ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜
3-4
時刻は本郷と約束した七時。駅前の淡い街灯の光に加え、お店の明かりが煌々とした光が羽美を照らしている。約束時間より三十分も早く駅前に着ていた羽美は疲れた顔をしてホームに入っていくサラリーマンたちを見送りながらニヤけてしまいそうになる顔を必死で耐えていた。
羽美はこれでもかっていうくらい綺麗にお洒落して、駅のロータリー近くに立っている。黒のシャツにエレガントなグレイのチェック柄Aラインのロングスカートを身にまとい、長い髪は綺麗にコテで巻き、リップで唇はぷるっぷる。普段は履かないお出かけ用の赤いパンプスで足先から気合充分だ。
(はぁぁぁ、緊張する〜)
胸に手を当てるとドクドクと早いテンポで動いている。まだ本郷が目の前に来ていないのに考えただけで、羽美をドキドキさせるのだ。初恋の相手ではないのに、どうしてこうも羽美の気持ちを高揚させるのだろう。中嶋海斗じゃない、出会ったばかりの本郷海斗に惹かれ始めているのは自分でも分かっていた。
(この出会いは新しく前に進みなさいっていう運命のお告げ、ん? 神様のお告げ? どっちだっけ? どっちでもいいか!)
海斗の事を好きでいながらも本郷に対してのその気持ちが大きく育っていく事を自分ではもう止められなかった。
ロータリー近くで待つ羽美の目の前に一台の車が停まった。それもかなりの高級車。夜の街灯に照らされて綺麗に光る車体は眩しいくらいの光沢だ。
「大倉さん、お待たせ。待たせちゃったかな?」
高級車から出てきたのはスーツ姿の本郷海斗で、どこかの王子様かと思ったくらい爽やかな登場の仕方だった。
「いえ、全然待っていません。今来たところです」
三十分前にはこの場にいたけれど、待つのが得意な羽美にしたらほんの数秒のようなものだ。だてに十七年も同じ人を待ち続けていない。
「本当ですか?」
「ほ、本当です」
見透かされたように顔を覗き込まれ、顔面の良さに自分の顔が破顔しそうになる。羽美は必死で平常心を保つためにすんっと無表情をつくった。
「そっか。今度は負けないようにしますね」
「負けないように?」
「次は私が貴女を出迎えたいって事ですよ。さぁ、どうぞ乗ってください」
カァッと顔が熱くなるのを感じた。
「は、はいっ。お願いします」
スマートに開けられた助手席にエスコートされ恥ずかしながらも羽美は自分がまるでお姫様になったような気分になった。羽美の王子様は小さい時から変わらることない、ずっと海斗のまま。そのはずだったのに、今お姫様の手をとっているのは中嶋海斗ではない。本郷海斗が王子様となって羽美の手をとっているのは紛れもない事実だ。
「うわ……」
初めて乗った高級車に感動さえしてしまう。シートはふかふかで流れている音楽はクラシック。それに匂いがいい。爽やかで甘すぎないスッキリとした香りだ。羽美は普段香水をつけないので匂いの名前に疎い。何の匂いだろうか、すごく気になった。
「あの、この香りってなんて名前のものなんですか? 車の芳香剤って失礼だけど臭いイメージがあったのに本郷さんの車は凄くいい匂いで気になります」
実際以前勤めていた会社の社長の車はなんの匂いなのか籠もったようなやぼったい匂いで社長が降りた瞬間窓を全開にして換気していたくらいだ。
「臭いイメージって。どんだけ臭い車に乗ってこられたんですか」
本郷は声を出して笑いながら「アクアマリンですよ」と言った。
