ポンコツ扱いされて仕事をクビになったら会社は立ち行かなくなり元カノが詰んだ
第42話:会社にはびこる不正とは
静かになった株式会社森羅万象青果社内。
これまで悪とされてきた俺の無実が、さやかさんによってエビデンス付きで証明されていった。
その時の資料が、前知識無くても分かるようなもので、詳しい内容を知らない事務員の鈴木さんと佐藤さんの二人も話についてきているほどだった。
資料作成はきっと東ヶ崎さんだな。
目が合ったらニヤリとしてこちらを見てサムズアップしてたし。アニメだったら絶対、目から星がキラーンって出てるエフェクトが表示されているだろう。
あの人も謎だ。
しかも、すげえいい笑顔。
あの人、絶対ただの家政婦じゃないな。
「森羅では、クラウド会計ソフトを使い始めたのはご存じの方もおられるかもしれません。事務の方がやっと今期の今月分まで入力してくださってます」
さやかさんが言うと事務の二人がウンウンと頷いていた。
「まず、お知らせしておくと、これにより、個人の仕入れ、売上、利益率なども一発で分かります。グラフ化もできますので、視覚的にも分かり易いですし、営業全員を比較することもできます」
営業を中心に小さくザワザワが始まった。
「ここで質問ですが、仕入れ伝票と売上伝票の数字を比較したら数字が合わないようですけど、差はロスですか?」
「せっ、青果は生鮮食料品だから、必ずロスは発生するんだ!」
リーダー長谷川が慌てて口を挟んだ。
「仕入れた日とロスになった伝票の日付が同じ商品があるんですが、仕入れたその日にダメになる商品がどの程度ありますか?」
さやかさんが室内を見渡すけど、みんな目を逸して何も言わない。どういうことだ!?
例えば、足が速い きゅうりだって今日仕入れて今日ダメになることはない。葉物のレタスだって収穫からだから、1週間は持つ。
今日仕入れて、今日ダメになるようなものは、小売店も販売できないから、まず商品にならないだろう。そんな商品は存在しない。
「因みに、私が会社を引き受けるに当たって、過去5年分の伝票も既に入力済みです」
「え!? 半年分でも私ら二人であんなに時間かかったのに……」
思わず発言したのは、事務の佐藤さん。
「うちはちゃんと作業に時間を割ける専任で作業できる優秀な部下がいますから」
さやかさんが、東ヶ崎さんに視線を送った。
佐藤さんは、ニコリとしていた。
自分が優秀でないと言われたことに恥ずかしくなったのかと思ったけれど、さやかさんは、わざわざ「専任で作業できる」をつけた。
恐らく、事務は従来の作業の合間に訳もわからず作業をさせられていたのだろう。そう言えば、以前社長が事務に対して「間の時間になんとかならない?」と何度か言っていたのを覚えている。
たしか、ソフト導入のきっかけは、税理士からの推薦で、税理士費用が安くなるとかそんな話をしていたのが会議室から漏れ聞こえた声で聞いた気がする。
「事務は残業がつかない」という謎ルールがある中、通常の仕事が終わってからの「間の時間」とはなんなのか? おそらく かなりの時間サービス残業させられたのだろう。
この時点で、事務の二人は既に さやかさん側の人間だ。普段から会社には何かしらの不満があったのかもしれない。
それを「彼女ならなんとかしてくれる」と感じたのだ。さやかさんは、事務員同士の信頼関係を既に築いていたのだろう。
「私が目をつけたのは現金での取引です。うちは集金にも行ってますね」
「現金取引じゃないと取引できないところは確実に存在する。当たり前だ!」
長谷川さんがぶっきらぼうに答えた。
「その現金取引は年々額が減ってます」
年々銀行振り込みなど、目の前で現金を扱わなくなってきているが、集金でないといけないところも残っているのが現実だ。
「銀振に変わって、現金の取引額が減っているなら理解できるんですが、その場合、ある取引先での取引が全部銀振になるはずです。銀振と集金併用の所なんて特殊でしょ?」
確かに、銀振にしたのに、一部は集金……そんな店は聞いたことがない。
「集金の店舗での売り上げが減ってるんですよね。その店舗がたまたま仕入れを減らしたのでしょうか? それとも、従来通り商品は納品した上で、お金だけがどこかに行ってるんでしょうか? そんな店舗がいくつもあるんです」
営業の何人かの表情が固まった。思い当たる節があるのかもしれない。
「ロスになった商品の廃棄量も、産廃業者からの請求書で分かりますよ? 廃棄量は毎年そんなに変わってない……それなのに、毎年伝票上のロスは増えている。どなたか、腐ったキャベツを食べていますか? それも段ボール何箱分も」
「「「……」」」
営業は一様に固まっている。どいつもこいつも何か後ろめたいことがあるらしい。
「この令和に手書きの伝票もどうかと思ったんですが、不正の手口は平成どころか、昭和じゃないですか。今後は通用しないことをご理解ください」
さやかさんは にっこりして言った。その笑顔が可愛ければ可愛いほど、怖いのは何故だろう。
そして、同時にいつの間にか、さやかさんがこの場を掌握していた。誰も騒いだりしないし、文句も出てこない。
「さて、不思議なことに、みなさん大小はあれど、同じことをしているんですが、どなたか誘導していませんか? 悪いことを教えていく『インフルエンサー』がいますよね?」
室内はシーンとしている。たしかに、誰かに習わないとみんな同じことをしているというのは話がおかしい。
「仕入れ額と販売額の差が最も多い方……リーダーの長谷川さん、何かご存じありませんか? 社内に不正の方法をレクチャーして回って、ちゃんと仕事をしている狭間さんの悪評を広めた人について」
「しっ、知らない! 狭間くんは自分の口座まで作ってたんだろ!? 俺たちよりも多く中抜きしてたんじゃないのか!?」
長谷川さんが慌てて答えた。「俺たちよりも多く中抜き」って語るに落ちてるけど……
さやかさんは、待ってましたとばかりの表情をした。
彼女の少しいじわるそうな顔……あの顔は彼女にすごく似合うと思う……
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