ポンコツ扱いされて仕事をクビになったら会社は立ち行かなくなり元カノが詰んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

第37話:5年前のキスの後に起きた事とは



「山本裕子さん……前の会社の専務と何があったんですか?」


 高校生の時など、好きになったり、付き合い始めたりしたら、過去の恋愛が気になるものだ。それは年齢的な物というか、純粋だからこそというか……

 歳を取るにつれて、当然 相手には過去があり、そんなもんだと自分を納得させる方法が上手くなっていくもんだ。

 さやかさんはまだ18歳。

 彼女が過去の彼氏と何かあったといっても、いいとこキスとかくらいだろう。肉欲におぼれて……という雰囲気はない。それだけに、俺の過去が気になったのかもしれない。

 俺は、俺の過去の……すごくカッコ悪い話を彼女にすることにした。それが今の俺にできる、彼女に対する精一杯純粋な行為だった。


「裕子さんとは、あの会社に入ってから知り合ったんだ。当時 俺は18歳、彼女は28歳か、29歳だったと思う……彼女は主任、俺はまだ平社員だった」


 俺の言葉を、さやかさんは黙って聞いていた。


「社会人になったばかりの俺はとにかく闇雲に働いてた。とにかく、一生懸命だった。裕子さんは、そんな俺のことを可愛がってくれて、俺も彼女のことを少しお姉さんだとは思いつつも女性として好きだった」

「…」

「デートしたりして、何年もして、少しずつ仲良くなって、ある日、初めてキスをした……」

「っ……」


 少し辛そうな表情をする さやかさん。それはどういう感情だろうか。俺の過去の恋愛が許せないのか、嫉妬なのか、何なのか……


「俺は、色々に疎くて、彼女が社長の娘だと知ったのは、入社して5年は経ってからだった。ちょうどキスしたころ、彼女は既に課長だったけど、部長になると聞いた。彼女は俺たちより2段抜かしで出世して行ったんだ。俺はキスの後、『段々離れていくけど、ずっと好きだよ』って伝えた」


 さやかさんは、俺の顔を見ているけれど、何も言わず俺の話を聞いてくれている。 

 あの時の裕子さんは、どんどん出世していって、俺はそのまま平社員だったから取り残された感はあった。立場はどんどん差が開いて行ってたからなぁ。


「その後くらいかな、急に彼女が冷たくなって、デートもしなくなって、自然消滅っていうか……疎遠になったのは。後で知ったけど、少し前に入社した長谷川さんと付き合ってるって……結婚前提って聞いて……彼は売り上げトップだったから、俺は実力が足りなかったんだと それから更に頑張って……」


 もう話は ほとんど終わりだけど、さやかさんは まだ一言も言葉を発していない。ちゃんと俺の話を聞いてくれるらしい。


「結局、彼の売り上げを超えることはできなかったし、俺は平社員のままなのに対して、彼は『リーダー』になったし……営業としても、男としても、彼には負けたままって感じで……これで終わりだよ。情けないただの俺の黒歴史。酒の席での自慢にもならない、ただの恥ずかしい過去……」


 好きだった女性に仕事で抜かれて、ライバルの男に攫われて、挙句の果てにリベンジもできなくて……我ながら恥ずかしい。


「それで……」


 ようやく、さやかさんが口を開いた。


「それで、売り上げを上げ続けていたんですね。今では……今ではどうなんですか?  専務に……裕子さんに未練はあるんですか?」 


 真剣な表情と、彼女にしては勢いのある言葉に、俺は圧倒された。

 でも、少し考えて答えた。


「確かに、闇雲に働いていたと思うけど、それは未練みたいなもんじゃなくて……認めて欲しかったというか、俺が足りなかったんじゃないって証明したかった……みたいな?」

「チャンスがあれば、証明してまた裕子さんと よりを戻したいですか?」


 俺は無言で、ふるふるとゆっくり首を横に振った。あれはもう、昔のこと。5年も前の話だ。

 俺がどうだとしても、彼女も5年進んだ。俺とは違う道を5年間進んでいる。もう、戻らない……


「それに、俺には可愛い彼女ができたからね」


 観念した様に答えた。

 さやかさんの表情が途端に明るくなった。


「じゃあ、私と……キス……できますか!?」


 彼女が、ずいっと俺の前に出てきた。俺の可愛い彼女はキスをご所望らしい。こんな おっさんでいいのだろうかと一瞬思ったけど、それは今言うのは野暮といもの。

 彼女の肩に優しく手をのせて、軽く引き寄せ、優しくキスをした。

 5年前の裕子さんとの ただ一生懸命だったキスと違って、相手のことを見て、自分の気持ちを少しでも伝えたいと思ってのキス。

 二人の影はしばらく一つになった。

 やがて、二つの唇が離れると、さやかさんがくるりと後ろを向いてしまった。


「わたっ、私は! キスの後、何も言葉は期待してないから! いらないから!」


 後ろを向いているけど、耳まで真っ赤なのが見える。

 俺の過去のトラウマに対して気を使ってくれたのだろうか。10個も年下の女の子に気を使われたのなら、俺は相当ヤキが回っているのだと思った。


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