ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜

森本イチカ

2-3

 羽美がカアっと顔を赤くさせていると、お待たせいたしましたと店員が運んできてくれた一つのショートケーキと二つの紅茶がテーブルの真ん中に置かれた。いつの間にドリンクなんて頼んでくれたのだろうか、ふわりと紅茶のいい香りが鼻を抜ける。


「紅茶、頼んでくれたんですか?」
「はい、ケーキといったら紅茶かなと思ったけど、大丈夫でした? 嫌いとかだったらすいません」
「いえ、紅茶大好きです。ありがとうございます」  


 本郷は優しく頷くと紅茶を手に取り一口飲んだ。すらりと長い脚を組んで紅茶を飲む姿は色気のある大人の男の人で、伏せた目から伸びる睫毛は爪楊枝が乗るんじゃないか? と思うくらい長い。身長も昔の海斗は羽美より小さかったはずなのに今目の前にいる本郷海斗は羽美をゆうに超えている。綺麗に整った顔でもやはり小さい頃の羽美の知っている海斗の面影があるからか別人だと思っていても懐かしい気持ちで羽美はつい彼の顔に見惚れてしまっていた。


 紅茶を置いた本郷と目が合う。


(わっ、じっと見てたことばれちゃたかな!?)


 羽美は慌てて目の前のショートケーキに手を伸ばした。


「あ、あのっ! これ先に本郷さん食べてください。あ、お皿に分けたほうがいいですよね! 貰ってきます!」


 羽美は勢いよく立ち上り気まずさを振り払うようにその場から離れた。


(だ、駄目だ。落ち着くのよ羽美! 落ち着いて。彼は海斗じゃないんだから。ただのソックリさんなんだから。でも……っ)


 どうしても本郷の事が気になってしまう。
 落ち込んだり、緊張したり、気分が上がったり、今日は大忙しだ。


 店員に取皿をもらい、深く深呼吸してから席に戻ると本郷が笑顔で「おかえりなさい」と待っていてくれた。もう落ち着くどころかズキューンと心臓が矢で撃ち抜かれ、キリキリと痛いくらい。こんな笑顔、反則だ。


「い、今半分個にしますね」


 緊張と、トキメキで声が裏返りそうになった。


「ははっ、はい、お願いします」


 羽美がショートケーキにフォークを入れている間、目の前から注がれる視線が気になって気になって、フォークを持つ羽美の手が少し震えた。


「はい、お待たせしました」


 羽美は苺の乗った方のケーキを半分、本郷の前に差し出した。


「あの、苺が私の方に乗っているんですけど、大倉さんが食べてください」


 苺の乗ったショートケーキを本郷は羽美の方に戻してくる。


「いいんです。私はもう食べた……じゃなくて、実は昨日も違うお店のケーキを食べたんです! だから本郷さんが食べてください」


 羽美は胸の前で両手をブンブン振りテーブルの上を行き来する苺のショートケーキをぐぐっと押し付けるように本郷の前に戻した。


「昨日もケーキって、大倉さんは甘いものが好きなんですね。じゃあ今日は遠慮なく私が苺を頂いちゃいますよ?」


 首を傾げて本郷は羽美を見る。


「もちろんです、頂いちゃってくださいっ」
「じゃあ、頂きます」


 嬉しそうに笑った本郷はフォークで苺を避けてスポンジとクリームを口に運んだ。苺は最後に食べる派なのだろう。ぺろりと唇についたクリームを舌で舐める動作につい見入ってしまった。人がケーキを食べる姿見ってこんなにも色っぽかったっけ? 艶やかな食べ方に見えてしまった羽美は恥ずかしくなり目をそらして紅茶を啜った。


「……美味しい。凄く美味しいです」


 本郷はショートケーキの美味しさに驚いたのか一瞬目を大きく見開いた。そして目を細めて嬉しそうにケーキを味わっている。その微笑みが可愛くてつい見惚れてしまいそうになるのを羽美はぐっと堪えた。


「初めて来たお店だったんですけどこんなに美味しいと思ったケーキは初めてかもしれません」


 本郷は少し大げさに感じるくらいショートケーキが美味しいと頬を緩ませている。


「あ、そうだったんですね。私も初めてきたお店だったんです」
「大倉さんも早く食べてみてください。美味しいですよ」


 本郷は羽美がケーキを一口、口に入れようとするところをじぃっと頬を緩めてニコニコしながら見てくる。その表情があの日、海辺でケーキを一緒に食べた海斗の表情と重なって、胸がキュンっと小さく痛み、鼻の奥がツンと痛んだ。


(……この笑顔、どうしてこんなにもソックリなんだろう)


 羽美は寂しくなり少し俯いた。この人は本郷海斗という別の男性。羽美の初恋の相手の海斗ではないと思っているのに、やっぱり心のどこかではこの人は海斗なんじゃないかと思ってしまっている。


「食べないんですか?」


 本郷は俯いている羽美の顔を覗き込むように見てきた。


「た、食べますよ!」


 見られていると異常に緊張してしまうがここで食べないで意識しすぎなのも変に思われそうだと思い、ぱくりと勢いよく口の中にケーキを迎え入れた。クリームの甘さが口いっぱいに広がって頬が蕩けていきそうだ。あの日食べたショートケーキの美味しさには敵わないけれど、何故だろう。久しぶりに凄く美味しいと感じてしまうのは海斗と似た人と一緒だからだろうか。


 今までケーキを食べても普通に美味しい、糖分補給して元気でたかな、程度の気持ちにしかならなかったのに、今日のケーキは凄く美味しい。美味しくて、美味しくて、嬉しくて、泣きそうで、色んな感情が泡立て器で混ぜられているようにごちゃまぜだ。


「ん……凄く美味しいです。このケーキ」


 泣きそうなのを悟られまいと羽美は口元をきゅっと上げて笑った。


「ですよね。私も久しぶりに美味しいと思うショートケーキに出会った気がします」
「……ケーキ好きなんですか?」
「ん〜、ケーキというよりショートケーキが特別好きなんですよね。っても他のケーキも食べますけどね」


 ハハハと笑う本郷の笑顔にとくんと胸が鳴る。


 同じだった。羽美もあの日からショートケーキは自分の中で特別なケーキになったのだ。


「特別……そうなんですね。じゃあ尚更今日は半分個にしてよかったです! さあ、食べましょう。人間違いをしてしまったお礼にたくさん奢りますから他にも食べたいケーキがあったら言ってくださいね!」
「ははっ、ありがとうございます」  


 こんなに海斗に似ているのに、今目の前で笑顔をみせてくれているのは本郷海斗という別人だ。本物の海斗は今どこで何をしているんだろうと落ち込みそうになる気持ちを無理矢理打ち消そうと羽美は無駄にテンションを上げた。

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