ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜
7-1
十月上旬。本郷不動産に羽美が勤め出して一ヶ月が経っていた。羽美は誰よりも早く出社し社長室の窓を全開にする。部屋の空気を朝のひんやりとした新鮮な空気と入れ替えた。昼はまだまだ半袖じゃないと暑いくらいだが朝は少し冷え込み、カーディガンが必須だ。
毎日掃除をしているので埃が溜まることはないがデスクを綺麗に拭きあげた。
秘書室に戻りキッチンに立ちながら思わず口元が緩んでしまう。
「ふふ……ふふふ……」
羽美は淡いブルーの丸みを帯びたマグカップを手に取った。
『これ、大倉用のマグカップ。俺が勝手に買っちゃったんだけど使って』
シルバーのリボンでラッピングされていた小さな箱。海斗からぶっきらぼうに渡された箱を受け取り、箱を開けるとマグカップが入っていた。
今、羽美が手にしているマグカップは海斗からプレゼントしてもらったものだ。しかもあろうことか海斗の使っているマグカップと同じデザインのもの。これは故意的にお揃いにしたのではないかと思ってしまう。
「あの日以来、ぐっと距離が縮んだ気がするなぁ」
ぐふふ、と下品な笑い方になりそうになる口元を羽美は両手で抑えた。海斗と一緒に行った高級料亭。あの日、海斗はきっと何かを思い出しそうになったのだろう。思い出すと自分も辛くなり、羽美はマグカップに視線を落とした。
(あんな頭を抱えて倒れ込むくらいの頭痛を毎回堪えてるなんて……)
激しい頭痛を耐える海斗を目の前にした時、自分の無力さに腹が立った。自分のほうが辛いくせに人の心配ばかりする優しい海斗にも腹が立った。小さい時からそうだ。海斗は自分のことよりも人のことばかり見ていて自分のことは後回し。どんなに酷い目に合おうが『俺は大丈夫だから』『羽美、大丈夫?』と人のことばかり心配する。そこが海斗の良いところの一つでもあるけれど、もっと自分を大切にして欲しい。幼い頃と比べると性格はだいぶ変わったが、根本的なところは大人になった海斗も小さい時と何も変わっていなかった。
頭痛で苦しむ海斗を見て震えてしまった羽美のことばかりを気にして海斗は痛みを我慢して笑った。つい感情に飲まれて羽美は海斗に対して怒鳴ってしまってしまったけれど、なぜか海斗は優しく抱きしめ返してくれたのだ。
(やっぱり海斗が自ら思い出しそうになるのは仕方ないけど、私からは思い出しちゃうような発言はしないように気をつけよう。あんなに痛そうなんだから、きっと相当思い出したくないことがあるんだよね。もし、それが私のことだったら……)
羽美はブンブンと顔を横に振ってマイナス思考な考えを飛ばした。
「よし、今日も頑張るぞ!」
羽美は自分に活を入れるように盛大な独り言を発した後、朝のコーヒーの準備を始めた。
「大倉さんおはよう〜今日も早いね。ん〜コーヒーのいい匂いがしてきた。もう少しで社長も来ると思うよ」
出勤してきた安藤がジャケットをハンガーに掛けながらドアの方を見て「来たね」と呟いた。羽美は同時にコーヒーメーカーのボタンを押して自分とお揃いのマッドピンクのマグカップにコーヒーを注いだ。羽美は淹れたてのコーヒーを持って社長室へと向かう。
「社長おはようございます」
海斗もジャケットを脱ぎながら口を開いた。
「おはよう。さっき営業の森下君から新しい案件があるって聞いたから後で連絡がくると思うから、よろしく」
「かしこまりました」
海斗のデスクにコーヒーを置くとワークチェアに座った海斗は嬉しそうに香りを吸い込んだ。毎朝のルーティーンに海斗は朝一でコーヒーを飲んで気合を入れる。そんな海斗を見て羽美はキュンと胸をときめかせ、毎朝気合を入れていることは誰にもヒミツだ。
「大倉、ちょっと見すぎ」
海斗は少し笑って顔をあげた。
「す、すいません。失礼しますっ!」
