【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

ハンカチと告白(2)

 新幹線の発車時刻が近い駅は、いつも以上に賑わっている。夕暮れ時の改札、私は小鳥谷さんに呼び出されて彼に会いに来ていた。
 改札のそばで、スーツケースを片手に佇む彼を発見すると、すぐ傍まで近寄る。

「よかった、会えて。はい、これ」

 一度寝てしまったからなのか、今日の彼はあまりキラキラしていない。私に会うなり、綺麗に折りたたまれたハンカチを差し出すと、小鳥谷さんは柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございます。わざわざすみません……」

 小鳥谷さんから連絡があったのは、小一時間ほど前。私がホテルにハンカチを忘れているから、東京に戻る前に会って渡したいという連絡だった。
 まったく不覚だ。自ら忘れ物をしてしまうなんて。

「……もしかして、わざと忘れた?」
「そんなわけないじゃないですか……!」

 いつの間にかフランクになった口調で、彼がクスクスと笑う。
 これじゃ私がまた彼に会いたいがために、わざとハンカチを置いてきたみたいだ。そんなことがないように、部屋を出る前に確認したというのに、私の目は節穴か。

「あの、本当にこれは――」
「わかってる。でなければ、あんな朝早くに出ていかないもんね」
「う……そうですよね。すみません、何も言わずに」
「声かけてくれればよかったのに」

 やはり非常識だったか。いや、昨夜の情事のあとで、非常識も何もないような気がするけれど。改めて関係を持ってしまったことが照れくさくて俯くと、頭上で微かに息を吐く音が聞こえた。

「やっぱり、それは抜いておいて正解だったかな」
「え? 抜く……?」
「ハンカチ。忘れて行ったら、最後にまた会えると思って」
「それって…………ええ!? 私の鞄から抜いたんですか!?」
「ごめんね。すぐ上に置いてあったから、ついね」

 悪びれもなく、小鳥谷さんは悪戯に笑う。
 どうりで、おかしいなと思った。わざわざ取り出していないハンカチを忘れるなんて。これをわざと抜いたなんて、恐ろしい人。

「で、でもどうして……」
「言ったでしょ。また会いたかったから。このまま離れ離れなんて、寂しいじゃない」

 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。小鳥谷さんの考えていることがまったく分からず、口をわなわなとさせる。そして彼は私の反応を見て、追い打ちをかけるように口を開いた。

「一晩だけなんて寂しいから、また会ってよ」
「え、それは……」
「というか、付き合ってほしい」
「つき……!?」

 まさか、という言葉が次々と彼の口から発せられる。
 さすがに私の頭は思考停止状態で……。

「どこへですか……?」

 無意識に、冗談抜きで、真面目にそう返していた。小鳥谷さんは、キョトンとした後で、噴き出すように笑い出す。

「はは、さすがにそう返されるとは。じゃあ言い方を変えるね。俺と恋人になってくれない?」

 一人称を「僕」から「俺」に変えて、小鳥谷さんの唇が綺麗な弧を描く。
 あまりにストレートな言葉にもう一度思考が停止したけれど、すぐに言葉の意味を理解して首を横に振った。

「む、無理ですよ! さすがにそれは!」
「どうして?」
「私たち、出会ったばかりですよね?」
「好きになるのに時間は関係ないよ。俺、花梨のこといいなって思ってるし。好きになっちゃった」

 呼び名まで、いつの間にか名前に変わっている。あまりに自然すぎてまったく違和感がないから、こんな状況でもつい感心してしまう。

「で、でも小鳥谷さんは東京の人ですし」
「うん、だから? 新幹線ですぐだよね?」

 まるで、電車で隣町に行くくらいの感覚だ。新幹線なんて、時間もお金もかかるというのに。

「そ、それに仕事もありますし!」
「仕事は関係なくない? 俺は仕事に私情は持ち込まないし、ちゃんと手は抜かずに納品するけど」
「それに……」

 ああ、ダメだ。これ以上理由が出てこない。
 そもそも恋人というのは、地方の恋人的な立ち位置なのだろうか。そうでもしなきゃ、小鳥谷さんのような男性が私なんかと付き合うメリットを感じられない。

「他には? もうなくなった?」

 待ちくたびれたのか、小鳥谷さんが顔を覗き込んでくる。そっちがその気なら、奥の手を使うしかない。

「き、昨日も話しましたけど……私元カレのことがあるんです。だから、小鳥谷さんとお付き合いしても、なんだか重なってしまうというか……比べてしまうところがあると思うんです」

 別に未練があるわけではない。それでもなぜか、二人は何かが似ているから。そんなの、小鳥谷さんにとっても失礼だ。こう言えば、彼だって諦めてくれるかもしれないし。

「だから……」
「それでいいよ」
「へ?」

 小鳥谷さんは驚くほどあっさりと、「何か問題ある?」という風に承諾した。

「俺はそれで構わない。代わりでもいいって昨日言ったよね」
「ええ? さすがにそれは……」

 昨日のホテルでの言葉は、冗談でもなんでもなかったのだ。

「とりあえずお試しでもいいから、付き合ってみようよ。嫌なら、いつでも言ってくれればいいから」

 ここまで断るための理由を並べているというのに、彼は決して引かない。もはや私から、ノーの言葉は言わせないという気迫まで感じられた。それでも素直に頷くことができず視線を泳がせる。

「……じゃあさ、花梨は、俺のことを人として良い人だと思う?」
「それはもう、はい……」

 もちろん良い人だし、異性としても顔もスタイルも良い。その上仕事もできて、やっぱり私にはもったいないくらい。

「今、付き合ってる人はいないんだよね?」
「は、はい……」
「好きな人もいない?」
「はい」
「それじゃ、付き合おっか」
「はい……ええ!?」

 自分でも馬鹿なくらいあっさりと誘導尋問をくらって、頷いてしまう。なぜ、彼がここまで強引なのかは、甚だ疑問である。

「うん、じゃあ、これからよろしくね。あ、そろそろ新幹線の時間だから、行かなきゃ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

 今の一言で、もう恋人になったというのだろうか。改札へと向かう彼を引き止めると、何かを思い出したように振り返った。

「少しの時間会えないから、それまでね」
「な――っ!?」

 小さく呟き、私の腕を引くと、ほんの一瞬唇が重なった。彼の柔らかい唇が私の唇を優しく食むと、ゆっくりと離れていく。

「それじゃ、また連絡する」
「あっ……」

 私の反応を見ることもなく、彼が改札の方へとかけていく。
 今、キスされた……!?
 やっと状況を理解したときには、時すでに遅し。行き交う人々が、冷やかすような目でこちらを見ている。「あの人たち今キスしてたよね?」と、空耳が聞こえるくらいに。
 改札を通った彼はもう一度振り返ると、悪戯な笑みを浮かべて軽く手を振る。嵐のような告白に状況が把握できないまま、好奇の目を避けるように、足早に駅をあとにした。

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