恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~

寧子さくら

芽生えた気持ち(1)

 ホテルの部屋にはベッドサイドの光だけが灯っている。見慣れない天井を仰ぐと、深いため息をこぼした。

「まだ辛いか? 悪いな。無理させて」

 啓さんは冷蔵庫から新しい水を取り出して手渡してくれる。重い体を起こしてひと口飲むと、やっと体が回復した気がした。

「あんなにするとは思いませんでした……」

 先ほどの戯れは次第に本格化し、お風呂で二度も抱かれてしまった。おかげで私はのぼせてクタクタだというのに、彼は顔色ひとつ変えないのだから、タフ以外の何物でもない。

「ベッドでは何もしないといった手前、ついな」
「そういう理由ですか……?」
「仁菜が望むならもう一度抱くが」
「け、結構です!」
「残念だな。君のことなら一晩中抱いていられそうなのに」

 またもや冗談か本気かも分からないことを言って、笑みを漏らす。本当に彼は年上なのだろうか。少なくとも私が想像している三十代は、彼のような体力はない。

「大丈夫だ。さすがにこの後はちゃんと寝るから。じゃないと、ここに泊まった意味がないだろう」

 まったくその通りである。
 啓さんはそのままベッドに潜り、私を抱き寄せた。

「今日はこのまま寝させてもらう」
「えっ」

 ぴったりと彼に腕枕される体勢に、一度下がったはずの体温がまた上昇していく。

「嫌か?」
「そういうわけでは……」
「ならいいだろう。おやすみ」
「お、おやすみなさい……」

 ドキドキを抑えられず啓さんをを見上げると、既に目を閉じて小さく呼吸をしている。まさかもう寝たのか、と尋ねたかったけれど、きっと眠る準備をしているのだろうと思い、安易に声をかけるのは躊躇われた。
 彼が目を開けないのをいいことに、寝顔を見つめた。改めて、本当に整った顔だ。そして、無防備さはどこかあどけなくて、可愛くも思えてくる。
 一日デートして、お風呂に入って体を重ねて、一緒に就寝する。まるでただの恋人だ。
 でも私たちはそうではない。期間限定の、試験中の男女。誰にも言えない歪な関係。
 さらに恋愛する気がないと言い切った啓さんを、好きになってはいけない。たとえどんなに相性が良かったとしても。なぜなら、好きになったところで報われることはないから。その現実を思い出すと、何だか空しい気持ちに襲われた。

 ……なんて。これじゃあ、私が彼のことを好きみたい。
 これ以上、あらぬことを考えては眠れない。思考を停止するようにきつく目を閉じると、彼の胸に顔を埋める。
 一瞬、この状況で熟睡できるかという不安が過った。けれど、私を抱いていた彼の腕の力が強まると、不思議と安心感に包まれて。いつの間にか深い眠りに落ちていた。





 ふわふわと、心地が良い。この感覚は、初めてではない。
 薄っすらと瞼を開けると、ぼんやりとした視界に啓さんの顔がうつり、一気に覚醒した。

「おはようございます……」
「おはよう。もう少し寝ててもよかったのに」

 朝らしい爽やかな微笑みに、胸が高鳴る。時刻は朝の五時。昨夜カーテンを開けたまま寝たせいで、まだ日は登っていないというのに部屋は明るかった。

「もしかして、あまり眠れませんでしたか?」
「いや、その逆だな。あまりにもぐっすりで今さっきまで寝てたところだ」
「え……」
「起きたら仁菜の寝顔があったから、つい見惚れてた」
「や、やめてください……!」

 私をからかうのがそんなに楽しいのか。寝顔を見られていたことが恥ずかしくて、布団に顔を埋めた。

「でもこれで分かったよ。君といれば熟睡できるらしい」
「本当ですか? でも、何で……」
「理由は分からないが……落ち着くんだ。君の匂いとか体温とか、肌とか」

 すっと、バスローブからのぞいた肌をなぞられると、ピクリと体が反応してしまう。

「これから眠りたいときは呼んでもいいか」
「それは……まあ状況によりけりですが……」
「なら、気が向いたときに頼むよ。といっても、君と暮らすのもあと少しか」
「あ……そうですね」

 最初の一週間はノーカウントにするにしても、試験の期間は残り一週間。分かっていたことなのに、急に寂しさが込み上げてきた。

「せっかく仁菜となら眠れると思ったが、また元通りだな」

 できることなら 彼の役に立ちたいと思う。だけど、それは叶わない。それなら、根本的な原因を直せばいいのではないか。

「あの、どうして眠れないのか聞いてもいいですか? 不眠症って、何か原因があるのでしょうか……?」

 おそるおそる尋ねると、啓さんはしばし黙り込む。きっと思い当たる節はあるのだが、私には言えないこと、あるいは言いたくないのかもしれない。

「すみません、無理には……」
「ここまで手伝ってもらって、言わないのはフェアじゃないな」

 彼が話す決意を固めたのがわかり、じっと言葉を待つ。しかし出てきた言葉は、想像を絶するものだった。

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