恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
芽生えた気持ち(6)
「そういえば姫松さんの新居のお話ですが……」
「はい?」
「会社の最寄りの沿線上であればすぐ入居できるマンションもございますが、いかがでしょう? 内見も承りますよ」
まるで不動産営業のように言われ、今週いっぱいで同居を解消することを思い出す。
ありがたいことに、初期費用含め引っ越し費用はすべて賄ってくれるというので、何も文句はない。だけど、こうして現実味のある話になると、もうすぐ終わりなのだとまた寂しい気持ちに襲われた。
ひとまず部屋は見せてもらったほうがいいかもしれない。
そう伝えようとすると、啓さんがおもむろに口を開いた。
「引っ越しが大変なら、急がなくてもいい」
「え……」
「二週間の契約ではあるが、部屋は余ってるし、俺は困らないから。いつでも君の好きなタイミングで出ればいい」
まさかそんなことを言ってくれるとは思わず、目を丸くする。固まった私を見て、彼は咳ばらいをして言い直した。
「こちらの事情で迷惑をかけたからな。だが、もし出るなら手伝いくらいはする。今週末は特に予定がないから――」
「社長。土曜は御堂様が……」
啓さんの言葉に、七滝さんがどこか気まずそうに口を挟む。
御堂って……。
「土曜は外せない用事があるから、日曜だと助かる。他は七滝に相談してくれ」
「……承知しました」
返事をすると、ミラー越しに七滝さんがこちらを見た。
「それでは、姫松さんの良きタイミングでご連絡くださいね」
「はい」
啓さんがまだ、もう少しあの家にいていいのだと言ってくれているようで嬉しいはずなのに……。まさかこんなすぐに『御堂』という名前を聞くとは思わなかった。
外せない用事というのは、噂のお見合いのことなのだろうか。
「あの……」
口を開くと、啓さんはこちらに視線を合わせる。
初めて会ったとき、冷たいと思っていた彼の瞳は、いつからかそう思わなくなっていた。相変わらず表情は少ないが、最初の頃よりずっと柔らかくて穏やかだ。
もしかしたら、今聞けば、本当のことを教えてくれるかもしれない。淡い期待がよぎり、酔いで正常に回っていない頭で問いかけた。
「社長がお見合いをされるというのは本当でしょうか?」
「……誰から聞いた」
啓さんは驚くわけでも怒るわけでもなく、淡々としている。さすがに出所は言えず、「風の噂で」と誤魔化すと、事情を納得したのか彼は小さく頷いた。
「社長というのはプライバシーもないんだな」
「申し訳ございません……」
「いや、君は悪くない。それから、見合いの話は本当だ」
「え……」
あっさりと肯定され、面食らってしまう。そこで初めて、啓さん自身にその噂はガセだと、否定して欲しかった自分に気付いた。
「見合いと言っても相手とは仕事でも顔を合わせてるからな。そんな形式ばったものではない」
「ちなみに、もうされたんでしょうか……?」
「いや、今週の土曜の予定だ。だから外せない用事があるといった」
いつものように淡々と、事実だけを述べる彼の言葉に頭が付いていかない。
でもまだお見合いをするだけ。それならば……。
「……どうされるおつもりですか?」
おそるおそる尋ねてみると、啓さんが目をそらす。そしてどこか冷たい声で言い放った。
「君には関係ないだろう」
分かっていたことなのに、その通りのことを言われてしまい言葉が詰まる。
何を期待していたのだろう。自ら尋ねておいて、勝手に傷つくなんて。
……傷つく? どうして、私――
酔いが回っている頭でも、理由を問えば答えは簡単だった。だけど敢えて、考えないようにして口を開く。
「そう、ですよね。失礼いたしました」
なんとか一言、謝罪を入れて窓の外を見る。
車には妙な雰囲気が漂っていて、私も彼も、家に着くまで一言も言葉を交わすことはなかった。
「はい?」
「会社の最寄りの沿線上であればすぐ入居できるマンションもございますが、いかがでしょう? 内見も承りますよ」
まるで不動産営業のように言われ、今週いっぱいで同居を解消することを思い出す。
ありがたいことに、初期費用含め引っ越し費用はすべて賄ってくれるというので、何も文句はない。だけど、こうして現実味のある話になると、もうすぐ終わりなのだとまた寂しい気持ちに襲われた。
ひとまず部屋は見せてもらったほうがいいかもしれない。
そう伝えようとすると、啓さんがおもむろに口を開いた。
「引っ越しが大変なら、急がなくてもいい」
「え……」
「二週間の契約ではあるが、部屋は余ってるし、俺は困らないから。いつでも君の好きなタイミングで出ればいい」
まさかそんなことを言ってくれるとは思わず、目を丸くする。固まった私を見て、彼は咳ばらいをして言い直した。
「こちらの事情で迷惑をかけたからな。だが、もし出るなら手伝いくらいはする。今週末は特に予定がないから――」
「社長。土曜は御堂様が……」
啓さんの言葉に、七滝さんがどこか気まずそうに口を挟む。
御堂って……。
「土曜は外せない用事があるから、日曜だと助かる。他は七滝に相談してくれ」
「……承知しました」
返事をすると、ミラー越しに七滝さんがこちらを見た。
「それでは、姫松さんの良きタイミングでご連絡くださいね」
「はい」
啓さんがまだ、もう少しあの家にいていいのだと言ってくれているようで嬉しいはずなのに……。まさかこんなすぐに『御堂』という名前を聞くとは思わなかった。
外せない用事というのは、噂のお見合いのことなのだろうか。
「あの……」
口を開くと、啓さんはこちらに視線を合わせる。
初めて会ったとき、冷たいと思っていた彼の瞳は、いつからかそう思わなくなっていた。相変わらず表情は少ないが、最初の頃よりずっと柔らかくて穏やかだ。
もしかしたら、今聞けば、本当のことを教えてくれるかもしれない。淡い期待がよぎり、酔いで正常に回っていない頭で問いかけた。
「社長がお見合いをされるというのは本当でしょうか?」
「……誰から聞いた」
啓さんは驚くわけでも怒るわけでもなく、淡々としている。さすがに出所は言えず、「風の噂で」と誤魔化すと、事情を納得したのか彼は小さく頷いた。
「社長というのはプライバシーもないんだな」
「申し訳ございません……」
「いや、君は悪くない。それから、見合いの話は本当だ」
「え……」
あっさりと肯定され、面食らってしまう。そこで初めて、啓さん自身にその噂はガセだと、否定して欲しかった自分に気付いた。
「見合いと言っても相手とは仕事でも顔を合わせてるからな。そんな形式ばったものではない」
「ちなみに、もうされたんでしょうか……?」
「いや、今週の土曜の予定だ。だから外せない用事があるといった」
いつものように淡々と、事実だけを述べる彼の言葉に頭が付いていかない。
でもまだお見合いをするだけ。それならば……。
「……どうされるおつもりですか?」
おそるおそる尋ねてみると、啓さんが目をそらす。そしてどこか冷たい声で言い放った。
「君には関係ないだろう」
分かっていたことなのに、その通りのことを言われてしまい言葉が詰まる。
何を期待していたのだろう。自ら尋ねておいて、勝手に傷つくなんて。
……傷つく? どうして、私――
酔いが回っている頭でも、理由を問えば答えは簡単だった。だけど敢えて、考えないようにして口を開く。
「そう、ですよね。失礼いたしました」
なんとか一言、謝罪を入れて窓の外を見る。
車には妙な雰囲気が漂っていて、私も彼も、家に着くまで一言も言葉を交わすことはなかった。
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