羽美は慌てて秘書室に戻った。見惚れていることをバレてしまい恥ずかしい。ワークチェアに座りメールボックスを開くと海斗の言う通り、営業の森下からメールが届いていた。新規買い取り物件についてと書かれたメールを開く。森下からのメールを確認していると懐かしい土地名に羽美の心臓がばくんと不穏に動いた。
――千葉県K街。
羽美と海斗が産まれ育った街だ。
「大倉、森下からメール来てた?」
海斗がドアからひょこっと顔を出してきた。
「はい、今確認してたら来ていました。本日の十四時からちょうど時間が空いているのでそこに予定を入れてもよろしいですか?」
「うん、任せるよ。そしたら大倉に現地確認の同行してもらおうかな」
「それなら私も助かる〜今日はお得意様ようのお菓子とかの買い出しに行きたかったから。大倉さん頼みます!」
安藤も両手を合わせてお願いと羽美を見た。
「しょ、承知しました」
羽美は微笑んで返事を返した。多分、うまく笑えていたと思う。羽美はタブレットを取り出しスケジュール表に千葉県K街視察と打ち込んだ。
(私達の地元に……リスクが高すぎる。知り合いにでも会ったら大変だよね)
羽美ははぁと流れ出てきそうなため息を寸前で飲み込み、口元きゅっと閉じた。
海斗はなにかを思い出しそうになってしまったら、またあの頭痛に襲われてしまうのだろうか。自分のことを思い出して欲しい。そう思ってしまう反面、海斗に辛い思いをしてほしくないと思う気持ちの方が強い。
羽美と海斗が再会して計二回、羽美の前で海斗は頭痛に襲われている。一回目は初めて出会ったケーキ屋、この時は少し痛そうにしているところを見ただけだ。頭が痛いのかな? くらいにしか思わなかった。そしてこの前の二回目、料亭で海斗は激しい頭痛に襲われた。身体が崩れ落ちるほどの頭痛だなんて一体どのくらいの痛みなんだろうか。羽美にはその痛みの想像がつかない。
今までどのくらいの頻度やどのタイミングで頭痛が起きていたのだろうか。羽美は海斗と離れ離れになってからの彼を何も知らない。何も知らないからこそ、たくさん知りたい。知りたいけれど、これから先どうなるのか予想もできなくて少し怖くなった。
羽美の地元に、海斗の地元に訪れても大丈夫だろうか。不安で身体が侵食されそうになるのを「大丈夫」と頭の中で唱え、ぐっと拳を握って堪えた。
毎日掃除をしているので埃が溜まることはないがデスクを綺麗に拭きあげた。
秘書室に戻りキッチンに立ちながら思わず口元が緩んでしまう。
「ふふ……ふふふ……」
羽美は淡いブルーの丸みを帯びたマグカップを手に取った。
『これ、大倉用のマグカップ。俺が勝手に買っちゃったんだけど使って』
シルバーのリボンでラッピングされていた小さな箱。海斗からぶっきらぼうに渡された箱を受け取り、箱を開けるとマグカップが入っていた。
今、羽美が手にしているマグカップは海斗からプレゼントしてもらったものだ。しかもあろうことか海斗の使っているマグカップと同じデザインのもの。これは故意的にお揃いにしたのではないかと思ってしまう。
「あの日以来、ぐっと距離が縮んだ気がするなぁ」
ぐふふ、と下品な笑い方になりそうになる口元を羽美は両手で抑えた。海斗と一緒に行った高級料亭。あの日、海斗はきっと何かを思い出しそうになったのだろう。思い出すと自分も辛くなり、羽美はマグカップに視線を落とした。
(あんな頭を抱えて倒れ込むくらいの頭痛を毎回堪えてるなんて……)
激しい頭痛を耐える海斗を目の前にした時、自分の無力さに腹が立った。自分のほうが辛いくせに人の心配ばかりする優しい海斗にも腹が立った。小さい時からそうだ。海斗は自分のことよりも人のことばかり見ていて自分のことは後回し。どんなに酷い目に合おうが『俺は大丈夫だから』『羽美、大丈夫?』と人のことばかり心配する。そこが海斗の良いところの一つでもあるけれど、もっと自分を大切にして欲しい。幼い頃と比べると性格はだいぶ変わったが、根本的なところは大人になった海斗も小さい時と何も変わっていなかった。
頭痛で苦しむ海斗を見て震えてしまった羽美のことばかりを気にして海斗は痛みを我慢して笑った。つい感情に飲まれて羽美は海斗に対して怒鳴ってしまってしまったけれど、なぜか海斗は優しく抱きしめ返してくれたのだ。
