売れ残り同士、結婚します!
15話 冬馬side
*****
『茅ヶ崎はさ、そんなにモテるのになんで彼女作ったりしねぇの?いくらでも言い寄ってくる相手いるだろ?』
初めてそう言われたのは、確か大学に入学して半年くらい経った頃だろうか。
同じ学部の友人と授業を終えて昼飯を食べている時に聞かれたような気がする。
『いや……別に、そういうの興味ねぇから』
『は?マジで?嘘だろ?可愛い子とヤリたいとか思わねぇの?あ、それとも彼女はいないけどそういう相手はいるとか?うわー、やっぱ顔がいい奴は言うことが違うわ。聞いて損した』
はーやだやだ、なんて言いながら白米をかきこむ友人にちらりと視線を送ってから、何事もなかったように俺もおかずを口に運んだ。
しずくと約束をしてからというもの、俺はそれだけを糧に勉強とバイトに邁進していた。
それまでは学校へ行けばしずくを見かけることができた。
会話することはほとんどなかったけれど、その姿を見ているだけで頑張れた。
でも大学からは俺は上京して一人だ。家族も近くにいないし、大学へ行ってもしずくを見かけることはできない。
自分で将来を考えて選択した結果の孤独な日々。そこに後悔は無いけれど、やはり寂しさや不安はあった。
その中での唯一の希望は、あの約束だったのだ。
三十歳になるまでに、胸を張って弁護士だと言えるくらい成長しなければ。
そしてしずくを迎えに行く。たとえその時断られたとしても。どんな結果になったとしても。
それだけを考えていた俺に言い寄ってくる女は確かに何人もいた。あまりにも押しの強い先輩がいて、一度だけなし崩し的に関係を持ったこともある。けれど俺はしずく以外に全く興味が湧かず、その先輩の思った通りにはならなかったらしい。
そのためその一回きりで全く俺に寄り付かなくなった。
それ以来どんなに積極的にアプローチされようものの、しずく以外には気持ちがついていかないとわかったため応じることは無くなった。
『茅ヶ崎くん!週末暇?私の家で皆でタコパするんだけど来ない?』
『悪いけど行かない。バイトと勉強で忙しい』
『……そっか。じゃあ来週は?一緒に遊びに行こうよ!』
『無理。そんな暇無い』
『……茅ヶ崎くんが空いてる日あったら教えてほしいんだけどな。実は私、ちょっと茅ヶ崎くんのこといいなって思ってて……』
『聞こえなかった?そんな暇無いって。そういうの本当迷惑。あんたと遊んでる暇あったらバイト入れるわ。つーか俺、あんたのこと知らないんだけど。誰?』
そんなやり取りをして、『酷いっ……!』と泣かれたこともある。
しずくしか眼中に無い。どんなに綺麗で可愛いと周りから持て囃されている人がいても、俺にはしずく以上に魅力があるようには見えなかった。
合コンに誘われたことも何度もあるけれど、その時間がもったいないと一度も行かなかった。
そんな中、風の便りでしずくが保育士になったことを知る。
保育系の専門学校に進学することは卒業式の日に聞いた。その後地元の保育園に就職したと人伝いに聞いたらしい史明が教えてくれた。
しずくは宣言通り、保育士として頑張って働いているんだ。俺ももっと頑張ろう。
しかし、しずくが就職して三年が経過した頃。ちょうど俺が司法修習が終わり、無事に弁護士を名乗れるようになった頃だっただろうか。
突然史明から、
『しずくが仕事やめて上京したらしい』
と連絡が来た。
まず、しずくが地元を出たことに大きな驚きとショックを受けた。
弟の雅弥のことを本当に大切にお世話していたしずく。母親代わりと言っていいほど毎日頑張っていたのに。確かまだ小学生じゃなったか……?どうしたんだろう、何かあったのだろうか。
と考え始めたら止まらなかった。
しかししずくは上京した。つまり俺の近くにしずくがいるということで。しかし、都内と言っても広いし馬鹿みたいに人も多い。
上京した理由もわからず、都内にはいるらしいもののどこで何をしているのかもわからない。
直接連絡を取れば済む話だったかもしれない。しかしその時俺は突然連絡して何を言えばいいのかわからなかったし、嫌がられたり忘れられてるかもしれないと思うと怖くてたまらなくて。何もできなかった。
東京ではほとんど同じ学部の数人以外とは関わりを絶っていたため、保育業界にツテも無い。そもそもこっちでまだ保育士を続けているのかどうかもわからない。
手がかりも何も無い状態だと探すこともできず、それを知った頃にはもうお手上げ状態だった。
『冬馬……やっぱり連絡してみるしかないんじゃねーの?』
史明からの電話に
『いや……もしかしたら、いい加減諦めろってことなのかもしれない』
と笑った俺は、
これもまた運命だと、受け入れるしかなかった。
それでも僅かな望みを持って。いつかどこかで会えるかもしれないと信じて。
"日本に住んでりゃどっかで再会するかもしれねぇだろ?"
