ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜
11-2
勢いよく、薄暗い部屋に押し込められた。スーツを着替えるのも面倒だとため息をつきながら海斗はソファに横になっている。
「社長! なんですかその顔は! 今にもぶっ倒れそうな顔して、残りははデスクワークばかりですから少し寝てなさい! 体調管理も社会人として大切な一つですよ! 全く」
取引先に配るお菓子を朝から行列ができる洋菓子店に買いに行き、出社してきた安藤に怒られた。ガミガミとまるで子どもが母親に怒られているような構図だったが、海斗は母親に怒られたことは一度もない。成績も優秀だったし、素行も悪いところはなかったので怒られる要因もなかった。歳をとってからの子どもだったので可愛いのほうが強いのだろう、と思っていくらいだ。海斗のことを平気で怒るのは安藤と、羽美の二人くらい。
「横になっても眠れないこと安藤は知ってるくせにな……」
元から人の気配がある場所では眠れない海斗だが、ここ最近、海斗はあの雨の日に蘇った断片的な記憶が夢となり連日眠れないでいた。
頭痛が起こり、新しい記憶がフラッシュバックすることはない。けれどあの雨の日に断片的に思い出した記憶が目をつぶると脳裏に映し出され、本当に自分のものなのか、信じられず、認められないでいた。
海斗の前を必死で走る女の子。そしてもうひとつ頭の中に流れ込んできた映像は女の人が首吊り自殺をした現場の映像だった。
目を瞑ってしまうと最近はその映像が脳裏り浮かんできて眠ることが怖い。一瞬、羽美に添い寝してもらえば安心して眠れるかもしれないとも考えた。羽美だけは側に居ても海斗に安心感を与えてくれ、気配を感じてもその気配が心地よく眠れる。けれどその事を本人に言うのも恥ずかしいし、首吊り自殺の映像が流れてくるなんて言ったときには心配をかけてしまいそうだ。ただでさえ今も心配を掛けていることは自覚している。けれどこれ以上心配をかけたくない。海斗はたった一言「一緒に寝てほしい」が言えなかった。
(大の大人が夢が怖くて眠れませんなんて、かっこ悪すぎだろ……)
体調が優れず、羽美からの誘いも連続で断り、一人で悪夢と戦い続けた。その結果、寝不足は解消されず安藤に怒られてしまったというわけだ。
(俺も少し素直にならないとやばい、よなぁ……)
海斗は深くため息をつき顔を両手で覆った。
(でも、今日は俺から大倉をデートに誘うんだ)
十一月二十八日、今日は羽美の誕生日だ。履歴書で確認済みなので間違いはないはず。夜はディナーに誘おうと既にレストランは予約済み。プレゼントもバックの中に小さな箱を忍ばせてある。
ここ最近忙しかったのと自分の体調不良のせいで羽美との時間を取れないでいたので二人きりになるのは久しぶりだ。ぬかりなくホテルの予約も取ってある。
(大倉といるとすごく安心できて、ずっと、一緒にいたいって思うんだよな)
海斗の中で確実に羽美は必要不可欠な存在となっていた。
最初はお見合い話を断る為に容姿もいいし、性格も明るくて面白い、だから少しの間付き合ってくれればちょうどいいと思った。だからポロッとお見合い話がある事を話しただけなのに。結婚なんて全く興味もないし、ましてや誰かを好きになるなんて一生有り得ないと思っていたのに。
――私のことを好きになればいい。そしたらなんの問題もなく結婚できますよ。
その通りだ。
あっという間に恋に落ちていたなんて。
彼女を誰かに捕られてしまうと考えただけで腸煮えくり返りそうになる。彼女の玄関に飾ってあった幼い頃の写真を見ただけで嫉妬心が抑えきれなかった自分にも驚いた。自分だけのものにしたい、そう思う気持ちが日々より一層強くなる。
(何度も誘いを断っちまったから、今日は大倉のしたいこと全部叶えてやりたいな)
海斗は決心し、ゆっくり目を閉じた。きっと頭の中を羽美でいっぱいにしたら嫌な映像もうかんでこないだろう。
「ねぇ、大倉さんどう? 最近好きな人とは進展あったの?」
ドア越しに安藤の声が聞こえてきた。
「あ、その。無事に付き合えることになりました!」
羽美の声も聞こえてくる。
「きゃぁ〜! よかったじゃない! おめでとう、大倉さん」
(あの二人社長室で話してるのか?)
