ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜

森本イチカ

6-2

 羽美は勝手にデザートが美味しい店と海斗が言っていたのでまたイタリアンやもしくはフレンチかと思っていたが実際は全く違った。


 広い畳の個室に大きな窓から見える中庭は生い茂る緑が間接照明によって艶やかに照らされている。チョロチョロと流れる水音に月明かりが綺麗に反射する大きな池がゆらゆらと水面を揺らしていた。海斗が連れてきてくれた店は完全個室の高級料亭だった。


「ここの店、デザートのわらびもちが凄いうまいって有名なんだよ」


 周りの景色を見渡しながら座布団の上にあぐらをかいている海斗の声が弾んでいる。普段は椅子に座っている姿ばかりを見ているからか、あぐらをかいている海斗の姿は新鮮に羽美の目に映った。


「そうなんですね。楽しみです」


 嬉しそうな海斗を見て羽美も高級料亭に緊張していた身体が少し和らいだ。


「料理はなにがいい? 色々コースがあるみたいだけど、俺もこの店紹介してもらってから初めて来たんだよな。オススメのコースでいいか?」
「もちろんです。好き嫌いはありませんから」
「でっかい人参出てきてもしらないぞ?」


 海斗は羽美の苦手な食べ物を覚えていたらしく笑って羽美を見た。些細な会話の内容を覚えていてくれたことが嬉しくて羽美は満面の笑みを海斗に向ける。


「出てきたらそっと本郷さんのお皿に付け足しておきますね」
「マナー違反な奴」


 ずらりと並んだ料理はどれも普段羽美が口にしたことのない高級料理ばかり。メインのA5等級の神戸牛のしゃぶしゃぶは脂がよくのっていて食欲をそそるかのようにキラキラ照りついている。色鮮やかな野菜とともに、前菜やお吸い物、水茄子の煮物や西京焼き。デザートまでだどりつけるか? と思わせるほどのボリュームだ。


「んん〜美味しいです。お肉がとろけちゃいますっ」
「ははっ、本当大倉っていつもうまそうに食べるよな」


 海斗はお肉から食べた羽美とは違いお吸い物からのんびり食べている。


「だって美味しいんですもん。大人になってからは一人暮らしだから一人で食べることがほとんどだったので誰かと一緒に食べるっていいですよね。凄く美味しく感じます、って感じるんじゃなくて本当に美味しいんです!」
「俺も、そう思ってた」


 海斗はしみじみした口調で言い、焼き魚に箸をつける。


「じゃあ、これからも私と一緒にたくさん美味しいものを食べましょうね。もちろん、本郷さんの奢りで!」
「お前、初めて会った日は奢ってもらっちゃってすいませんって凄いしおらしかったのになぁ」
「本郷さんはおとなしい上品な女性の方が好みですか?」


 羽美は海斗の顔を覗き込んだ。


「そんなことは……ないけど」


 明らかに羽美から視線をずらし、照れている海斗。その姿に満足した羽美は話題を変えようとデザートの話を持ち出した。


「ふふっ。そういえば本郷さんってきな粉嫌いじゃなかったでしたっけ? わらび餅ってきな粉かかってますよね?」


 海斗は箸を止め、不思議そうに羽美を見た。


「え、俺きな粉が苦手って話大倉にしたっけ?」


 羽美はハッとした。


(や、やばっ! つい小学生の頃の話をしちゃった。海斗、給食の揚げパンの時きな粉が嫌いでいつもきな粉を落としてから食べてたから……)


 羽美はすっとぼけてみせた。


「あれ? この前言ってませんでしたっけ? あれ、夢で本郷さんが私にきな粉が嫌いって言ってたのかな?」


 苦し紛れの言い訳に海斗は吹き出して笑った。


「夢って、夢でも俺のこと見てんの?」


 にやにやと本当に俺のこと好きなんだなと顔に書いてある海斗に羽美は「そうですけど?」と強気に返す。その返答に意表を突かれたの海斗は耳まで真っ赤にして逃げるように視線をしゃぶしゃぶの鍋に流した。海斗はいつも自分の行動に後から恥ずかしくなり耳まで真っ赤にする。そんな可愛いところは昔からなにも変わっていなくて羽美は懐かしくも感じ、大人になった海斗に更に愛しさを覚えた。

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