しずくにそう言ったのは俺だ。言った本人が信じなくてどうする。
もう少し、もう少しだけ。
そう思って一人前になるべく、経験を積んで我武者羅に頑張った。
しかし、日を追うごとに、歳を取るごとに。
もう、無理なんじゃないかと思って。
"そろそろ結婚を考える彼女とかいないの?"
母親から定期的にかかってくる電話に疲れ、事務所内の同期との飲みの席で、
『茅ヶ崎、なんで彼女作んねーの?』
と言われ。
しずくではない他の女性と一緒にいる自分を想像して、吐きそうになった。
『……もう、恋愛とかどうでもいい』
しずくがいい。しずく以外いらない。
だから、しずく以外との恋愛なんてどうでもいい。
『でもお前、母親がうるさいって言ってなかったか?』
『あぁ』
同僚の言う通り母親は結婚結婚うるさいし、妹たちからも早く結婚しなよと言われてもう飽き飽きしている。
家族も職場もこういう飲みの席でも。言われることも聞かれることも全部同じで面倒臭い。
俺はしずくがいいんだ。しずくじゃなきゃ嫌なんだ。
しずく。今どこにいる?何してる?
会いたい。今すぐ会いたい。
そんな気持ちを隠すために
『……誰か、手っ取り早く籍だけ入れてくれるような良い相手、どっかにいねぇかな。ははっ、いるわけねぇか』
酔った勢いで最低な言葉を発したのは、その時だ。
言葉にしたのはいいものの、まさかそんな相手が存在するわけもない。
俺の日常は変わらず、弁護士として日々頑張るだけ。
そんな時、大学の同期から来た結婚式の招待状。
そうか、もう俺も三十歳になるのか。あの約束の年になったのか。
そう思うと、久しぶりに少し息抜きでもしようかという気になった。
参加に丸を付けたのもまた、今思うと何かを感じていたのかもしれない。
その席で新婦友人席の様子を伺う声を聞き、その視線を追うように見た時。
『……しずく?』
照明が落ちたと同時に呟いた声。
全身の震えが止まらなくなって、何も考えられなくなって。
しずくがいる。……目の前に、しずくがいる。
まさかこんなところで。しかも、あの約束の年に。
夢かと思った。信じられなかった。
新郎新婦には本当に申し訳ないけれど、二人の入場よりも俺はしずくに釘付けだった。
照明が付くともうこちらを向いておらず、俺はしずくの背中を見つめることしかできない。
十年以上ぶりに会う、しずくの姿。
席が少し遠くて、目が合った後は一度もこっちを向いてくれないから、次第にあれは本当にしずくなのかと疑問に思い始めた。
しずくに会いたい気持ちが強すぎて、人違いをしているだけなのでは?