話し声が聞こえてくるのでつい聞き耳をたててしまう。
「安藤さん……ありがとうございます! でも、その、なんだか最近避けられているような気がして。男の人ってどんんなことしたら喜んでくれますかね? 最近なんだか疲れてるような顔してるじゃないですか。本人は大丈夫だって言うんですけど、今日だって顔色悪くて安藤さんに怒られてるわけですし、私はもっと頼って欲しいのに」
「本当あの顔色はやばいわよ。今にもぶっ倒れそうな顔して。でも、社長が大倉さんを避けてるようには見えないけど。まぁ強いて言うならパクっとかしてあげたら嬉しくて好きだ! とか言って疲れも吹き飛んでくれそうだけどね〜」
ハハハと安藤が軽快に笑っている声が仮眠室にもよく聞こえてくる。
「パクとは?」
羽美の不思議そうな声に海斗も賛同した。安藤の言うパクとは?
「か、可愛すぎるわ大倉さん。パクはね、フェラよ、フェラ。男の人って大抵フェラされると喜ぶのよ。社長だってパクっとされたらイチコロよ! 気持ちよすぎて素直になってくれるパターンとかあると思うわよ」
海斗は驚きのあまりソファから飛び跳ねた。
(安藤、お前っ、なんてことを大倉に吹き込んでるんだ! 仕事中だぞ!)
「ふぇ、フェラ……調べておきます。それをすれば社長も素直になってイチコロ……」
羽美の言葉を聞いて海斗の胸がぎゅっと締め付けられる。
(し、調べるって可愛すぎだろ。本当にやってくれんのかな?)
ハッと我に返り海斗は煩悩を振り払うように頭を横に振った。
「他には何をすれば社長は喜んでくれますかね?」
羽美が安藤に問う。
「そうね、セクシーな下着を着たりするのもいいんじゃない? 悩殺フェロモンでイチコロよ!」
「な、なるほど。今日ネットで探してみたいと思います」
(あぁ! どんな話しだよ! もう聞いてられるか!)
海斗は立ち上がり仮眠室から勢いよく出た。
「あら、社長もういいんですか? でもまぁ確かに顔色は少し良くなりましたかね。ほんのり頬も赤いですし」
安藤はニヤニヤしながら海斗を見る。瞬時に悟った。こいつは確信犯だと。聞こえていることが分かっていてわざとあんな話しをしていたのだと。海斗が羽美に視線を向けると羽美の手元にはメモ帳が握られていた。
(まさか、あの内容メモとってったのか? い、いちいち可愛すぎんだろ……)
海斗は額に手を当てニヤけそうになる口元を真一文字に詰むんだ。
「大倉、今日の予定は?」
上がりきったテンションを気づかれないように平常を貫く。
「予定ですか? 朝お伝えした通り、残りは書類チェックになりますので定時にはご帰宅できるかと思います。久しぶりに早く帰れますからご自宅でゆっくり休んでくださいね」
羽美はタブレットを開き指をスライドさせている。今日定時なのは予め仕組んだことだ。安藤にお願いして予定を組んでもらった。
(いや、じゃなくてお前の今日の予定が聞きたかったのに、休んでって……)
仕事中だし、仕方ないかと海斗は「了解」と返事を返した。
「では今からデータをパソコンとタブレットの方に転送させていただきます」
「ん。頼みます」
ワークチェアに座りパソコンを開くと大量の書類データが送られてきていた。
(あ、安藤はこの量を定時までに終わらせろってことで予定を組んだのか? 寝ろってさっき言ったくせに……あ、あいつ、鬼すぎるだろ!)
