売れ残り同士、結婚します!

青花美来

17話 デート

翌朝は寝落ちしてしまった冬馬が起きて驚くほど落ち込んでいて、何も気にすることないのに私に謝り倒したままお互い出勤。


私はまず一番に由紀乃の元へ行き、


「この間は本当にごめん」


と頭を下げた。


「私は全然いいの。むしろしずくが大丈夫だった?あれからずっと心配してて」

「うん。昨日冬馬とも話し合って、解決したの」


冬馬との話を掻い摘んで伝えると、


「良かったあ」


とホッとしたように微笑んでくれた。


「心配かけてごめんね」

「いいの。気にしないで」

「ありがとう」


同棲の話も喜んでくれて、私もホッとした。


それからあっという間に二週間が経過。

言っていた通り冬馬はどんどん忙しくなっていって、私も二月の半ばに入り本格的に卒園式の準備に追われ始め、会うどころじゃ無くなった。

最初はどうにか都合をつけて一緒に不動産屋に行こうと思っていたものの、冬馬の住むマンションに部屋が空いているためそこに転がり込むことでいいんじゃない?となり、冬馬が管理会社に確認してOKが出たためほぼ決定。

お父さんと雅弥、冬馬のお母さんにも報告済みで、両家共にすごく喜んでくれている。

私の住む家が三月が更新のタイミングになるため、それに合わせて引っ越し予定となった。

あともうちょっとでこの部屋ともお別れだ。

上京してからずっと住んでいるため愛着もあるけれど、それ以上に新しい生活が楽しみで仕方ない。

そのため今は休みの前の日に冬馬の家に小物を運ぶついでに泊まりに行き、朝仕事に行く冬馬を見送ってから一週間分の作り置きを用意して冷蔵庫に入れ、そこから自宅に戻り引っ越し準備をするという日々を送っている。

冬馬の栄養面も心配だったからちょうどいい。

今までは仕事の邪魔になるんじゃないかとか、疲れてるのに私が行ったら迷惑なんじゃないかとかいろいろ遠慮していたけれど、冬馬はむしろもっと泊まりに来てほしかったらしい。

だから逆に冬馬の仕事が休みの時は、私の家に冬馬が泊まりに来たりもしている。

何か特別なことが起こるわけでもないし、ただ一緒にご飯を食べたりお酒を飲みながら映画を見たりと些細なお家デートが多い。それでもお互い会うことにより心の回復ができていると実感しているため、今は毎週末が楽しみで仕方ない。



