ポンコツ扱いされて仕事をクビになったら会社は立ち行かなくなり元カノが詰んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

第45話:さやかさんと裕子さんの過去とは


 株式会社神羅万象青果の会議室に、新社長のさやかさん、新専務の俺、現専務の山本裕子さん、現リーダーの長谷川さんが集まっている。

 会議室には安普請やすぶしんの大きいテーブルが二つ横に並べられていて、いわゆるお誕生席にさやかさんが座っていた。

 俺は一応長テーブルでは一番 上座に座った。さやかさんに対して、90度の位置だ。

 俺のテーブル挟んで向かいに山本専務、その下座にリーダー長谷川さんが座っている。


「さて、長谷川リーダー」


 口火を切ったのはさやかさんだった。

 名前を呼ばれてビクッとする長谷川さん。もはや、叩かなくても埃が出ている状態だ。彼としては、できるだけ被害を小さくして、この場を逃げ出したいところだろう。


「随分、社内のインフルエンサーとしての活躍をされているようですね」

「……」


「インフルエンサー」とは、与える影響力が大きい行動を行う人物のこと。この場合は、社内を悪い方向に誘導する人のことで、要するに嫌みだ。


「長谷川さんに関する会社が負った被害額はかなりなものになると思います。徹底的な調査を行い、全て弁償していただいた上で処分は検討したいと思います。何か言いたいことはありますか?」

「……ありません」

「では、退室して結構です」

「……はい、失礼します」


 彼は完全に終わっていた。ほとんどの悪事がバラされて、証拠まで突きつけられて、もはや言い訳も無意味となっていた。

 もっと大騒ぎするかと思ったけれど、裏で暗躍するような人は、真正面から悪事を指摘したらこんな反応なのかもしれない。それこそ、借りてきた猫のように大人しかった。

 恐らく、後日、リーダーも解任になるだろう。自殺するようなタマではないことは、これまでの付き合いで知っているので、全然心配はしていない。俺としては、長谷川さんが夜逃げでもしてしまわないか心配だ。


 *


 長谷川さんが退室した後、三人になった会議室は一段と空気が重たかった。


「……」


 これまで ずっと何も言葉を発しなかった山本専務が何か言いたそうだった。


「色々 質問もあるでしょうから、ここはざっくばらんに質問タイムにしましょう。私が新社長として実際に入るのは来月からの予定です。それまでは、私はアルバイト事務員なので、敬語も必要ありません。どうぞ」


 さやかさんは、山本専務の方を見ていった。


「あなた……何者なの? ただのアルバイト事務員じゃないわよね!?」


 山本専務がさやかさんに噛みついた。これから自分の上司になる者に対してこの態度は普通の社会人としてはあり得ない。

 ただ、それだけ納得いかない点があるし、怒りが抑えられないのだろう。


「私は、ただのJK社長ですよ? 青果仲卸に関しては、先にお話ししたようにズブの素人です」

「なんでっ!? 父は……社長は、あなたなんかに会社をっ 」

「山本社長は、会社を後進に譲ろうとしてありましたよ? 条件が良かったので、ある人に仲介してもらって うちが買っただけですけど?」


 さやかさんは事も無げに答えた。普段の彼女ならばこんな好戦的な言い方はしない。もしかしたら、彼女が俺にクビ通告をしたことに対して怒ってくれているのかもしれない。


「さやかさん、それじゃあ話が円滑に進まない。ここは社長として、感情を抑えてください」

「ん、んん、失礼しました」


 さやかさんは、咳払いと共にたたずまいを直した。


「山本裕子さん、高鳥修二郎はご存知ですね?」

「え  高鳥……あなたは誰!?」


 高鳥修二郎さんとは誰なのか。俺も知らないんだけど。


「私は、高鳥修二郎の娘、高鳥さやかです。お忘れですか? 山本裕子さん?」


 さやかパパは、修二郎さんという名前だったのか……俺はテンパっていたので、名前を聞いてないわぁ……


「私は……あなたを知っているの!?」

「昔は何度も会っているはずですよ? 祖父の山本源一の家で」


 祖父ってことは、この間 遊びに来たおじいさんが「源一さん」か。


「ごめん、さやかさん、俺 話が見えないんだけど……」

「あ、ごめんなさい。株式会社神羅万象青果の前社長と私の父は兄弟なんです。そして、それぞれの娘が山本専務であり、私です」

「つまり……二人は……従妹同士!?」

「そうなりますね」

「そ、そんな……」


 山本専務の顔が蒼白だった。

 落ち着かせる目的だったのかは分からないけれど、ここで東ヶ崎さんが静かに入室して、全員にコーヒーを配って行った。


「あれは、10年くらい前の単なる親戚の集まりでした。普通にご飯を食べて、普通に解散したら何もなかったんです。でも、あなたは親戚一同の中で父を軽視していました。……分かりやすく言うと婿養子になって家を出た父をバカにしていました」

「そんなこと……」

「言った方は覚えていないんですか? みんなでご飯を食べている時だけじゃなく、子供たちだけで集まった時も自分の父親が正しい選択をしていて、婿養子に出た修二郎、つまり私のパパはバカだって言ってました。私がパパの娘だと知っていたかは分かりませんが」


 さやかさんは、実に淡々としていた。

 一方で、山本専務は汗が止まらない。


「あの頃、おじいちゃんの家にはたくさんの人が集まっていて、子供もたくさんいた。私のことは認識した上で無視していたのではなく、認識すらしていなかったみたいでした」

「……」

「裕子さんが何を見て、何を目指していたかは、私には分かりません。でも、父をバカにして、私を認識すらしなかった あなたのことは子供心に憎かった」

「っ……」

「一社のみ経営していて、内部は腐敗に満ちているおじさまの会社と、複数の会社を経営していて、コンサルで他の会社も安定経営に持って行っているパパと、どちらが優秀か、改めて今、ジャッジしていただけますか? 山本裕子さん?」

「そ、そんな……」

「それぞれの子供、私とあなたのどちらが株式会社森羅万象青果を継ぎ、盛り上げるのか、実感いただけましたか?」


 山本専務からは、何も言葉がなかった。
 下を向いてひたすら涙を流し続けていた。

 裕子さんは、真っすぐな人で、自分こそが正しいと思う傾向はあった。また、社長のお父さんを尊敬しているとこもあった。それが行き過ぎて、知らぬ間に人を傷つけていたようだ。

 そして、不幸なのは、それに気付かずに10年以上過ごしてしまったのだろう。

 10年前としても、さやかさんはまだ8歳。心に傷を負ったことだろう。いつか見返してやりたいと思ったかもしれない。

 俺を振った上に、解雇通告した事も彼女の怒りと復讐心にガソリンとして くべてしまっていた。

 俺はこの事を全く知らなかった。さやかさんの顔を見たが、「ざまぁ」をやり遂げて清々した顔をしているはずの彼女の顔は、唇を嚙みしめて苦しそうだった。


「最後に、この場では不適切かもしれないんですが、聞いておきたいことがあります」


 さやかさんは、この上 さらに追い打ちをかけるのかと思ったが、口にした質問について 俺は止めることができない内容だった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品