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つくも茄子

19.淑女教育その一


 
 カツン、カツン、カツン。

 少しヒールのある靴で、優雅に歩くためのレッスンを受けております。成長途中のため、あまり高いヒールを履くのはよくないそうです。なんでも足の形が悪くなるとか。そのためレッスンに使用する靴は三センチまでと決まっています。お母様は五センチの靴を履いてらっしゃいますが、ミレニウス先生が仰るには、普通の貴婦人は七センチ以上の高さの靴を履くのが一般的だそうです。大人の女性は大変ですね。よくそんな高いヒールを履いてよく転ばないものだと感心してしまいます。


 パンパンパン!!

「そこまで!」

 ミレニウス先生が手を叩いて、歩くのを辞める指示がはいりました。優雅さが足らないのでしょうか?

「バーバラ嬢、何故、散歩をする速さと普段の歩く速さがここまで違うのですか?」

「?ミレニウス先生、質問の意図が分からないのですが……」

「本来なら、散歩の時の方が歩く速さは普段よりも遅くなるのが一般的です」

 歩く速さを指摘されてしまいました。

「それは人によるのではないでしょうか?」

「確かに人によるでしょう。しかし、散歩とは景色を眺めたり、咲いている季節の花々を愛でるために行うもの。バーバラ嬢、貴女にはそのようなところが全くないように見受けられるのです。貴女が散歩を日課としているのは何か別の目的なのではありませんか?」

 なるほど、そういう意味合いだったのですね。

「周りの変化には気を付けるように心掛けて歩いているつもりだったのですが。申し訳ありません。元々、散歩ではなくランニングをしておりましたから、その名残にようなものなのです」

「ランニング?伯爵令嬢である貴女がですか?」

「はい。お恥ずかしながら、私は二年ほど前は大変太っておりまして、体形改善のためにダイエットを一年ほどしていたんです」

「なるほど。それで……。もしや、柔軟体操と称している、機材もダイエット用なのではありませんか?」

「はい。私は太りやすい体質なので少しの油断で直ぐに元に戻ってしまう事が判明しております。そのため日頃の体操は欠かせないものなのです」

「……それならば納得です」

「ご理解いただいて嬉しいです」

 ミレニウス先生も納得してくれました。

「ですが、もう少し歩く速さや普段の動作を機敏にする必要はあります。バーバラ嬢は猫背の癖もありますから、それも直していかなければなりません。姿勢を正すことこそ淑女の第一歩です」

「本当に申し訳ありません。は重くてどうしても体が丸くなってしまうのです」

「いいわけ……」

「先生?」

 お珍しい。言いかけて止めてしまわれるとは。それに、口を開けたまま硬直してしまわれました。
 こんなミレニウス先生は初めてです。

「鉄靴?!!! バーバラ嬢、貴女は鉄靴を履いているのですか!?」

 硬直状態から脱するや否や、今まで聞いたことがないほどの絶叫。
 先生でも驚くことがあるのですね。

「何故、そんなものを履いているのです!?」

「これもダイエットの一環だったのです。ランニング用にしていたのですが、今は普段使い用にしております」

「今、履いているレッスン用以外の靴も鉄入りなのですか?」

「勿論です!」

 しかも特注品です。
 靴屋の主人も職人も、発注をお願いした時は「こんな依頼は初めてだ!」と喜んでおりました。
 これは私の自慢の一品なのです。
 あら?
 どうなさったのですか?先生?右手を額に押さえつけていらしてますけど、熱でもあるのかしら?

「……バーバラ嬢、今すぐ止めなさい。鉄靴は禁止します」

「先生、それでは私の体形が元に戻ってしまいます」

 そうなのです。
 私は太りやすい体質なのです。

「……鉄靴の代わりに乗馬のレッスンを開始しましょう」

「まぁ!乗馬を!素晴らしいですわ!」

 流石、ミレニウス先生です!
 代わりになる案をこうも見事にお出しくださるとは!
 しかも乗馬!素敵です!
 以前からやってみたかったのですけれど、お父様が「危ないから」という理由で反対され、出来なかったのですが、ミレニウス先生のお墨付きとあらば問題ありません。ミレニウス先生の事ですから、お父様が反対されても説き伏せてくださるでしょう。




 ……、……、……。

 あぁ~~~~~~。
 やはり普通の靴は軽いですわね。足に羽が生えたような気分ですわ!


「バーバラ嬢……」

「はい、ミレニウス先生」

「普通に歩いていいのですよ?」

「? ミレニウス先生、私は普通に歩いております」

 どうなさったのでしょう?
 ミレニウス先生がおかしなことを言いだしましたわ。

「……バーバラ嬢は足音がしないのですけれど……何かあるのですか?」

「足音、ですか?」

「ええ。先程から全くといっていいほどバーバラ嬢から足音がしないのです」

「まあ、そうでしたか。足が軽い事が嬉しくて全然気が付きませんでした。ミレニウス先生、足音がしない事が何か問題ですか?淑女は音を出して歩かなければなりませんか?」

「……いいえ。貴族の常識では『淑女は軽やかに静かに歩くべきもの』と教え諭します」

「良かったですわ。それなら全く問題ありませんね」

 静かに歩くのなら、音がしない方が良いでしょう。

「……そうですね」

 ミレニウス先生?
 何故か目が遠くを見ているようですわ。
 何かあったのでしょうか?

 私は気付かなかったのですが、この時、ミレニウス先生には一抹の不安と『淑女教育』の在り方に疑問を持ったようでした。

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