海斗はジロッと安藤に視線を送ると気づいたのかフフフンと鼻歌でも歌い出しそうな軽快な足取りで「社長ファイト!」と言いながら秘書室に消えていった。これまたあいつは確信犯だと確定した。
「社長! なんですかその顔は! 今にもぶっ倒れそうな顔して、残りははデスクワークばかりですから少し寝てなさい! 体調管理も社会人として大切な一つですよ! 全く」
取引先に配るお菓子を朝から行列ができる洋菓子店に買いに行き、出社してきた安藤に怒られた。ガミガミとまるで子どもが母親に怒られているような構図だったが、海斗は母親に怒られたことは一度もない。成績も優秀だったし、素行も悪いところはなかったので怒られる要因もなかった。歳をとってからの子どもだったので可愛いのほうが強いのだろう、と思っていくらいだ。海斗のことを平気で怒るのは安藤と、羽美の二人くらい。
「横になっても眠れないこと安藤は知ってるくせにな……」
元から人の気配がある場所では眠れない海斗だが、ここ最近、海斗はあの雨の日に蘇った断片的な記憶が夢となり連日眠れないでいた。
頭痛が起こり、新しい記憶がフラッシュバックすることはない。けれどあの雨の日に断片的に思い出した記憶が目をつぶると脳裏に映し出され、本当に自分のものなのか、信じられず、認められないでいた。
海斗の前を必死で走る女の子。そしてもうひとつ頭の中に流れ込んできた映像は女の人が首吊り自殺をした現場の映像だった。
目を瞑ってしまうと最近はその映像が脳裏り浮かんできて眠ることが怖い。一瞬、羽美に添い寝してもらえば安心して眠れるかもしれないとも考えた。羽美だけは側に居ても海斗に安心感を与えてくれ、気配を感じてもその気配が心地よく眠れる。けれどその事を本人に言うのも恥ずかしいし、首吊り自殺の映像が流れてくるなんて言ったときには心配をかけてしまいそうだ。ただでさえ今も心配を掛けていることは自覚している。けれどこれ以上心配をかけたくない。海斗はたった一言「一緒に寝てほしい」が言えなかった。
(大の大人が夢が怖くて眠れませんなんて、かっこ悪すぎだろ……)
体調が優れず、羽美からの誘いも連続で断り、一人で悪夢と戦い続けた。その結果、寝不足は解消されず安藤に怒られてしまったというわけだ。
(俺も少し素直にならないとやばい、よなぁ……)
海斗は深くため息をつき顔を両手で覆った。
(でも、今日は俺から大倉をデートに誘うんだ)
十一月二十八日、今日は羽美の誕生日だ。履歴書で確認済みなので間違いはないはず。夜はディナーに誘おうと既にレストランは予約済み。プレゼントもバックの中に小さな箱を忍ばせてある。
ここ最近忙しかったのと自分の体調不良のせいで羽美との時間を取れないでいたので二人きりになるのは久しぶりだ。ぬかりなくホテルの予約も取ってある。
(大倉といるとすごく安心できて、ずっと、一緒にいたいって思うんだよな)
海斗の中で確実に羽美は必要不可欠な存在となっていた。
最初はお見合い話を断る為に容姿もいいし、性格も明るくて面白い、だから少しの間付き合ってくれればちょうどいいと思った。だからポロッとお見合い話がある事を話しただけなのに。結婚なんて全く興味もないし、ましてや誰かを好きになるなんて一生有り得ないと思っていたのに。
――私のことを好きになればいい。そしたらなんの問題もなく結婚できますよ。
その通りだ。
あっという間に恋に落ちていたなんて。
彼女を誰かに捕られてしまうと考えただけで腸煮えくり返りそうになる。彼女の玄関に飾ってあった幼い頃の写真を見ただけで嫉妬心が抑えきれなかった自分にも驚いた。自分だけのものにしたい、そう思う気持ちが日々より一層強くなる。
(何度も誘いを断っちまったから、今日は大倉のしたいこと全部叶えてやりたいな)
海斗は決心し、ゆっくり目を閉じた。きっと頭の中を羽美でいっぱいにしたら嫌な映像もうかんでこないだろう。
「ねぇ、大倉さんどう? 最近好きな人とは進展あったの?」
ドア越しに安藤の声が聞こえてきた。
「あ、その。無事に付き合えることになりました!」
羽美の声も聞こえてくる。
「きゃぁ〜! よかったじゃない! おめでとう、大倉さん」
(あの二人社長室で話してるのか?)
