ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜

森本イチカ

10-1

 羽美が狼夫婦の餌食になっているのではないかと海斗は気が気じゃなかった。


「いったいなんだってんだよ。安藤お前なんか知ってるだろう?」


 ハエを追い払うように応接室を追い出された海斗はふてくされた顔で窓際に立っていた。


「ふふ、社長落ち着いてくださいよ。会長と新しい秘書がコミュニケーションとることはいいことじゃないですか」


 安藤は落ちつかない様子の海斗を見ながら微笑ましく笑っている。


「お前、なんか知ってるな?」


 海斗は安藤をジロリと見た。


「別に、社長があと少しでお見合いさせられそうになってて、いつの間にか大倉さんと付き合ってて、社長は最初っから大倉さんの事が本気で好きな事くらいですかね。私が知っているのは」


 ペラペラととんでもない事を平然と言う安藤に海斗は空いた口が塞がらない。安藤は海斗が社長に就任する前から父親の秘書として勤めていた。安藤と父親が仲が良いことは知っていたがまさかここまで筒抜けだとは思いもしていなかった。


「お前……殆ど知っているようなもんじゃねぇか。と言うより俺がいつ大倉のことを好きだなんて言ったっけ?」
「言ってませんよ。顔に出ているだけです。か、お」


 安藤は真面目な顔をして顔という言葉を強調してくる。


「……お前には全部お見通しってわけだな」
「ふふ、伊達に長く会長と社長の秘書を務めてきた訳じゃありませんからね。それに私大倉さんの事も気に入っているので社長と上手くいってくれてるなら万々歳ですよ。大倉さんのこと泣かしたら私が社長を泣かしてやりますからね?」
「こ、怖いな……」


 安藤は面白げに笑いながらソファーから立ち上がった。


「社長、コーヒーでも飲みますか?」
「ん、あぁ。じゃあ頼む」
「承知致しました。社長が買う時に色を間違えて注文しちゃったピンクのマグカップとお揃いにしようか悩みに悩んで、結局色違いで大倉さんとお揃いを買ってあげたんですもんねぇ。お揃いの社長のピンクのマグカップに淹れて差し上げますよ〜」
「安藤、そんな長々と……お前絶対楽しんでるだろう?」


 安藤が「どうですかねぇ」と満面の笑みで秘書室へ入っていった。秘書室に戻り開いたままの扉からコーヒーの香りが漂ってくる。


(確かに悩んだけど! お揃いでいいか〜くらいの軽い気持ちで買ったのにいざ届いたものを見た瞬間ニヤけちまったんだよな。俺、そんなに大倉が好きって顔に出てるのか? でも本人は多分気づいてないだろうな)


 スマホの暗い画面を鏡代わりに顔を写してみたが自分じゃ全く分からなかった。むしろ上手く気持ちは隠せていると思っていたのに。なにせ羽美を特別だと明白に意識したのはつい最近だ。付き合いだしたのもつい最近。この短時間の変化にも敏感に気づく安藤はやはり優秀な秘書だと嫌でも再確認させられた。


(にしても、あの三人が何を話しているのか気になる。俺がこの前二人に彼女ができたからお見合いは断るって言った後すぐにこれだもんな。絶対大倉のこと質問攻めとかにしてそうだ)


「あぁ、心配だ」


 三人の会話が気になる海斗は落ち着いていることが出来ず、社長室の中をぐるぐると歩き回っている。


(……こ、これじゃあ前の大倉みたいに自分が待てを食らってる犬見たいじゃないか!)


 海斗はその場に立ち止まり、額に手を当てて頭を悩ませた。


「社長、そんなに気になるんですか?」


 コーヒーを持ってきた安藤がテーブルの上にコーヒーを置きながら海斗の様子を探ってくる。


「べ、別に」
「ふふ、素直じゃないんですから。大倉さんの素直すぎるところ少し分けてもらった方がいいんじゃないですか?」
「あいつはストレート過ぎるんだよ。こっちが恥ずかしくなるくらいな」


 海斗は困ったように眉尻を下げて髪を掻き乱したが耳が赤くなっているのを安藤は見逃さなかった。


「社長には大倉さんくらい素直な子がお似合いですよ。社長も、だから好きなんでしょう?」


 安藤は淹れてきたコーヒーを一口飲み、海斗をニヤついた笑みで見ている。安藤は長年海斗の秘書を勤めているからか海斗の性格も熟知していた。


「ああ。好きだよ」
「あら、珍しく素直ですね。じゃあ、私はもう少ししたら一階に行って賃貸の空き部屋情報など確認してきますので、留守にしますからイチャつくなら今のうちですよ」


 安藤はニヤリと笑い、コーヒーを啜った。


「イチャつくって……ったく、安藤には敵わないな」


 海斗は安藤の淹れてくれたコーヒーを飲みふぅと深くため息を吐く。


 ちょっとこの後の展開に期待しちゃっているような、熱いため息に口元がニヤけそうになるのを海斗は必死で堪えた。

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