「海の香りとか結構好きでこの匂い気に入ってるんだけど、大倉さんも気に入ってくれたならよかったな。これからこの車にも乗る機会が多くなるだろしね、じゃあ、車出すよ」
それは、仕事として? それともプライベートで? なんて喉の奥まで出かかっていたが飲み込んだ。
「はい。お願いします」
アクアマリン、後で検索しておこう。羽美は匂いを堪能するように鼻でゆっくりと呼吸した。
穏やかに動き出した車はあっという間に窓の外の景色を変えていく。あの頃、小学生の羽美は自分の足しか移動する手段はなく、息が切れるまで海斗と二人で手を繋いで走った。大人になった今は手を繋ぐことも無く、足も必死で動かすこと無く、息をきらすこともなく遠くまで簡単に行けてしまうのか、としみじみ思ってしまう。改めて大人になったんだなぁ、と。
「あ、あのっ、今日は本当にありがとうございました。採用していただけるなんて思ってもいなかったので本当に嬉しかったです」
羽美は運転する本郷のほうを見た。運転しているからもちろん本郷は目線を前から動かさない。なのでしっかりと横顔をじっくりと見ることが出来た。
(か、かっこいいなぁ。よく見たら海斗に似て、ない……? いや、やっぱり似てるや。かっこいいなぁ。大人になった海斗もこんな感じなのかな)
気を緩ませると、とろんとした恋する乙女の顔になってしまいそうだ。
「私だけが大倉さんをいいと思ったわけじゃなくて、他の人も大倉さんがいいって満場一致だったよ。これから秘書としてビシバシ鍛えていくから覚悟しててくださいよ?」
バックミラー越しに本郷と目が合う。
「うっ……が、頑張りますっ!」
「ははっ、これから大倉さんと一緒に仕事ができると思うと面白そうだなぁ」
本郷にとって自分は恋愛対象というより、面白い人要員のような気がするのは気のせいだろうか。一緒にいるとき本郷はよく笑う。今日の面接時での氷のような視線が嘘だったかのようによく笑うのだ。
「大倉さん、嫌いな食べ物とかある?」
「嫌いな食べ物……恥ずかしながらでっかい野菜は苦手ですね。煮物でもやたらでっかい人参とか、ザ、人参! って感じがして苦手です」
ははっと上品に笑っていた本郷が急にブハッと吹き出すようにして笑った。そんなに自分の回答がおかしかったのだろうか、本郷は運転しながらも目に涙を溜めるほど大笑いしている。
「そ、そんなに笑うことですか!?」
「あー、本当面白いや。ザ、人参ね〜、今日行くところはそんなに大きな人参は出てこないと思うから安心して」
くくく、とまだ笑いが冷めないようだ。けれどそれがなんだか嬉しくて羽美も「もうっ」と一緒になって笑った。
羽美はこれでもかっていうくらい綺麗にお洒落して、駅のロータリー近くに立っている。黒のシャツにエレガントなグレイのチェック柄Aラインのロングスカートを身にまとい、長い髪は綺麗にコテで巻き、リップで唇はぷるっぷる。普段は履かないお出かけ用の赤いパンプスで足先から気合充分だ。
(はぁぁぁ、緊張する〜)
胸に手を当てるとドクドクと早いテンポで動いている。まだ本郷が目の前に来ていないのに考えただけで、羽美をドキドキさせるのだ。初恋の相手ではないのに、どうしてこうも羽美の気持ちを高揚させるのだろう。中嶋海斗じゃない、出会ったばかりの本郷海斗に惹かれ始めているのは自分でも分かっていた。
(この出会いは新しく前に進みなさいっていう運命のお告げ、ん? 神様のお告げ? どっちだっけ? どっちでもいいか!)
