ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜

森本イチカ

3-3

「ふえぇぇええ!? ほ、本郷さん!?」


 盛大な独り言を言いながら羽美は目ン玉が飛び出そうなほど目を大きく見開いた。着信相手は何度確認しても本郷海斗と表示されているのだ。驚きながらも嬉しくて急いで通話ボタンをタップした。


「ど、どうしますた!?」
(ぎゃっ! 勢い余って噛んだ。恥ずかしい……)
「ははっ、さっきは事務的な会社の電話だったから、電話のかけ直し。プライベートな連絡は会社の電話からはさすがに出来ないからね。さっきのは私の仕事用の番号だから登録しておいて」
「あ、わかりました。登録させていただきます」
「大倉さん今大丈夫? 連絡したらまずかったですかね?」
「ま、まさか! 昨日私から連絡先を聞いておいてなかなか連絡しなくてすいません!」


 羽美はまた電話越しに頭を直角に下げた。コンビニに入っていく人たちに不審な目で見られるがそんな事は気にしていられない。


「気にしないで、今日の面接のために時間が無かったんでしょう? 今日はまさか大倉さんがいるなんて驚いたけど、本当おめでとう」


 本郷にそう言われ、羽美は少し罪悪感が湧いた。面接の準備なんてなにもしてなくてベッドの上に寝そべってスマートフォンとにらめっこしてました、なんて言えるわけない。


「あはは、そ、そうなんです。私も本当に驚きました。本郷さんの会社だったなんて、昨日と会社での本郷さんの雰囲気も全然違ったし……」
「あぁ、会社では社長って立場だし、面接時で舐められちゃいけないってつい力んじゃってね。怖かった?」
「い、いえ。怖かったと言うより驚きすぎてたのかあんまり覚えてなくて……」
「ははっ、本当素直で面白いなぁ。ねぇ大倉さん、今日の夜って時間ある?」


 ま、まさかデートのお誘い? なんて都合のいい考えが羽美の頭をよぎる。


「……あ、あります!!」


 心臓が煩い。沈まれ、でないと彼の声が聞こえなくなる。


「じゃあ、今日のお祝いって口実で今日の夜、一緒にケーキを食べに行きませんか? 美味しいデザートの出るお店に行きたいんですけど男一人で行くのはちょっと、ね」


 男一人で行くのは恥ずかしい? といったところだろうか。


(はっ……今更だけど本郷さんに彼女がいたらどうしよう!? そんなこと考えてなかった……)


 急に現実が怖くなり羽美は背筋に冷や汗をかき始めた。


「わ、私はいいんですけど、本郷さんは彼女とか、いないんですか……?」


 羽美は心臓をバクバクさせながらも、さりげなく聞くことに成功した(多分)。


「いたら誘わないよ」


 本郷の低音ボイスがスマホ越しに羽美の耳を擽る。


「あ、そうですよね……」


 自分でも分かるくらいほっとしている声が出た。顔だって見なくても分かるくらい、耳まで真っ赤になっているに違いない。この短時間で気持を大きく揺さぶられ息が苦しく、故意的に羽美は大きく息を吸い気持ちを落ち着かせようとした。


「昨日、大倉さんと一緒にケーキを食べて、二人で食べたほうがケーキがより一層美味しいと気づきました。駄目、ですか?」


 本郷のねだるような声に、か、可愛いっと羽美の胸が締め付けられる。羽美はぎゅっと胸ぐらを掴んで叫びだしそうな衝動を必死で抑え込んだ。こんな嬉しい事を言われて舞い上がらない訳がない。


「暇です! 行きます!!!」


 抑え込んだけれど、嬉しさは止められずに羽美は勢いよく返事を返した。


「よかった。じゃあ七時にN駅に迎えに行きますね。大丈夫ですか?」
「もちろんです! よろしくお願いします!」
「じゃあ七時にN駅で。また後でね」
「はい! よろしくおねがいします。失礼します!」


 羽美は電話が切れて待ち受け画面に戻っているスマートフォンをうっとりとした表情で見つめた。電話が切れてもまだ本郷の声が耳に残っているみたいだ。耳が熱くて、身体が熱さでアイスのようにとろとろに蕩けだしそう。羽美はふぅと一息ついて駅に向かってもう一度歩き始めた。軽くて、今にも飛んでしまいそうな足取りで。

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