話し声が聞こえてくるのでつい聞き耳をたててしまう。
「安藤さん……ありがとうございます! でも、その、なんだか最近避けられているような気がして。男の人ってどんんなことしたら喜んでくれますかね? 最近なんだか疲れてるような顔してるじゃないですか。本人は大丈夫だって言うんですけど、今日だって顔色悪くて安藤さんに怒られてるわけですし、私はもっと頼って欲しいのに」
「本当あの顔色はやばいわよ。今にもぶっ倒れそうな顔して。でも、社長が大倉さんを避けてるようには見えないけど。まぁ強いて言うならパクっとかしてあげたら嬉しくて好きだ! とか言って疲れも吹き飛んでくれそうだけどね〜」
ハハハと安藤が軽快に笑っている声が仮眠室にもよく聞こえてくる。
「パクとは?」
羽美の不思議そうな声に海斗も賛同した。安藤の言うパクとは?
「か、可愛すぎるわ大倉さん。パクはね、フェラよ、フェラ。男の人って大抵フェラされると喜ぶのよ。社長だってパクっとされたらイチコロよ! 気持ちよすぎて素直になってくれるパターンとかあると思うわよ」
海斗は驚きのあまりソファから飛び跳ねた。
(安藤、お前っ、なんてことを大倉に吹き込んでるんだ! 仕事中だぞ!)
「ふぇ、フェラ……調べておきます。それをすれば社長も素直になってイチコロ……」
羽美の言葉を聞いて海斗の胸がぎゅっと締め付けられる。
(し、調べるって可愛すぎだろ。本当にやってくれんのかな?)
ハッと我に返り海斗は煩悩を振り払うように頭を横に振った。
「他には何をすれば社長は喜んでくれますかね?」
羽美が安藤に問う。
「そうね、セクシーな下着を着たりするのもいいんじゃない? 悩殺フェロモンでイチコロよ!」
「な、なるほど。今日ネットで探してみたいと思います」
(あぁ! どんな話しだよ! もう聞いてられるか!)
海斗は立ち上がり仮眠室から勢いよく出た。
「あら、社長もういいんですか? でもまぁ確かに顔色は少し良くなりましたかね。ほんのり頬も赤いですし」
安藤はニヤニヤしながら海斗を見る。瞬時に悟った。こいつは確信犯だと。聞こえていることが分かっていてわざとあんな話しをしていたのだと。海斗が羽美に視線を向けると羽美の手元にはメモ帳が握られていた。
(まさか、あの内容メモとってったのか? い、いちいち可愛すぎんだろ……)
海斗は額に手を当てニヤけそうになる口元を真一文字に詰むんだ。
「大倉、今日の予定は?」
上がりきったテンションを気づかれないように平常を貫く。
「予定ですか? 朝お伝えした通り、残りは書類チェックになりますので定時にはご帰宅できるかと思います。久しぶりに早く帰れますからご自宅でゆっくり休んでくださいね」
羽美はタブレットを開き指をスライドさせている。今日定時なのは予め仕組んだことだ。安藤にお願いして予定を組んでもらった。
(いや、じゃなくてお前の今日の予定が聞きたかったのに、休んでって……)
仕事中だし、仕方ないかと海斗は「了解」と返事を返した。
「では今からデータをパソコンとタブレットの方に転送させていただきます」
「ん。頼みます」
ワークチェアに座りパソコンを開くと大量の書類データが送られてきていた。
(あ、安藤はこの量を定時までに終わらせろってことで予定を組んだのか? 寝ろってさっき言ったくせに……あ、あいつ、鬼すぎるだろ!)
海斗はジロッと安藤に視線を送ると気づいたのかフフフンと鼻歌でも歌い出しそうな軽快な足取りで「社長ファイト!」と言いながら秘書室に消えていった。これまたあいつは確信犯だと確定した。
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