私にだって選ぶ権利はあるんです!~お仕置き中の神様に執着されました~

紅葉ももな(くれはももな)

バレンタインデー

 神々以外の全ての時間が急速に巻き戻っていく。


 水蛭子や須佐之男命、月讀命が荒らした大地は巻き戻る時間と共に本来の姿に立ち戻る。


「あっ、それから早く風花ちゃん離しなさい! 正しく時間を戻さないと魂に変な歪みが出来ちゃうんだから!」


 輝夜神の言葉に神威は渋々風花の身体を解放した。


 腕の中からの消えてゆく温もりをまた味わうためにはどれほどの時間が必要なのだろうか。


 手放した風花はあるべき時間の渦に巻き込まれ居なくなってしまった。 


 途端にぐらりと神威の視線が揺らぎ、身体のバランスを崩す。


「神威様!」


 そんな神威を支えるように抱きとめたのは因幡だった。


「無理をし過ぎです」


「そうね、因幡の言う通りだわ、本当にもう……黄泉の鬼女に祝福を授けるなんて無茶するんだから……後はママに任せて貴方は高天原で休みなさい……因幡……神威を宜しくね」


 神威を一切見ることなく地球に神力を惜しげもなく捧げる。


「うん……後は宜しくお願いします」


 因幡に連れられて高天原にある私室で身を清めベッドに入れば自然と意識が遠ざかる。


 翌朝目が覚めてベッドから起き出すと、下界は二月十ニ日の木曜日に戻っていることがわかった。


 神威は直ぐに学校へ体調不良を理由に休むむねを伝えると、すぐ様厨房に向かい明日の準備に取り掛かった。


「チョコレートの入った女性が好みそうな菓子を作りたい、協力してくれないだろうか?」


 厨房で作業をしていた小人達は突如現れた神威に動揺したものの、直ぐに手伝いを引き受けてくれた。


 卵の白身を角が立つまでメレンゲし、湯煎したチョコレートをさっくりと混ぜ合わせオーブンで焼いたガトーショコラ。
  
 同じくメレンゲした卵白に粉砂糖、アーモンドプードル、ココアを加えて作ったマカロン。


 生チョコやらチョコチップとオレンジピールが練り込まれたクッキーやら慣れない料理に苦戦しながらも、これを渡された風花の驚いた顔を想像しほくそ笑む。


 風花は明良との間にあった事を何も覚えていないだろう、なら多少強引にでも風花を振り向かせて一気に落とす。


 出来上がった大量の菓子を大きな箱に綺麗に並べ、丁寧にラッピングしリボンを掛ける。


「うっしっ、完成!」


 翌日朝早く明良の姿で登校した神威は真っ直ぐに自分の教室へ向かい歩き出す。


「あっ、明良君! あの……これバレンタインデーのチョコレートなの、良かったら貰ってくれないかな……」


「明良君好きです付き合って下さい!」


「明良く〜ん、はいこれチョコレート」


 教室まで五百メートルもないにの女子生徒に阻まれて中々先に進めない。


「ごめん、俺好きな子居るんだ……だからそのチョコレートは受け取れない」


(今までの俺だったらおざなりにチョコレートを受け取って呆れた誰かが用意したダンボール箱に放り込んでいたんだろうな)


 紳士に全員に断って居ると教室近くのまでたどり着くのに暫く掛かってしまった。


「風花! 一生のお願い! 風花のクラスの明良君にバレンタインチョコレートを渡したいの! お願い手伝って?」


 風花を廊下に呼び出して佐藤愛美さとうまなみ小首を傾げながら両手を合わせて頼み込んでいる。


 この二人のやり取りが後に明良を階段下の空き教室へ呼び出して、明良が自分に興味を見せない風花に惹かれるきっかけとなったのだとわかった。


 けれど今の明良にとっては後に風花と愛美が仲違いする原因になると分かっているため、このやり取りを見過ごすわけには行かないのだ。


「沖田風花さん!」


 会話に割り込むため声を上げる。


 二人とは少し距離があるから予想以上に大きな声が出てそれがいつも女に素っ気無い明良だと知れたのか、あちらこちらから興味本位の野次馬根性を出した生徒が明良の行動を伺っている。


「あっ、明良君!?」


 なぜ自分の名前を呼ばれたのか分かっていない風花の驚いた顔と、明良が現れた事で朱色に染まる愛美の反応が極端だ。


 明良と風花の間に居た生徒たちが次々と道を譲っていく。


「話の途中なのにゴメンな」


「いえいえ! どうぞ明良君」 


 そう言って明良が愛美に笑いかけるとボンっと爆発でもするんじゃないかと思う勢いで両手を顔の前で何度も振り風花の前を譲ってくれた。


 他にも男女問わず何人かの生徒たちが、神力の封印をしていない明良の神々しい微笑みに腰砕けているようだが、これから告白を控えていて余裕のない明良は気が付かない。


(しっかりしろ! 告白するんだろう!)


 自分を鼓舞するように明良はゴクリと生唾を飲み込み風花の前に立つ。


 両手に持った巨大な手作りのバレンタインチョコレート群の入ったプレゼントを風花の胸元に突き付けて明良は頭を下げる。


「沖田風花さん! 貴女が好きです! 俺と……」


(結婚を前提にお付き合いしてくださいだろ!)


「けっ、結婚してください!」


 愛の告白かと期待していたオーディエンスがまさかねプロポーズにどよめいた。


「えっ……と、ごめんなさい?」


 それを断った風花にも更にどよめいた。


 断られることが前提で告白した明良に取ってはこの告白は始まりに過ぎない。


「大丈夫だ、必ず振り向かせて見せるから」


「えっ!? どこから来るのその自信は!」


「愛ゆえだ!」


「はぁ!? 意味わかんないんだけど!」


 そんなやり取りで始まった二人の関係から数十年後。


「なぁぴーばぁちゃん」 


 風花は、玄孫である五歳になった沖田一成おきた かずなりの頭を撫でながら石壁に覆われた広い庭園を眺めていた。


 お付き合いを初めて数年後、明良が二人の愛の巣にと用意した純和風のお屋敷。


 もう娘息子は先に亡くなった明良と同じく母親である風花を残して亡くなったしまった。


 それでも遠くへ嫁いだ娘の子、曾孫の一人が年賀状を送ってくれる。


 美枝子と言う名前の一成とあまり年の変わらない玄孫が居るようだ。


 この屋敷も風花ひとりでは管理しきれないため売りに出すことにした。


 明良が生前なにやら怪しい扉を作っていたが風花は、思い出のままに触っていない。


 引っ越し前日、その扉から若い姿の明良が年老いた風花を迎えに来た時はとうとうあの世からお迎えが来たのかと覚悟した風花は、高天原と言う神の国に連れて行かれ、自分の夫が神威と言う名前の神だと知らされた。


 一人暮らしの老人が謎の失踪を遂げた幽霊屋敷をひょんなことから玄孫の一成と美枝子夫婦が手に入れるのはまた別の話である。


〜完〜




 

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