今日も冬馬の家から帰ってきて荷物整理をしていると、昼過ぎにテーブルの上からバイブレーションの音がして歩いて向かった。

スマートフォンを見ると、一通のメッセージが。
表示された名前と文面を見て、


「わぁ!来た!」


と荷物はそっちのけでソファに座ってアプリを開く。

それは、莉子から送られてきたふみくんとの結婚の報告だった。

二人はヨリを戻してすぐに結婚を視野に入れていたようで、ふみくんの仕事の異動の兼ね合いもありスピード婚することになった。

結婚式はすぐには予定していないらしく、新居はつい最近決めたばかりらしい。

婚姻届を持って幸せそうに笑う二人の写真を見て、食い気味に"おめでとう!"と返事をする。

すぐに"ありがとう!次はしずくと冬馬の番だね!"と返ってきて、一人でにやけてしまった。

冬馬にも当然連絡がいっており、夜に電話が鳴る。


『莉子から聞いた?』

「うん。すぐおめでとうって返した」

『俺も史明から連絡きてて、驚きすぎてすぐ返した』

「あれ、ふみくんから籍入れるって聞いてなかったの?」

『前に電話した時に多分言われてたとは思うんだけど、その時寝ぼけてたから全然覚えてなくて』

「ははっ、それはびっくりするわ。ふみくんも驚いただろうね」

『あぁ。"前に言っただろ"って怒られた』


冬馬は私が冷蔵庫にしまっていった作り置きのおかずを食べながら電話をしているらしく、定期的に


『うまっ、これまた来週も作って』


と感想が入ってくる。

『しずくがおかず作ってくれてるおかげで最近体調が良いんだ。やっぱ外食ばっかりじゃダメだな』

「そうだよ。そんな料理でよければいつでも作ってあげる」

『ありがとう。本当助かってる』

「うん。明日は裁判あるんだっけ?」

『あぁ。でも明日は初公判だからすぐ終わるよ』

「そっか。頑張ってね」


明日も早起きな冬馬のために、いつもより早めに電話を切り上げる。

お風呂にゆっくり浸かって、上がると職場からの連絡が来ていて慌てて返信して。

私も明日仕事だから早く寝ないと。そう思って早めに布団に入ったのに、全然眠れそうもない。

冬馬に抱きしめてもらって眠る幸せを知ってしまうと、一人の夜が寂しくて仕方ないのだ。

かと言って今連絡して寝ようとしている冬馬を起こすわけにはいかない。

もしかしたらもう寝てるかもしれないし。

冬馬とのやりとりを遡って読んでみたり、目を閉じて冬馬の顔を思い浮かべてみたり。

こんなことなら、冬馬の家から何か服でも持ってくればよかった。

冬馬の匂いに包まれていれば、少しは眠れるかもしれない。

次冬馬の家に行ったら、何か拝借してこよう。

そんなことを考えているうちにようやく眠くなった私。

その日は、馬鹿みたいに冬馬の服を大量に探しているというよくわからない夢を見てしまった。






*****

三日後の水曜日。今週は土曜日が出勤のため水曜日がお休みだ。

今日は偶然にも冬馬もお休みらしく、昨日から泊まりに来ている。

朝食を食べ終えて洗い物を済ませると、冬馬が徐ろに着替え始めた。


「たまには出かけるか」

「いいの?」

「当たり前だろ。いつも何もしてやれてないから、たまにはな」

「ありがとう!嬉しい!」

「しずくはどこか行きたいとこあるか?」

「んー……そうだなあ」


その誘いは嬉しいけれど、いざそう聞かれると中々行きたいところなんて出てこないものだ。

あまり遠くなくて日帰りで行けるところ。二人で楽しめるところ。のんびりできるところ。

天気も良いし、どうせなら観光名所もいいだろうか。

いろいろと考えた結果、スカイツリー付近を見て回ることに。


「クリスマスも出かけられなかったしな。ゆっくりできていいかも」

「でしょ?定番だけど行ったことなくて。私、一度来てみたかったんだ」


東京に来たからにはいつか行きたいと常々思っていたものの、中々タイミングが無く行ったことがなかったスカイツリー。

電車に乗って間近でそのスカイツリーを見ようと真下に来た私たち。見上げても全部見えない高さに圧倒されてしまう。

展望デッキに登ると、経験したことのない高さに一瞬足がすくんだ。

冬馬と手を繋ぎながら、ゆっくりと窓の方へ近付く。


「すごい……」


東京の街を一望できる美しい光景は、昼間でも圧巻だった。

どこまでも続く建物の数々。それがあまりにも小さいからまるでジオラマを見ているみたいで。

普段私たちが住んでいる街をこんな高さから見られるなんて、信じられない。


「すごい!スカイツリーの影ができてる」

「本当だ。すげぇな。こんな風にも見えるのか」


快晴だからか、一直線に伸びる影はスカイツリーの独特な形をくっきりと映し出していた。

時間で影の向きも変わるのだろう。すごく綺麗。


「あ!ねぇあっち!東京タワーも見れるんだって!行ってみよ!」

「ん、わかった」


別の場所を指差すと、冬馬は仕方ないなあと言いたげについて来てくれる。


「あ、あれじゃない?なんかちっちゃく見えるね」

「まぁここから少し離れてるし、そもそもこの展望デッキの方が高いからな」

「東京タワーも十分高くてすごいのにね」


