恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~

寧子さくら

羅賀啓という男(4)

「……ありきたりだな」
「そうですよね……。マネージャーにもそのように言われました」

 二度も同じ指摘をされ、不甲斐なさを感じる。
 肩を落としていると、社長は励ますように頭にぽんと手を置いた。

「だが考え方は間違っていない。誰もが最初からできるわけじゃないんだ、気にするな」
「ですが……」
「俺からアドバイスできるとしたら、もっと自由に考えてみたらどうだ。自分がどうだったら嬉しいかを考えて」
「自分が……」
「おそらく君は、この企画に関わるすべての者の稼働まで汲んで考えてるんじゃないか? だから実現性が高い、ありきたりな企画になってしまう」

 全くその通りであるが、それの何がいけないのかは分からず、首を傾げる。

「確かに実現性や費用対効果を考えるのはとても大切なことだ。でもそれが先行してしまっては、最初から縛りが大きくて良い案なんて浮かばないからな。そもそも後のことは各ラインの者たちが調整するから、一旦企画のラフ段階では気にしなくていい」
「そうなんでしょうか……」
「ああ、それが各々の仕事だからな。それに……何より君にはそういうビジネス的な観点だけじゃなくて、会員目線での意見も期待しているんだ」

 本社の人たちは確かに優秀だが、実際に現場で会員たちと触れ合うことはない。だからこそ、カウンセラー経験の長い私の意見も聞きたいのだと、社長が話す。

「俺自身もそうだ。常に効率の良さや利益のことばかり考えてしまって、大事なことを見失いそうになる。だから、君のような社員の意見も大切にしたい」

 表情は真剣だが、彼の言葉にはとても温かみが感じられた。社長という立場を驕らず、一社員の意見をしっかりと聞いてくれる。
 なぜ、こんなにも社員思いの彼が、みんなに誤解されてしまうのだろうか。私よりも社長の方がずっと損してしまう人間のように思えた。

「……ありがとうございます。もう一度フラットに考えてみます」
「ああ、頑張りすぎるなよ」
「はい。でも、早く即戦力になれるように頑張りたくて」
「……気合十分だな」
「それにしても社長直々にご教示いただけるなんて、光栄です」

 彼に励まされると、もっと頑張れそうな、不思議な気力が湧いてきた。それは社長だからなのか、彼だからなのかは分からないけれど。

「そうか? 社長と言っても、そんなできた人間ではないけどな」
「とんでもないです。そうだ、社長のお父様も経営者でいらっしゃるんですよね? だから――」

 ごく普通に会話を広げようとすると、和やかだった空気が一瞬で凍り付く。
 何かまずいことを言ってしまった……?
 慌てて口を噤むと、彼は眉を寄せて視線を逸らした。

「……誰に聞いた」
「会社の方から……」
「その話は二度とするな」
「っ……失礼しました」

 彼が優秀であるのは血筋なのだと、ポジティブな意味で伝えたかった。けれど、それは私の勘違いで、この話題は彼にとってはまるでパンドラの箱のよう。
 どうしてか理由を聞きたいけれど、きっとそれすら許されない。張り詰めた空気に、気まずさで息が詰まりそうで、逃げ出したい。
 どのタイミングで部屋に戻るべきか考えていると、空気を変えるように彼が口を開いた。

「……少し飲まないか?」






 社長の誘いで一緒に晩酌をすることになり、テーブルの上にワインと簡単なつまみが用意された。お酒のことは詳しくないけれど、高級そうなラベルの赤ワインに恐縮してしまう。
 彼は「貰いものだから」と小さく笑ったが、それ以上に社長と二人でお酒を飲むことに緊張してしまった。先日、散々抱き合ったというのに今更だと思われてしまいそうだが、そういう問題ではないのだ。

「社長、お酒好きなんですか?」
「人並みにはな。なかなか酔えないから、困ったものだが」

 言いながら、ワイングラスを口に運ぶ。ということは、以前酔いつぶれていた時は、相当飲んでいたのだろう。私とのキスを覚えていなくても、仕方がない。
 またあのキスを思い出しそうになって、ワインを煽ると、社長がこちらを見た。

「そういえば、君は何でカウンセラーになったんだ?」
「そうですね……。正直就活の時は、特にやりたいことってなかったんです。いろいろ説明会に行ってみたりはしたんですが、いまいちピンとこなくて……」

 社長は小さく相槌を打ちながら、私の話に耳を傾けている。

「それで自分の得意なことは何だろうって考えたときに、人の相談に乗ることだなって思ったんです」

 自分の得意に気付いてからは早かった。関連した仕事を探していたら、カウンセラーの仕事を見つけ、これなら自分に向いているかもしれないと思い、今の会社に就職したのだ。

「実際に入社してみてどうだった?」
「そうですね。人を相手にする分大変なことは多いですけど、やっぱり感謝されるのは嬉しくて……無我夢中で頑張ってたら、いつの間にか表彰されちゃってました」
「まさに天職か。本社に異動させたのは惜しかったかな」
「いえ、そんな……」
「だが、そんな熱意のある社員がいてくれてよかったよ」

 冗談でも社長に褒められるのは恐れ多く感じる。それでも嬉しい気持ちが勝っていて、頬が緩むのを感じた。

「あの、社長はどうして今の会社を……?」
「そうだな……。始めはただ起業したい、それだけだったんだけどな」

 社長曰く、大学を卒業した後、幅広い人材サービスを行う大手企業に就職し、ノウハウを学んだあとで独立を目指したらしい。そして当時はまだ競合も少なかった婚活事業に目をつけ、業績を伸ばしていったという。

「いずれはウェディング事業ももっと大きくしたいと思ってるんだ。そうすれば、出会いから結婚までを一括してサポートできるからな」
「あ……もしかして、ミドウフィオレとの件ですか?」

 松園さんから聞いた、ドレス会社との資本業務提携の話。

「ああ、聞いたのか。まだ交渉中だがな。何とかいい方向に持っていけないかとは思っている」

 実際にどんな交渉が行われているのか、実現性がどのくらいのものなのかは私には計り知れないが、社長ならきっとやり遂げてしまうのではないかと思えた。

「社長ならきっと大丈夫です。私たちも微力ながら尽力しますから」
「微力なんかじゃない。俺一人じゃここまで来れなかったからな。創業メンバーと、今こんな俺について来てくれる社員のおかげだよ」

 彼の言葉には、曇りひとつない。本心でそう言っているのだと感じられた。

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