ポンコツ扱いされて仕事をクビになったら会社は立ち行かなくなり元カノが詰んだ
第51話:エピローグ(4/5)
俺は会社、株式会社森羅万象青果に復帰した。復帰したというか、専務として再入社したと言った方がいいのか。
これまでは営業のことだけ見ていたらよかったので、闇雲に働いていたけど、これからは専務として会社全体のことも見ないといけない。
社長のさやかさんが現役高校生なので、会社にいないことが多い。そういう意味では、俺は色々な物を見て、聞いて、さやかさんにできるだけ多くの情報を伝える必要がある。
仲卸として、今までは競りに出るメンバーは専門がいて、俺は営業しかしていなかった。知らないと分からないことも出てくるので、競りにも参加しているのだ。
そう言えば、いつかさやかさんが「競りの参加権にも目処がついた」と言っていたのを思い出した。俺は「参加権を手に入れる目処」だと思っていた。
現在、この市場では新規の権利を発行する予定がないので、要するに、「株式会社森羅万象青果を買い取る目処がついた」ということだったのだろう。
今思えば、おじいさんやさやかパパが家に来て、さやかさんに「買ってあげる」とか「安く買えた」とか言っていたのは、株式会社森羅万象青果のことだったのではないだろうか。
おじいさんがお金を出して、前社長の弟である さやかパパが交渉していたとか。「立っている者は親でも使え」とか言うけど、本当に使うのはすごい。
競りのメンバーは今まであまり話すチャンスがなかったので、俺の悪い噂もあまり聞いたことがなかったらしく、すんなり仲良くなれた。
とりあえず、今日は市場に早めに着いたので、ちょっと車の中で世間話をすることにした。競りのメンバーは、競りが終わったらすぐ商品を出荷するので、色々忙しい。
ゆっくり話す暇があまりないので、忙しいけれど時間を作ってくれた感じだろう。
「野村さん、競りはどれくらいになるんですか?」
野村さんは、入社15年以上のベテラン。50歳手前のおじさん社員だ。子供さんが高校生と大学生とか言っていた。
「俺はもう10年以上になるかなぁ。俺よりも、狭間くんだよ、あ、もう専務か。狭間専務」
「野村さんにそんな風に呼ばれると、すげえ変な感じです」
「でも、専務になったんだから、慣れないとな。組織ってもんにはケジメがあるからな」
「そうですね。頑張ります」
野村さんが車の窓を開けて、タバコに火をつけた。
大きく肺まで吸い込んでから窓の外にゆっくり煙を吐き出した。
「で? 営業のヤツらとはどうよ? ぶっちゃけ、やりにくいんじゃないの?」
「まあ……まだ、円滑にって訳にはいかないですけど、誤解も解けたみたいだし、むこうの方がばつが悪そうにしていますね」
「そうだろうなぁ。しかも、お前、今じゃ専務だしな」
イヒヒと意地悪な笑いをする野村さん。
「まあ、根は良い人ばっかなんで、時間かけてうまくやっていきますよ」
「お前はその辺りうまそうだから、心配はしなけどな? あと、あれは良いな」
「あれって何ですか?」
「お前、いま高級車乗り回してるだろ!」
確かに借りものの高級車を乗っている。自分のではないから全然自慢できないけど。
「若手は、会社で頑張れば自分も高級車に乗れるって夢持ってるぞ」
それは良い傾向だけど、若干騙している感じがして心苦しい。上司は適度に羽振りが良い方が、若手はやる気になる傾向にあるらしい。俺も何かいい車を買うようにしなければ……
「ところで、リーダー…元リーダーはどうするよ?」
元リーダーこと長谷川さんは、案の定、夜逃げ同然で現在行方が分からない。家の中は金目の物だけがなくなっていて、電話は解約されているみたいで繋がらなかった。
こうなると追いかける術がない。現代社会の闇ではないだろうか。
「とりあえず、『待ち』ですかねぇ。それよりも裕子さん、部長が気になってます」
「ああ、婚約までしたらしいからなぁ」
「俺じゃ できることが何もなくて……」
「そりゃ、そうだろ。別れた年下の男が更に年下の彼女つくってきたんだ。しかも、その彼女は新社長ときたもんだ」
野村さんが膝をペシリと叩いた。気のいいおじさんって感じかな。
「まあ、歳取ってくると分かると思うけど、あのくらいの年齢の女性は特別な思いがあるだろうからな。そっとしておいてやれ。ただ、ほったらかすなよ?」
「めちゃくちゃ難しいじゃないですか! 具体的にどうしたらいいですか!?」
「ばか、それを考えるのがお前の仕事だろ!」
「丸なげ!」
「俺はお前じゃない。お前にできることをしてやれ」
「そうっすね……」
自分の指を見ながら、とりあえずそう答えた。ちなみに、考え無しだ。ノーアイデア。
ただ、深刻には心配していない。俺は、彼女が強いのを知っているから。
「さあ、じゃあ、そろそろお仕事しようかね!」
野村さんがタバコを灰皿にギュウギュウ押し込み、トラックから降り始める。
「勉強させてもらいますよ!」
「こら、専務、もう少し偉そうにしとけ」
「ふふっ、そうっすね」
この日、俺は初めて競りに参加した。会社のことをもっと学ぶために。
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