(やっぱり海斗が自ら思い出しそうになるのは仕方ないけど、私からは思い出しちゃうような発言はしないように気をつけよう。あんなに痛そうなんだから、きっと相当思い出したくないことがあるんだよね。もし、それが私のことだったら……)
羽美はブンブンと顔を横に振ってマイナス思考な考えを飛ばした。
「よし、今日も頑張るぞ!」
羽美は自分に活を入れるように盛大な独り言を発した後、朝のコーヒーの準備を始めた。
「大倉さんおはよう〜今日も早いね。ん〜コーヒーのいい匂いがしてきた。もう少しで社長も来ると思うよ」
出勤してきた安藤がジャケットをハンガーに掛けながらドアの方を見て「来たね」と呟いた。羽美は同時にコーヒーメーカーのボタンを押して自分とお揃いのマッドピンクのマグカップにコーヒーを注いだ。羽美は淹れたてのコーヒーを持って社長室へと向かう。
「社長おはようございます」
海斗もジャケットを脱ぎながら口を開いた。
「おはよう。さっき営業の森下君から新しい案件があるって聞いたから後で連絡がくると思うから、よろしく」
「かしこまりました」
海斗のデスクにコーヒーを置くとワークチェアに座った海斗は嬉しそうに香りを吸い込んだ。毎朝のルーティーンに海斗は朝一でコーヒーを飲んで気合を入れる。そんな海斗を見て羽美はキュンと胸をときめかせ、毎朝気合を入れていることは誰にもヒミツだ。
「大倉、ちょっと見すぎ」
海斗は少し笑って顔をあげた。
「す、すいません。失礼しますっ!」
羽美は慌てて秘書室に戻った。見惚れていることをバレてしまい恥ずかしい。ワークチェアに座りメールボックスを開くと海斗の言う通り、営業の森下からメールが届いていた。新規買い取り物件についてと書かれたメールを開く。森下からのメールを確認していると懐かしい土地名に羽美の心臓がばくんと不穏に動いた。
――千葉県K街。
羽美と海斗が産まれ育った街だ。
「大倉、森下からメール来てた?」
海斗がドアからひょこっと顔を出してきた。
「はい、今確認してたら来ていました。本日の十四時からちょうど時間が空いているのでそこに予定を入れてもよろしいですか?」
「うん、任せるよ。そしたら大倉に現地確認の同行してもらおうかな」
「それなら私も助かる〜今日はお得意様ようのお菓子とかの買い出しに行きたかったから。大倉さん頼みます!」
安藤も両手を合わせてお願いと羽美を見た。
「しょ、承知しました」
羽美は微笑んで返事を返した。多分、うまく笑えていたと思う。羽美はタブレットを取り出しスケジュール表に千葉県K街視察と打ち込んだ。
(私達の地元に……リスクが高すぎる。知り合いにでも会ったら大変だよね)
羽美ははぁと流れ出てきそうなため息を寸前で飲み込み、口元きゅっと閉じた。
海斗はなにかを思い出しそうになってしまったら、またあの頭痛に襲われてしまうのだろうか。自分のことを思い出して欲しい。そう思ってしまう反面、海斗に辛い思いをしてほしくないと思う気持ちの方が強い。
羽美と海斗が再会して計二回、羽美の前で海斗は頭痛に襲われている。一回目は初めて出会ったケーキ屋、この時は少し痛そうにしているところを見ただけだ。頭が痛いのかな? くらいにしか思わなかった。そしてこの前の二回目、料亭で海斗は激しい頭痛に襲われた。身体が崩れ落ちるほどの頭痛だなんて一体どのくらいの痛みなんだろうか。羽美にはその痛みの想像がつかない。
今までどのくらいの頻度やどのタイミングで頭痛が起きていたのだろうか。羽美は海斗と離れ離れになってからの彼を何も知らない。何も知らないからこそ、たくさん知りたい。知りたいけれど、これから先どうなるのか予想もできなくて少し怖くなった。
羽美の地元に、海斗の地元に訪れても大丈夫だろうか。不安で身体が侵食されそうになるのを「大丈夫」と頭の中で唱え、ぐっと拳を握って堪えた。
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