鸞翔鬼伝〜らんしょうきでん〜

紗々置

天命.三 偶発〔伍〕

「待ってよ義成!」

後を追って来た所は、清洲城の近くにある小高い丘の中の森であった。

 その奥深くの、生い茂った木々の中に真新しい小屋が建てられていた…。

中に入ると、義成は凄い形相で睨む。

「翔隆、〝掟〟を破ったな?」

「そ、それは…認めるさ。けど! 俺だって好きで〔一族〕なんかに生まれた訳じゃない! それに、皆だって〝掟破り〟だったじゃないかっ!! 皆………皆は!? 母さんや姉さん達……睦月や拓須は?!」

義成は沈黙した。

「まさか……死―――っ!?」

「違う! …いや……弥生さんは…死んだ………」

「母さんまで…っっ!」

翔隆はぎゅっと唇を噛み、涙を堪える。

「…楓は、何処かで必ず生きている筈だ」

「どこか…って…一緒じゃなかったのか?!」

「逃がしたのだ。奴らが、集落に目を奪われている隙に…」

  生きている!!

…そう、目が語っていた。

彼とて、愛する女を易々と殺させる様な男ではない。

それにうなずいて、翔隆は小屋の中を見回す。

「…睦月達は……?」

ピクリと義成の体が、一瞬強ばった。

それを見て、翔隆は例え様のない不安に駆られる。

「義成! 睦月と拓須は?!」

翔隆は叫びながら、義成の体を揺する。

だが義成は、目を閉じて辛そうにうつむくだけである。
「…どうしたんだ…? 何故、何も言ってくれないんだ………義成っ!」

「………」
沈黙。

義成は、どう話していいものか考えていた。

〈…あの二人が狭霧だと……言ってしまった方がいいのか? しかし、翔隆は認めずに拒絶するだろう…どう、言えばいいものか…〉

考えていると、翔隆が蒼白して言う。

「まさか…殺され、た…のか…?!」

「いや! 生きて…いる」

「なら、どうしてそんな顔をする?! 何があったんだ!!」

「翔隆…」
義成はやっと顔を上げた。

そして、力強く翔隆の両肩を掴む。

「落ち着いて、よく聞け。睦月達はもう戻らぬ」

「え……?」

「陽炎に、連れ去られた……〝今川〟に送られたのだ」

「今川? 駿河の? 何で?!」

「それは……」

「義成っ!!」

またもや、だんまりである。

翔隆は出掛かった言葉を呑み込み、深呼吸をして少し心を落ち着かせてから、今聞いた話を頭の中で整理する。

〈陽炎に連れ去られた………あいつは睦月でさえも敵わなかった相手だ。もう戻らない…?どういう事だ? 今川に連れていかれた……陽炎が、今川と通じている! …だが……何故?いや、考えても判らないんだ。…きっと義成はその事について、何か知っている………だが、何か言えない〝訳〟がある…〉

義成を見ると、彼はやはり辛そうに唇を噛み、うつむいている。

それを見て何かを確信すると、翔隆はスックと立ち上がった。

「翔隆?」

「今川に、居るんだね?」

「何をする気だ」

「―――俺が…助け出す」

「無茶だ! お前の敵う相手ではない!!」

「そんな事判ってるさ! でも俺は、じっとなんかしていられないんだ! …無理はしない、大丈夫」

「待てっ…」
止める間もなく、翔隆は飛び出していった。

〈義成の様子を見れば無理だって判る……義成だって、きっとあいつと戦って止めようとしたんだ。……でも、出来なかった…―――義成でさえも敵わない相手に、立ち向かうなんて出来る筈もない…。だけど、誰かがやらなくちゃ…義成がやらないのなら俺が……やるしかない――――!!〉
 まず真っ先に那古野城に入ると、翔隆は己にあてがわれた城の一室に向かい、志木の形見である小刀を背にした。鏡に向かいコクリとうなずき決意を固めると、信長の下へ走っていった。

「信長様!」
「おう! 早かったのう」
「俺に、しばしの暇を下さい!」
「何ッ?」
仕えて早々、休みをくれとは大胆不敵…というか、突飛な発言である。驚く信長らに、翔隆は真剣な眼差しを向ける。
「お願いします! 無礼だとは思います。でも、どうしても行かねばならない訳があるのです! それは…どうか聞かないで下さい。俺の……大事な〔師匠〕の危機なのです! …どうか、お許しを…!!」
その深刻な表情で、信長は何かを悟りうなずいた。
「許す。行って参れ」
「ありがとうございます!」
そう言い翔隆は、深々と頭を下げる。そして、そのまま外に飛び出し、石垣を飛び越えて行ってしまった。
「お珍しいですな」
どこか嬉しげな平手政秀の言葉に微笑し、信長は表を見やった。

 …本当に珍しい。

信長がこんなにも清々しく、家臣を〝見る〟とは…。
〝翔隆〟という風が、今までの信長を…………いや。
那古野城を、変えつつあるのだ………。

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