ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜

森本イチカ

6-1

 羽美が本郷不動産に秘書として勤めだして一週間ほど経っていた。今日は世で言う華の金曜日。羽美は三十二階の秘書室の窓からぼうっと綺麗な夜景を眺めながら悶々としていた。


(あぁ、誘いたい。海斗をデートに誘いたい。デートなんかじゃなくてもいい、一緒に御飯を食べるだけでもいいから誘いたいっ! でも、忙しそうなんだよなぁ)


 ちらりと社長室と秘書室を繋ぐドアから海斗の姿を覗く。安藤はいつもの如く定時でしっかりと帰っていったので今この場にいるのは羽美と海斗の二人だけだ。


(でもっ、仕事とプライベートは分けないといけないし。あぁ、でも誘いたい! でも海斗はまだ仕事中だしっ、でももっと距離を縮めたいし、でも仕事中だしっ)


 自分の仕事は既に終っていて手持ち沙汰の羽美はぐるぐると秘書室を犬のように回っていた。


「大倉、ちょっといい?」


 隣の部屋から海斗の声が聞こえ「はいっ」と、くるっと一転。社長室に羽美はしっぽを振って顔を出した。


「社長、お呼びですか?」


 羽美の声に嬉しさが添う。大きな窓の夜景をバックに椅子に座る社長モードの海斗もかっこよすぎて胸がキュンと痛んだ。これが俗に言うキュンです、か。


「俺さ、もう仕事が終ってプライベートな時間になるんだけど」


 海斗は足を組んで羽美を見つめてくる。これはまさかと思うが逆に誘われていると思ってもいいのだろうか?


「それは、デートに誘ってもいいと解釈してもいいってことですか?」


 羽美は目をキラキラ輝かせて海斗を見る。


「さぁ? それはどうだろう」


 意地悪な笑みですくすく笑う海斗。


「い、意地悪なんですね!」


 羽美は頬をむくっと膨らませたが、心は躍っていた。


「意地悪でも俺が好き……なんだろう? 本当に今のところ毎日好きって言ってくるしな」
「っ、もう! 好きですよ、好き。優しい本郷さんも意地悪な本郷さんもどっちも好きですけど? 本郷さんは? 私のこと少しは好きになってくれました?」


 海斗はさらっと「どうかな」と笑ってごまかした。


「あ〜、俺もう帰っちゃおうかな」
「誘う! 誘います! デートしましょう!」


 羽美は思わず大きな声を発した。しかもガッツポーズ付きで。


「ははっ、ガッツポーズで誘われちまったよ」
「なっ、それはつい嬉しくて……誘ったの嫌でしたか?」
「まさか、誘うようにけしかけたのは俺だし。でもまぁずっとお預け食らってる犬みたいな大倉を見てるのも面白かったけどな。くるくる歩き回って何してるのかと思ったよ」


 海斗は口元に手を当てクスクスと上品にわらっている。


「き、気づいてたんですか!? もう!」
「だって見えたんだから仕方ないだろう? それともずっと待て状態のほうがよかった?」
「……い、嫌でした」


 羽美は小さく呟き、海斗は満足そうに目を細めて笑う。


「じゃあ、大倉に誘ってもらえたし、店は俺が予約するな。食べてみたいデザートがある店があったんだよなぁ」


 海斗はスマートフォンを片手に声が弾んでいる。


「まさかとは思いますけど、一人で行きづらい店だから私に誘うようにけしかけたんじゃ?」
「あ、バレた?」


 海斗はニヤリと笑った。その可愛げのある表情に羽美の心臓はまた、キュンと痛む。


「なぁっ! バレバレですよ! でも、いいです。私は本郷さんと一緒にいたかったし、一石二鳥ってやつですね。本当は本郷さんも私と一緒に食べたかったんじゃないですか?」


 羽美はずいっと海斗のデスクに乗り上げるように両手をついた。きっと今自分が犬だったらしっぽをフリフリしているような状態だろう。期待して、ご主人の返事を待っている。


「ははっ、ストレートな質問」
「そりゃあプライベートになった瞬間頑張らないと、私には時間がないんですもんね?」
「ん、まぁそうかな。じゃあ行こうか」


 まだまだ『待て』をさせられるらしい。残り三ヶ月、まだまだ前途多難だ。なにをどうすれば海斗の気持ちがぐらぐらと揺らいで、好きになってくれるのだろう。羽美は頭を悩ませながら海斗の一歩後ろを歩いた。


「社長、お疲れ様でございます」


 無口な運転手が会社の裏口に車を止めて待っていた。既に運転手に連絡済みだったのか海斗は後部座席に乗り込み羽美に隣に乗ってと目線を送ってくる。仕事でなら断っていたかもしれないが今はプライベートだ。ぞんぶんにこの機会をつかわせていただこうと羽美は躊躇なく海斗の隣に腰を下ろした。運転手がバックミラーで二人が座ったことを確認すると車は無言で動き出す。


「あの、どこに向かってるんですか?」


 静かな車内。羽美の声がよく響いた。


「ん、秘密」
「ひ、秘密ですか。気になりますね」


 窓の外を見たまま海斗の返事は無かった。誰も話さない静かな車内は一人ひとりの呼吸音がよく聞こえる。聞こえすぎて自分のドキドキと高鳴っている心音まで聞こえているんじゃないかと思うくらい。でも、聞こえたっていいのだ。今は仕事じゃないのだから。全力で海斗が好きだと伝えたい。

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