恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~

寧子さくら

芽生えた気持ち(5)

 お店を出るころには、みんなほぼ出来上がっている状態。私自身も飲み過ぎた自覚はあり、意識はちゃんとあるものの、頭が少しぼうっとした。

「よし、二軒目行っちゃいましょー!」

 一番酔っぱらっているのは、もちろん滝沢さん。ひと際テンションが高い彼についていけないのか、みんなぞろぞろと駅のほうへ歩き出した。

「ほら、明日も早いんだから帰りますよ~」
「えーつまんな! 姫松さんは行くよね?」
「えぇ? 私もちょっと……」
「せっかく歓迎会なんだから、ね!」

 肩に手を回されると、重みでバランスを崩しそうになる。そこを同僚の人たちが支えてくれた。

「ごめんね~。滝沢くん、酒癖悪いから」
「いえ」

 みんなに宥められているが、彼は私の肩を組んだまま。下心は全く感じられないけれど、このままだと二次会に連れて行かれそうな雰囲気だ。
 困り果てていると、バッグの中でスマートフォンが震えた。
 画面を除き見ると、相手は七滝さん。

「す、すみません。ちょっと……」

 みんなに見られてはマズいと、滝沢さんの腕からすり抜けると、列の一番後ろでこっそりと電話に出た。

「はい」
『お疲れ様です。七滝です』
「お、お疲れ様です。どうされましたか?」
『今反対側の車線に止まっているのですが、よろしければ乗っていきませんか?』
「えっ」

 言われて反対車線を見ると、見覚えのある黒塗りの車が止まっている。運転席から、七滝さんがこちらを見ていて、小さく頭を下げた。

『お待ちしておりますので、皆さんに見つからないように抜けて来られますか?』
「は、はい。すぐ向かいます」

 電話を切ると、私の様子に気付いたのか松園さんがこちらへ近づいてくる。

「もしかして、彼氏さんですか~?」
「ち、違います。いないですって」
「ふふ、冗談ですよ~。滝沢くんに捕まっちゃうから、ここで抜けても大丈夫ですよ? みんな各々解散しますから~」

 松園さんのおかげで上手く列を抜け出し、来た道を戻っていく。みんなの姿が見えなくなったところで、七滝さんの元へ走った。





 車の前まで到着すると、七滝さんが出て来て後ろの座席を開けてくれる。

「お疲れ様です、姫松さん。結構飲まれてますか?」
「あ、ありがとうございます。ちょっと飲みすぎちゃいまして……あっ」

 案内された後部座席には、啓さんが座っている。そして少し不機嫌そうな声で、「早く乗れ」と促した。

「失礼します……」

 七滝さんが丁寧に車のドアを閉めてくれる。一瞬気のせいかと思ったが、今日の啓さんはどこかピリピリしていた。

「あの、どうしてここに……?」

 今朝、早く帰れるかもしれないと言っていた彼の言葉を思い出す。

「急な会食が入ってな。帰りに通ったら、たまたまうちの社員を見かけた。その中に君がいたから声をかけただけだ」
「姫松さんが困っていらっしゃったようなので、社長がぜひにと」
「七滝」

 口を挟んだ七滝さんを、啓さんが止める。運転席のミラーで七滝さんと目が合うと、悪戯に微笑まれた。

「会社の飲み会で、しかも月曜から飲み過ぎじゃないか?」
「そこまで酔っぱらっていません」
「でも絡まれていただろ」
「二次会に誘われていただけです」
「肩を組まれながらか」
「あれは偶然で……」

 互いに言い合って、やはり彼の機嫌が悪いことに気付く。

「どうしてそんなに怒っているんですか?」
「別に怒ってない。君の自己管理能力に呆れているだけだ」
「それを怒っているというのでは……?」

 飲み過ぎたと言っても、そこまでではない。確かに滝沢さんに絡まれてはいたけれど、その場にみんなもいたし、危ない状況ではなかった。
 だとすれば、彼が怒っている理由は――

「もしかして、ヤキモチですか?」
「……違う」
「今、間が空きましたよね?」
「気のせいだ」

 あまりに不毛な言い合いだったのか、運転席の七滝さんがこらえきれずに噴き出す。
 啓さんは「何が面白い」と眉間にしわを寄せ、一層不機嫌さが増してしまった。

「失礼しました。あまりにお二人が息ぴったりでしたので」
「「そんなことない」です」
「ほら、そういうところです」

 図らずも同時に否定してしまい、少し気まずい気持ちで互いに目を逸らす。
 窓の外を眺めていると、七滝さんが口を開いた。

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