どうかもう一度、振り向いて欲しい。
しかしその想いは届かなかったのか、しずくがその後振り向くことはなかった。
でも、さっき目が合った時、確かに俺と同じく目を見開いて固まっていた。
……あれは、しずくだ。あの目は、しずくに間違いなかった。
そう自分に言い聞かせたら、じわりじわりとさまざまな感情が押し寄せてくる。それが今にも爆発してしまいそうでうまく呼吸ができず、酒で誤魔化そうにも全く酔えず。
友人たちから『どうした?』と心配されるものの、返事すらできずに手で制しながらしずくだけを見つめて。
披露宴が終わるまで、泣きそうなのをずっと堪えていた。
『茅ヶ崎はさ、そんなにモテるのになんで彼女作ったりしねぇの?いくらでも言い寄ってくる相手いるだろ?』
初めてそう言われたのは、確か大学に入学して半年くらい経った頃だろうか。
同じ学部の友人と授業を終えて昼飯を食べている時に聞かれたような気がする。
『いや……別に、そういうの興味ねぇから』
『は?マジで?嘘だろ?可愛い子とヤリたいとか思わねぇの?あ、それとも彼女はいないけどそういう相手はいるとか?うわー、やっぱ顔がいい奴は言うことが違うわ。聞いて損した』
はーやだやだ、なんて言いながら白米をかきこむ友人にちらりと視線を送ってから、何事もなかったように俺もおかずを口に運んだ。
しずくと約束をしてからというもの、俺はそれだけを糧に勉強とバイトに邁進していた。
それまでは学校へ行けばしずくを見かけることができた。
会話することはほとんどなかったけれど、その姿を見ているだけで頑張れた。
でも大学からは俺は上京して一人だ。家族も近くにいないし、大学へ行ってもしずくを見かけることはできない。
自分で将来を考えて選択した結果の孤独な日々。そこに後悔は無いけれど、やはり寂しさや不安はあった。
その中での唯一の希望は、あの約束だったのだ。
三十歳になるまでに、胸を張って弁護士だと言えるくらい成長しなければ。
そしてしずくを迎えに行く。たとえその時断られたとしても。どんな結果になったとしても。
それだけを考えていた俺に言い寄ってくる女は確かに何人もいた。あまりにも押しの強い先輩がいて、一度だけなし崩し的に関係を持ったこともある。けれど俺はしずく以外に全く興味が湧かず、その先輩の思った通りにはならなかったらしい。
そのためその一回きりで全く俺に寄り付かなくなった。
それ以来どんなに積極的にアプローチされようものの、しずく以外には気持ちがついていかないとわかったため応じることは無くなった。
『茅ヶ崎くん!週末暇?私の家で皆でタコパするんだけど来ない?』
『悪いけど行かない。バイトと勉強で忙しい』
『……そっか。じゃあ来週は?一緒に遊びに行こうよ!』
『無理。そんな暇無い』
『……茅ヶ崎くんが空いてる日あったら教えてほしいんだけどな。実は私、ちょっと茅ヶ崎くんのこといいなって思ってて……』
『聞こえなかった?そんな暇無いって。そういうの本当迷惑。あんたと遊んでる暇あったらバイト入れるわ。つーか俺、あんたのこと知らないんだけど。誰?』
そんなやり取りをして、『酷いっ……!』と泣かれたこともある。
しずくしか眼中に無い。どんなに綺麗で可愛いと周りから持て囃されている人がいても、俺にはしずく以上に魅力があるようには見えなかった。
合コンに誘われたことも何度もあるけれど、その時間がもったいないと一度も行かなかった。
そんな中、風の便りでしずくが保育士になったことを知る。
保育系の専門学校に進学することは卒業式の日に聞いた。その後地元の保育園に就職したと人伝いに聞いたらしい史明が教えてくれた。
しずくは宣言通り、保育士として頑張って働いているんだ。俺ももっと頑張ろう。
しかし、しずくが就職して三年が経過した頃。ちょうど俺が司法修習が終わり、無事に弁護士を名乗れるようになった頃だっただろうか。
突然史明から、
『しずくが仕事やめて上京したらしい』
と連絡が来た。
まず、しずくが地元を出たことに大きな驚きとショックを受けた。
弟の雅弥のことを本当に大切にお世話していたしずく。母親代わりと言っていいほど毎日頑張っていたのに。確かまだ小学生じゃなったか……?どうしたんだろう、何かあったのだろうか。
と考え始めたら止まらなかった。
しかししずくは上京した。つまり俺の近くにしずくがいるということで。しかし、都内と言っても広いし馬鹿みたいに人も多い。
上京した理由もわからず、都内にはいるらしいもののどこで何をしているのかもわからない。
直接連絡を取れば済む話だったかもしれない。しかしその時俺は突然連絡して何を言えばいいのかわからなかったし、嫌がられたり忘れられてるかもしれないと思うと怖くてたまらなくて。何もできなかった。
東京ではほとんど同じ学部の数人以外とは関わりを絶っていたため、保育業界にツテも無い。そもそもこっちでまだ保育士を続けているのかどうかもわからない。
手がかりも何も無い状態だと探すこともできず、それを知った頃にはもうお手上げ状態だった。
『冬馬……やっぱり連絡してみるしかないんじゃねーの?』
史明からの電話に
『いや……もしかしたら、いい加減諦めろってことなのかもしれない』
と笑った俺は、
これもまた運命だと、受け入れるしかなかった。
それでも僅かな望みを持って。いつかどこかで会えるかもしれないと信じて。
"日本に住んでりゃどっかで再会するかもしれねぇだろ?"
