ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜

森本イチカ

4-4

 喉の乾きで目が冷めた。何時だろうと羽美はいつもどおり腕を伸ばすがなかなかいつもの頭の上の位置にスマートフォンが見つからない。どこにやったっけ? と思い、薄ら目をあけると一瞬で夢の狭間から現実へと引き戻された。


(そ、そうだった! 昨日私、海斗と……)


 嬉しさでつい顔がほころぶ。横を見れば海斗が眠っていた。寝顔は少し幼く感じ、小さい頃の海斗を見ているような不思議な気持ちになる。羽美は小さい頃はよく一緒にお昼寝したなぁと思い出してしまった。羽美はそっと手を伸ばし海斗の柔らかな黒髪を梳いた。


(もう一度初めから海斗とやり直そう。海斗が私のことを忘れていても良い。ショートケーキを特別に思ってくれているってことが分かっただけで嬉しいし、大人になって少し生意気な感じになっちゃってるけど、それはまたそれで海斗は海斗だし、新しい思いでをこれからたくさん作っていけばいいよね)


 羽美は眠っている海斗をじぃっと穏やかな気持ちで見つめた。隣で眠っていた海斗も羽美の動きで目を覚ましたのか掠れた声を出す。


「ん……、俺も一緒に寝ちゃってた、のか?」


 海斗は目を擦りながら羽美を見た。


(寝起きの海斗が可愛すぎるっ。寝癖がぴょんって、ぴょんって)


 羽美は可愛いと言いそうになる口を真一文字に結び、時刻をスマートフォンで確認するとまだ夜中の二時だった。


「まだ夜中の二時ですよ。もう少し寝ますか?」
「ん、そうする。大倉は身体、大丈夫か?」


 海斗は身体の向きを変え、ベットに肘をつき羽美を見た。パサリと前髪が流れ落ちその姿に海斗が自分の上で身体を揺らしている姿を思い出してしまいきゅっと下腹部が痛んだ。


「……大丈夫です。少し痛かったけど、よ、よかったです」


 自分の大胆すぎる行動に今更恥ずかしさが蘇ってきた羽美は布団を鼻までひっぱり顔を隠した。


「よかったですって、本当おもしろ。よかったならこっちもよかったです」


 くすりと微笑んだ海斗はそっと羽美の髪を撫でた。撫でられる頭が気持ちいい。猫になったような気分だ。もっと、もっと撫でて欲しくなり羽美は海斗の胸元に頬を擦り寄せた。


「ふふ、嬉しいです」


 ゆっくりでもいい。これから今までの時間を埋めるようにじっくりと進めていきたい。大切な初恋だから。子どもの海斗に恋して、大人になった海斗にもまた、恋をしたのだ。羽美は海斗との未来に期待で胸を膨らませた。


「なぁ、大倉って結婚願望とかある?」


 海斗からの突然の質問に羽美は目を大きく見開いで驚いた。今まさに未来への妄想を繰り広げようていたのだから。


「も、勿論ありますよ。人並みに結婚願望はあります」
「そっか。じゃあ俺と結婚しない?」
「は、はい?」


 素っ頓狂な声がでた。
 今、結婚って言った?


「いや、だから結婚しようかって。今って契約結婚とかが流行ってるんだろ?」
「け、契約結婚ですか?」


 羽美の頭の中にハテナマークが充満する。確かにネットに出てくる広告漫画とかはよく契約結婚から始まる〜とか書かれているが、海斗はそのことをいっているのだろうか? でも海斗と結婚、それはちょっといいかもしれない……瞬時に新婚生活を妄想できそうになり、羽美は首をブンブンと横に振った。


「け、契約結婚なんてしませんよ! 何変なこと言い出してるんですか。結婚は好きな人とするもんです。好きな人と……」


 羽美は好きな人と結婚すると言っていて気づいた。海斗が契約結婚を持ち出してきたということは自分の事は好きでもないのに抱いた、ということになる。羽美の顔がどんどん青ざめていった。


(私のこと、好きじゃないのに抱いたってこと……?)


 海斗は羽美の顔色なんぞ気にせずに、ボフンっと背をベットに投げ出し、両腕を頭の下に組んだ。


「好きな人と結婚ねぇ。俺、女の人を好きになったことねぇんだよな」


 なにかを諦めた口調で海斗は天井を見つめている。女の人を好きになったことがない? 羽美の頭の中にぽっとその理由が浮かんだ。


「ま、まさか本郷さんはゲイなんですか? だから女の人を愛せないって……」


 ますます羽美の顔色は青ざめていく。海斗は記憶を無くしていつの間にか同性を愛するようになってしまってたのだろうか。確かにそれだと今の日本では結婚は出来ない。眉間に皺を寄せて悩んでいる羽美に対して、海斗はぶはっと吹き出し、勢いよく起き上がった。


「ハハッ、どうして俺がゲイって考えになんだよ。今大倉のこと抱いたばっかりだろうが。あ〜、本当大倉って面白いな」


 海斗は目に涙を浮かべながら腹を抱えて笑っている。


「なっ、だって言い方! 本郷さんの言い方に問題があるんですよ。紛らわしい言い方してっ」


 羽美は海斗にさんざん笑われ、口を尖らせた。


「悪い、悪い。さっきのことは忘れて、気にしなくていいから」


 海斗は笑いすぎて潤んだ瞳で優しく羽美に笑いかけながら、自分の耳朶を触っている。その仕草に羽美は見覚えがあり、すぐに気がついた。


 海斗がなにか嘘をついていることに。


 多分、海斗本人も気づいていないであろう嘘をつく時の癖だ。羽美はこの仕草を何度も見てきた。海斗が嘘をつく時に必ずする癖を今羽美の目の前でしているのだ。海斗は耳朶を触っている。