海斗の事を好きでいながらも本郷に対してのその気持ちが大きく育っていく事を自分ではもう止められなかった。
ロータリー近くで待つ羽美の目の前に一台の車が停まった。それもかなりの高級車。夜の街灯に照らされて綺麗に光る車体は眩しいくらいの光沢だ。
「大倉さん、お待たせ。待たせちゃったかな?」
高級車から出てきたのはスーツ姿の本郷海斗で、どこかの王子様かと思ったくらい爽やかな登場の仕方だった。
「いえ、全然待っていません。今来たところです」
三十分前にはこの場にいたけれど、待つのが得意な羽美にしたらほんの数秒のようなものだ。だてに十七年も同じ人を待ち続けていない。
「本当ですか?」
「ほ、本当です」
見透かされたように顔を覗き込まれ、顔面の良さに自分の顔が破顔しそうになる。羽美は必死で平常心を保つためにすんっと無表情をつくった。
「そっか。今度は負けないようにしますね」
「負けないように?」
「次は私が貴女を出迎えたいって事ですよ。さぁ、どうぞ乗ってください」
カァッと顔が熱くなるのを感じた。
「は、はいっ。お願いします」
スマートに開けられた助手席にエスコートされ恥ずかしながらも羽美は自分がまるでお姫様になったような気分になった。羽美の王子様は小さい時から変わらることない、ずっと海斗のまま。そのはずだったのに、今お姫様の手をとっているのは中嶋海斗ではない。本郷海斗が王子様となって羽美の手をとっているのは紛れもない事実だ。
「うわ……」
初めて乗った高級車に感動さえしてしまう。シートはふかふかで流れている音楽はクラシック。それに匂いがいい。爽やかで甘すぎないスッキリとした香りだ。羽美は普段香水をつけないので匂いの名前に疎い。何の匂いだろうか、すごく気になった。
「あの、この香りってなんて名前のものなんですか? 車の芳香剤って失礼だけど臭いイメージがあったのに本郷さんの車は凄くいい匂いで気になります」
実際以前勤めていた会社の社長の車はなんの匂いなのか籠もったようなやぼったい匂いで社長が降りた瞬間窓を全開にして換気していたくらいだ。
「臭いイメージって。どんだけ臭い車に乗ってこられたんですか」
本郷は声を出して笑いながら「アクアマリンですよ」と言った。
「海の香りとか結構好きでこの匂い気に入ってるんだけど、大倉さんも気に入ってくれたならよかったな。これからこの車にも乗る機会が多くなるだろしね、じゃあ、車出すよ」
それは、仕事として? それともプライベートで? なんて喉の奥まで出かかっていたが飲み込んだ。
「はい。お願いします」
アクアマリン、後で検索しておこう。羽美は匂いを堪能するように鼻でゆっくりと呼吸した。
穏やかに動き出した車はあっという間に窓の外の景色を変えていく。あの頃、小学生の羽美は自分の足しか移動する手段はなく、息が切れるまで海斗と二人で手を繋いで走った。大人になった今は手を繋ぐことも無く、足も必死で動かすこと無く、息をきらすこともなく遠くまで簡単に行けてしまうのか、としみじみ思ってしまう。改めて大人になったんだなぁ、と。
「あ、あのっ、今日は本当にありがとうございました。採用していただけるなんて思ってもいなかったので本当に嬉しかったです」
羽美は運転する本郷のほうを見た。運転しているからもちろん本郷は目線を前から動かさない。なのでしっかりと横顔をじっくりと見ることが出来た。
(か、かっこいいなぁ。よく見たら海斗に似て、ない……? いや、やっぱり似てるや。かっこいいなぁ。大人になった海斗もこんな感じなのかな)
気を緩ませると、とろんとした恋する乙女の顔になってしまいそうだ。
「私だけが大倉さんをいいと思ったわけじゃなくて、他の人も大倉さんがいいって満場一致だったよ。これから秘書としてビシバシ鍛えていくから覚悟しててくださいよ?」
バックミラー越しに本郷と目が合う。
「うっ……が、頑張りますっ!」
「ははっ、これから大倉さんと一緒に仕事ができると思うと面白そうだなぁ」
本郷にとって自分は恋愛対象というより、面白い人要員のような気がするのは気のせいだろうか。一緒にいるとき本郷はよく笑う。今日の面接時での氷のような視線が嘘だったかのようによく笑うのだ。
「大倉さん、嫌いな食べ物とかある?」
「嫌いな食べ物……恥ずかしながらでっかい野菜は苦手ですね。煮物でもやたらでっかい人参とか、ザ、人参! って感じがして苦手です」
ははっと上品に笑っていた本郷が急にブハッと吹き出すようにして笑った。そんなに自分の回答がおかしかったのだろうか、本郷は運転しながらも目に涙を溜めるほど大笑いしている。
「そ、そんなに笑うことですか!?」
「あー、本当面白いや。ザ、人参ね〜、今日行くところはそんなに大きな人参は出てこないと思うから安心して」
くくく、とまだ笑いが冷めないようだ。けれどそれがなんだか嬉しくて羽美も「もうっ」と一緒になって笑った。
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