私にだって選ぶ権利はあるんです!~お仕置き中の神様に執着されました~

紅葉ももな(くれはももな)

神様転生

「いやぁぁぁ!」


 明良の視線の向こうで黄泉醜女ヨミノシコメが風花に覆い被さる。


 頭に血が登り、心臓がドクリドクリと心臓が大きく早鐘のように脈打ち明良の全身に響く。
 
「うわぁぁ! 風花から離れろ!」


 明良は勢い良く黄泉醜女に突撃し風花の身体の上から地面へとその身体を突き落とした。
 
 落とした黄泉醜女が動かないのを確認し、明良は直ぐに風花の手足の拘束具を外していく。


「おいっ、風花! 助けに来たんだ返事くらいしろっ!」


 寝台の上に乗り上がり風花の身体を抱き寄せる。


「風花、風花!」


 小さなうめき声を上げて風花が瞳を開く。


「おいっ、大丈夫か?」


 風花の顔を覗き込むと、風花はまるで口付けを誘うように明良の首の後ろへ手を回す。


 色気を漂わせる風花の唇が間近に迫り、混乱した明良は風花の身体を思わず突き飛ばした。


「お前は誰だ! 風花をどこにやった!?」


 確かに身体は間違いようがなく風花のものなのに、強い違和感が拭えない。


「ほぅ、この身体の持ち主は平凡な容姿のわりに随分と面の整った男子を手中に収めておったのう」


 艶やかに笑みを浮かべ、クスクスと笑いながら寝台の上に身体を起こす。


「妾は黄泉醜女」


「はっ!? 風花を返せ!」


「それは出来ぬの、この身体はすでに妾の物」


 サワサワと風花の身体に這わすように手を動かして黄泉醜女は満足げに笑ってみせた。


「神威!」


 明良とともにやってきた須佐之男命は大声を上げて泣き伏せる月讀命に駆け寄りながら明良の神名を呼ぶ。


「なるべく早くその娘から黄泉醜女を引き剥がせ! 戻れなくなるぞっ」


 風花の身体でニヤける黄泉醜女を睨みつける。


(そんなの許せるわけがない)


「ふざけんな!」


「うっ……痛った〜」


 大声を出した明良の隣で、黄泉醜女の身体が頭を抑えるようにしてゆっくりと起き上がる。


「いったい何なのよ本当に……あっ、明良君」


 黄泉醜女の身体は側に立っていた明良の姿を視認すると、その名を呼び首を傾げる。 


「ふっ、風花……?」


「なに?」


 まるで信じられないものを見たように目を見開き、破顔すると転がるように寝台を降りた。
 
「風花……」


 長い黒髪にぼろ布を纏い顔が爛れた死臭を放つ鬼女の姿は醜悪だが、不思議そうに明良に向ける表情が……言葉のイントネーションが愛しい風花のものだ。


 身体が鬼女になってしまっても風花の魂は変わらずに優しく美しいまま。


 明良は黄泉醜女の身体に……風花の魂が篭った身体を躊躇いなく掻き抱く。


「ちょっと明良君、苦しいって……もう……仕方ないなぁ」


 力強く自身の体を抱き締める明良の様子に戸惑いつつも、震える明良の身体を安心させるように背中に手を回しゆっくりとゆっくりと何度となく撫で下ろす。


「風花……少しだけ我慢してくれ……」


 風花にだけ聞こえるような小声で囁かれた明良の声に視線を合わせると小さく頷かれる。


(きっと何が考えがあるのね)


「わかった……明良君に任せる」


 小さく答えると抱擁が強くなる。


「気に食わぬ……容姿の良し悪しはともかく若く健康な身体よりその腐り果てたさの身が良いなど……」


 怒りで顔を歪めた黄泉醜女の顔は風花のものの筈なのに、醜く歪んでしまっている。


「あぁ、腐肉であろうと風花は風花だ」


 愛しさを隠さずに黄泉醜女の元の身体の両頬を優しく両手で挟み僅かに上を向かせる。


「愛してる」


 ゆっくりと唇を塞ぐように顔を寄せ始めた明良に風花はギュッと目を閉じた。


「赦さぬ! 赦さぬ! その身体は妾の、妾たちのものだぁぁぁぁあ!」


 襲いかかるように走り出した風花の身体がガクリと崩れ落ちると、身体から何かが飛び出し呼応するように明良の腕の中から黄泉醜女の身体から風花の魂が抜ける。


(良かった……戻れたみたいだな)