ここから見ると、東京タワーですらミニチュアのおもちゃのようだ。

その後も富士山はどれだと探してみたり、地面が見えるガラス張りの床の上が怖くて歩けなくていい大人が悲鳴をあげそうになったり。

一頻り騒いで、疲れて併設されているカフェで少し休む。


「あっちが俺たちの職場の方だな」

「ふふっ、さすがに小さすぎて何も見えないだろうね」

「だな」


コーヒーを飲みながら見える景色を堪能する。

さらにこれが夜になれば一面綺麗な夜景に変わるだなんて、どれだけ神秘的なんだろう。


「こうやって見ると世界って本当に広いなって思うよな」

「……うん。私も、こんな広い世界でまた冬馬と再会できたのって、すごいことなんだなって思う」

「そうだな」


由紀乃が私たちのことを運命的だと言っていたけれど、こうやって広い世界を見ていると本当にそうなんじゃないかと思う。

お互いがどこにいるかもわからない状態で、この広い東京で再会する確率はどれくらいなんだろう。

きっと、限りなくゼロに等しいんじゃないだろうか。

そう考えるとたまらなく不思議で、今ここにいることが奇跡的で。この瞬間が本当に幸せで。

この幸せを大切にしたいと、心から思う。


まだ見足りない気持ちはあったものの、後ろ髪引かれる思いで次に向かうためにエレベーターに乗る。

今日の冬馬は白いタートルネックのトップスにチェスターコートを合わせていて、とても爽やかでかっこいい。

周りからの視線を集めていることに気づいているのかいないのか、冬馬はいつもと全く変わらない。

私が隣にいて、浮いたりしていないだろうか。

少し心配になる。


「ん?どうした?」


その端正な顔立ちを見上げていると、不思議そうに首を傾げる冬馬。

その仕草がなんだか可愛らしく見えて、笑みが溢れた。


「ううん、なんでもない」

「……変なやつだな」


冬馬が呟いた時に到着したエレベーター。

冬馬に手を引かれ、降りていく。

繋がれた右手が、暑いくらいだ。






その後は併設されている水族館に行ったり、少し場所を移動してプラネタリウムを見に行ったり。

雲のようにふわふわのシートに並んで寝転んで見る満天の星空は息が漏れるほどに美しかった。

夜は夜景が一望できるレストランに行き、コース料理に舌鼓を打った。

おそらく世間で言われる王道のデートコースだったものの、そういう経験が少ないからか、私も冬馬も終始笑顔でとても楽しい時間を過ごすことができた。

その帰り、冬馬の家に戻って少しゆっくりしてから明日の仕事のために家に帰る準備をしている時。


「どうした?俺の服になんかついてる?」

「あ、ううん。そういうわけじゃないの。……その、ちょっとシャツ一枚貸してほしくて」

「シャツ?別にいいけど、どうかしたか?」


ソファにかけてあったTシャツを手に取っていると不思議がられた。


そりゃあそうだろうと思いつつも、


「実は……」


とその理由を告げた。


「……」

「や、やっぱ気持ち悪いかな……。冬馬の匂い嗅いでると、すごく安心するの。こう、抱きしめられてるって言うか、包み込まれてるみたいで。あったかくて、優しくて。だから一人で眠るのがどうしても寂しくなっちゃって」


冬馬が何も言ってくれないから、私が焦って饒舌になってしまう。


どうしよう、引かれちゃったかな……。気持ち悪いかな……。


冬馬の反応が怖くて、顔を上げられない。

次第に深いため息が聞こえ、びくりと肩が跳ねた。


「……本当、お前可愛すぎる」

「……え?」

「なんだよそれ。ただでさえ今日しずくが帰るの嫌でこのまま泊まってってほしいくらいなのに、そんなこと言われたらもう帰したくなくなるじゃん」


雑に頭を掻く冬馬の顔はほんのりと赤い。


「……気持ち悪くない?」

「どこがだよ。気持ち悪いわけないじゃん。むしろ可愛すぎて今困ってる。え、泊まってく?このまま抱いていい?帰すのマジで嫌なんだけど」

「いやっ、えっと……」

「俺の匂いに包まれたいって?なんだよそれ煽ってんの?俺の服抱きしめて眠りたいって……うわ、もうそれ想像するだけでヤバい」


ガバッと抱きしめられる。


「本当可愛い。なんでそんなに可愛いの?」


私の肩にぐりぐりと顔を押し付けてくる冬馬は、何かに耐えるかのようにずっと私を抱きしめて離さない。


「あー……なんで明日仕事なんだよ。もう本当帰したくない。どうしよう」

「私も本当は帰りたくないけど、仕方ないね」

「ほら、そうやってまた煽る」

「そんなつもりはっ」

「はぁー……本当好き。大好き」


結局冬馬は最後まで私に泊まっていくように言ったものの、それに甘えたら本当に明日寝坊して仕事に支障をきたしてしまいそうだから帰ることにした。

私にTシャツを一枚貸してくれて、無事にその日の私の腕の中には冬馬の服が。

家に帰ってもこれなら寂しさが薄れる。

近いうちに、これが冬馬自身に変わる日を楽しみに。そう思いながら冬馬の匂いに包まれて毎日ぐっすり眠るのだった。


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