しずくにそう言ったのは俺だ。言った本人が信じなくてどうする。
もう少し、もう少しだけ。
そう思って一人前になるべく、経験を積んで我武者羅に頑張った。
しかし、日を追うごとに、歳を取るごとに。
もう、無理なんじゃないかと思って。
"そろそろ結婚を考える彼女とかいないの?"
母親から定期的にかかってくる電話に疲れ、事務所内の同期との飲みの席で、
『茅ヶ崎、なんで彼女作んねーの?』
と言われ。
しずくではない他の女性と一緒にいる自分を想像して、吐きそうになった。
『……もう、恋愛とかどうでもいい』
しずくがいい。しずく以外いらない。
だから、しずく以外との恋愛なんてどうでもいい。
『でもお前、母親がうるさいって言ってなかったか?』
『あぁ』
同僚の言う通り母親は結婚結婚うるさいし、妹たちからも早く結婚しなよと言われてもう飽き飽きしている。
家族も職場もこういう飲みの席でも。言われることも聞かれることも全部同じで面倒臭い。
俺はしずくがいいんだ。しずくじゃなきゃ嫌なんだ。
しずく。今どこにいる?何してる?
会いたい。今すぐ会いたい。
そんな気持ちを隠すために
『……誰か、手っ取り早く籍だけ入れてくれるような良い相手、どっかにいねぇかな。ははっ、いるわけねぇか』
酔った勢いで最低な言葉を発したのは、その時だ。
言葉にしたのはいいものの、まさかそんな相手が存在するわけもない。
俺の日常は変わらず、弁護士として日々頑張るだけ。
そんな時、大学の同期から来た結婚式の招待状。
そうか、もう俺も三十歳になるのか。あの約束の年になったのか。
そう思うと、久しぶりに少し息抜きでもしようかという気になった。
参加に丸を付けたのもまた、今思うと何かを感じていたのかもしれない。
その席で新婦友人席の様子を伺う声を聞き、その視線を追うように見た時。
『……しずく?』
照明が落ちたと同時に呟いた声。
全身の震えが止まらなくなって、何も考えられなくなって。
しずくがいる。……目の前に、しずくがいる。
まさかこんなところで。しかも、あの約束の年に。
夢かと思った。信じられなかった。
新郎新婦には本当に申し訳ないけれど、二人の入場よりも俺はしずくに釘付けだった。
照明が付くともうこちらを向いておらず、俺はしずくの背中を見つめることしかできない。
十年以上ぶりに会う、しずくの姿。
席が少し遠くて、目が合った後は一度もこっちを向いてくれないから、次第にあれは本当にしずくなのかと疑問に思い始めた。
しずくに会いたい気持ちが強すぎて、人違いをしているだけなのでは?
どうかもう一度、振り向いて欲しい。
しかしその想いは届かなかったのか、しずくがその後振り向くことはなかった。
でも、さっき目が合った時、確かに俺と同じく目を見開いて固まっていた。
……あれは、しずくだ。あの目は、しずくに間違いなかった。
そう自分に言い聞かせたら、じわりじわりとさまざまな感情が押し寄せてくる。それが今にも爆発してしまいそうでうまく呼吸ができず、酒で誤魔化そうにも全く酔えず。
友人たちから『どうした?』と心配されるものの、返事すらできずに手で制しながらしずくだけを見つめて。
披露宴が終わるまで、泣きそうなのをずっと堪えていた。
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