「なにか、理由でもあるんですか?」


 羽美はすかさず海斗に問いかけた。


「いや、別になにもないよ」


 海斗は白を切るつもりのようでなにもないと言い張る。負けじと羽美も海斗に詰め寄った。


「理由を教えてください。私で力になれることなら協力しますから」


 海斗はうーんと少し悩んでから口を開いた。


「俺、あと三ヶ月後にお見合い結婚しろって親に言われてるんだよ。やっぱりこの歳にもなって妻帯者じゃないと大手の企業として親は跡継ぎとか気になるんだろうな。でも俺さぁ、結婚に全く興味ないんだよ。さっき言ったように女の人を好きになったこともないし、他人と生活するとか考えられないんだよな。俺、人と一緒に眠れないんだよ。気になって眠れないというか。でも大倉とはこうして一緒に寝てたから、自分でも驚いてさ。大倉なら結婚しても一緒に暮らせるかな〜そしたら知らない女と結婚なんてしなくて済むかな〜なんて簡単な気持ちで言っただけだから」


 海斗は淡々と話すが、羽美は開いた口が塞がらなかった。


(あと、三ヶ月後に海斗は誰かとお見合い結婚しちゃうかもしれないってことだよね?)


 羽美は布団をギュッと握りしめた。


「本郷さんが結婚はしたくないって言ってもご両親は納得してくれないんですか?」
「何度も嫌だって言って、仕方ないからって半年の猶予をもらったんだよなぁ。半年でもし俺に好きな人ができたらお見合い話は無しにしてやるって言われてるんだけどさ。そんなたった半年で好きな人ができれば苦労はしないよな〜、もう既に三ヶ月経っちゃってるし」


 海斗は諦めたように笑い、ゴロンと体制を横向きに変えた。


「じゃあ、あと 三ヶ月しか時間がないってことですか?」
「ん、まぁそういう事だな」
「なるほど。じゃあ本郷さんが私を好きになって結婚すれば全てが丸く収まると思いませんか?」


 羽美は名案だ、と目をキラキラさせながらパチンと両手を合わせた。海斗は羽美の発言に驚きすぎたのか、口をあんぐり開けている。


「え、大倉何言ってんの?」


「だから、結婚は好きな人とするものです。なので本郷さんが私の事を好きになれば両思いで結婚できて、お見合いを回避できるという素晴らしい打開策だとは思いませんか?」
「ごめん、ちょっと待って」


 海斗はすくっと起き上がり、額に手を当てて、戸惑った顔をしている。


「いや、うん、もしかしたらとは少し思ってたけど大倉って俺のこと好き、なのか?」


 海斗はチラリと羽美を見た。


「え……当たり前じゃないですか。じゃなきゃ抱かれるはずないですよ。あんな痛いの、好きじゃなかったら耐えられませんっ」


 羽美はぎゅっと両手を握りしめ、海斗をキッと睨みつけた。


 必死にしがみついて破瓜の痛みに堪えたというのになんていう仕打ちだろうか。思っていたより大人の海斗は性格に難がありそうだ。


「あー……うん、そうだよな、悪い。でも俺さっき言った通り女を好きになるとそういう多分これから先も無いと思うからさ。大倉が両思いの結婚を望んでいるなら、ごめん、俺のことは諦めて」


 カリカリと髪を掻き、罰の悪そうな海斗の顔を見て羽美はムスッと腹を立てた。羽美は勢いよく海斗に跨り海斗が逃げ出さないよう両肩をしかりと抑え込む。


「うおっ、お、大倉!?」


 驚いたようで海斗は目をぱちくりさせ呆気にとられた表情で下から羽美を見上げる。


「……とうです」
「え?」


 小さすぎて海斗には聞こえなかったようだ。羽美は更にキッと海斗を睨みつけ「上等ですよ!」とはっきり言葉にした。


「私は絶対に貴方のことを諦めません! 絶対私に惚れさせてみせますから。三ヶ月後、本郷さんと結婚するのはこの私です! 他の女になんて絶対に渡しませんから。私のことを好きになればいい。そしたらなんの問題もなく結婚できますよ!」


 羽美は勢いよく言い切り、ぜぇぜぇと息を切らした。つい勢いで言ってしまったが後悔は全くと言ってない。絶対に海斗を自分に惚れさせてやると羽美はやる気に満ち溢れていた。


「ははっ、あ〜最高。大倉はやっぱり面白いな。まぁ確かに俺が大倉のことを好きになるのが一番早い話だし、じゃあさ――」


 羽美の勢いに海斗は怯むこともなく羽美を見上げながらニヤッと笑った。


「俺のこと三ヶ月以内に惚れさせてみてよ」


 真っ直ぐに二人は見つめ合う。海斗の大きな手が羽美の頬に伸び、優しく包み込まれた。引き寄せられるように羽美はゆっくりと目を閉じ、海斗の唇に自分の唇を重ねる。


「……絶対好きになってもらいますから」


 羽美はボソリと呟き、海斗の胸の上に顔を埋める。羽美の頭の上から「楽しみだ」と海斗の期待がこもった声がふりそそいだ。

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