手を頬に添えられて、たまにその手が右の耳を弄ぶと、全身からゾクゾクとこみ上げてくる感覚に声が漏れた。

「……可愛い」

 クスリと笑って、私の濡れた唇をなぞる。色素の薄い瞳の周りは、やや赤らんでいて、その中に私をとらえている。瞳から真っ直ぐに伸びたまつ毛は長くて、なんだか色っぽい。

「んっ……」

 数秒視線が絡んだ後で再び唇が重なると、今度は角度を変えながら、深く浅く、探るように奥深くまで貪り尽くしていく。
 下がってきた掌が背中から、ブラウスの隙間に手が差し込まれていき――

「ま、まって……今、するの……?」
「嫌?」
「い、嫌というか……ご飯作ってくれたって言ってたから」

 そう伝えると、奏は「そうだった」と呟き、ゆっくりと熱が遠ざかっていく。

「ごめんね。久しぶりだったから、つい我慢できなくて」

 久しぶり、と言っても五日ぶりくらいだ。奏にとって、五日は一カ月くらいの感覚なのだろうか。そう思うと何だか可愛くて、同時にそれくらい愛されてるのだと思ったら、また胸がどうしようもなく高鳴った。

「お腹空いてるよね。作ってあるから、温めるね」
「あ、うん。ありがとう。奏も仕事忙しいのに」
「気にしないで。俺が好きでやってることだから」

 忙しい中、ご飯を作ってくれたことに感謝をしつつ、彼に促されるまま椅子に座った。



 今日の夕食は、和食を中心とした献立で、相変わらずどれも美味しい料理だった。「今度私も何か作ろうかな」なんて漏らしたら、奏は今日一番目を輝かせていて、練習しなきゃとプレッシャーを感じてしまった。
 夕食後、奏が淹れてくれたハーブティーを飲んでいると、ふとテーブルのそばにあった清田酒造の酒瓶が目に入る。

「これ……」
「ああ、これが投稿したやつ。ちなみに前ホテルで一緒に飲んだのと同じやつだよ」
「ホテルでって……」

 初めて体を重ねた翌朝、一緒に飲んでいた一升瓶をそのまま置いてきたことを思い出す。確か奏は、あの後一人で飲んだと話していた。

「東京まで持って帰ったんだよね? ごめんね、荷物になって。置いていけばよかったのに」
「ううん、美味しかったから。それにこのお酒、ひとつひとつ丁寧に作り上げてるんだなって思ったら、最後の一滴までちゃんと飲まなきゃって思って」

 たかがお酒に、なんて言い方をしたら失礼だけど、それくらい真面目に奏が酒瓶のラベルに触れる。まるで、宝物を扱うかのように。

「初めて花梨と一緒に飲むきっかけをくれたお酒だしね。置いてったらバチが当たる気がして」
「……そうだね。おばさんたちが聞いたら喜ぶと思うよ。でも、言ってくれたらあげたのに」
「それじゃ意味ないでしょ。俺も花梨の会社に貢献したくて。なくなったらまた頼ませてもらうね、他の種類も試してみたいから」

 奏の口調からは、本当にこのお酒を気に入っている様子が伺える。私としても思い入れがある商品だけに、奏が気に入ってくれて純粋に嬉しかった。

「うん、ありがとう。そうだ、奏のアドバイス通り、注文フォームも少し調整したからぜひ」

 以前、奏から葛巻くんに届いていたサイトの改善点について、早速テコ入れをしていることを伝えると、彼は柔和に微笑む。

「私たちじゃ気付けないところまで指摘してくれて、すごく助かったよ。葛巻くんもすごく感謝してた」
「そっか。お役に立ててよかったよ。あ、そうだ。今更なんだけど、花梨の会社での実績も俺のポートフォリオに追加しても大丈夫?」

 ポートフォリオとは、奏がクラウドソーシングで応募をしてきた時に見たホームページに載っていたものだろう。もちろん、私としては何ら問題ないのだが――

「でも、いいの? 何だかすごい大企業ばかりで……うちみたいな地方の小さい企業が……」
「何言ってるの。大きいとか小さいとか関係なく、フルルは立派な会社だよ」
「そ、そうかな?」
「当たり前だよ。それに、今回の仕事は俺の中でもすごく特別なんだ。思い入れがあるっていうか……出来も満足したものが作れたし」

 奏の言葉は、ひとつも誇張なんてしていないし、すべてが彼の本心だと感じる。同時に、ここまで真剣に仕事を受けてくれたのだと思うと、感謝の気持ちが溢れて来た。

「ありがとう。そんな風に思ってくれてたなんて、すごく嬉しい」
「どういたしまして。またいつでも頼みたいことがあったら言って。俺にできることがあれば、なんでもするから」
「うん。ありがとう」

 話が一区切りついたところで、奏が思い出したように「そういえば」と口を開く。

「この間、ホテルで電話した時さ。何か言いかけてなかった?」
「え?」
「ほら、会った時話すって」
「あ……」

 言われて、奏のことを疑っていたことを思い出す。結局彼と話していて、怪しさなんて感じなかったから、すっかり忘れていた。

「ちょっと気になっちゃって。何だったの?」
「えっと、本当に大したことじゃないんだけど……」
「それでもいいよ」

 疑ってなくても、気になるなら聞いて解消しておくべきかもしれない。もう二度と、奏を疑わないように。

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