 真っ直ぐに正しい身体に引き寄せられていく風花の魂に小さく安堵の息を吐き、黄泉醜女の身体に吸い込まれていく魂を冷たい視線で見つめた。


「さぁ妾を愛せ!」


 明良に必死に手を伸ばす黄泉醜女の姿が哀れに見えた。


 愛を求めずにはいられない悲しい女達の亡者の塊……


「あぁ、俺はお前たち全てを愛そう……来世では幸せな人生を送れるように……」


 そう言って慈愛の微笑みを浮かべた明良の腕から、ひとりでに神力を封じていたブレスレットが外れて地面に落ちる。


 神威の姿に戻った明良は黄泉醜女の額に祝福と浄化を願い唇を寄せる。


「愛し子に来世の祝福を授けん」


 そう告げると、黄泉醜女の身体から無数の女達の魂が生前の姿で次々と飛び出していく。


 そうして最後に残ったのは夫の裏切りに傷付いた伊邪那美命の悲しみのカケラ。


 そのカケラをどこともなく現れた一人分の男の幻影が愛しげに拾い上げた。


「遅れて済まない……伊邪那美命イザナミノミコト


 カケラに唇を寄せるとカケラは光を放ち美しく儚い女神に姿を変えた。


「遅いぞ伊邪那岐命イザナギノミコトいつまで妾を一人にしておくつもりじゃ?」


 ぷぅと桃色の頬を膨らませる伊邪那美命といちゃつく伊邪那岐命を放置して明良……神威は風花へ駆け寄り抱き締める。


「母神様! 父神様!」


 須佐之男命が声を掛けると二人は愛おしげに須佐之男命と月讀命の側まで近付いた。


「あらあら随分と可愛くなっちゃったわね」


 コロコロと鈴を鳴らすように笑う伊邪那美命は、月讀命の神力とすっかり恵比寿の力を吸い取り神力を暴走させている水蛭子を神力で抑え、すっかり縮んでしまった須佐之男命に声を掛けた。


「笑ってないで兄者……水蛭子を止めてください!」


 楽しそうに破壊の限りを尽くす水蛭子。


「うわぁ……修羅場」


「地獄絵図ですね……」


 遅れてきた輝夜と因幡はその様子を見るとゆっくりと伊邪那美命と伊邪那岐命に近付いた。


「お初にお目にかかります、天照大神よりこの星を譲り受けました当代主神輝夜と申します」


「あらあらこれは丁寧に、息子たちがご迷惑を掛けますわね」


「いえいえ、うちの馬鹿息子も似たようなものですから」


 まるでPTA保護者同士のように世間話を始めた伊邪那美命と輝夜。


「無駄話はいいから水蛭子を止めてくれ!」


 その間にもどんどんと地球が天変地異で破壊されていく。


「放っておいてもそのうち力尽きるわ」


「そうねぇ、あっ、どうせだからこの際須佐之男命も月讀命も残りの神力使い果たすつもりで思いっきりやっちゃいなさいな、あなた達が暴れたくらいでこの世界壊れたりしないわ。 ねぇ輝夜神様?」


「そうですね」


「ほらお許しが出たわよ、た〜んと遊びなさい」


 輝夜神の言葉に須佐之男命が脱力すると水蛭子の暴走は激化し、赤子まで一気に退化していく。


 地面に巨大なクレーターを作りながら泣きわめく月讀命とそれを見て須佐之男命は地面を盛り上げて月讀命の足元に山を作り月讀命を蹴り飛ばしている。


 二人で取っ組み合いの喧嘩をし暴れに暴れた二人はみるみる赤子に戻った。


「さてと…天照大御神、貴女も時間ですよ」


 伊邪那美命ははそう言って明良の胸に抱かれた風花へと右手を差し出した。


「えっ……」


 戸惑う風花の意思を無視して右手が伊邪那美命の白く美しい手を掴むと、風花の身体から何かがスルリと抜け落ちた。


「母神様、ごめんなさい……弟たちの面倒ちゃんと見れなかった」


 伊邪那美命はしゅんと項垂れる天照大御神の魂に慈愛の笑みを浮かべている。


「貴女は良くやったわ……もう私達がこの星にいるのは良くない、家族みんなで来世へ行きましょう? また家族として生まれ変われると良いわねぇ」


「はい!」


 嬉しげに伊邪那美命の手を取った天照大神は須佐之男命と月讀命の魂を大切そうに抱き上げる。


 水蛭子は既に魂となり伊邪那岐命の胸に抱かれている。


「天照大御神様!」


 悲痛とも取れる悲鳴にも似た声を上げて、因幡が天照大御神の魂の前に転がり出た。


「わっ、私もご一緒にお連れください!」


 因幡の哀願はニッコリ笑った天照大御神の言葉に絶望へと落ちた。


「だ〜め〜、因幡はまだやらなくちゃいけない事があるでしょ?」


「天照大御神様!」


「それに、生まれ変わるときは因幡の側にして貰えるように神々の主神に頼むんだからいい子で待ってなさい!」


「ではやはり貴女は一度だけでなく二度も私を置いていくのですね、ひどい主だ……」 


 天照大御神は伊邪那美命を振り仰ぎ因幡に近寄り手を伸ばす。


 真っ白な新雪のような体毛とつぶらな赤い瞳をしたうさぎに姿を変えた因幡を抱き上げてその身体を優しく撫でる。


「因幡……またね?」


「はい……主様、転生をお待ちしております」


 因幡の答えに美しい笑顔で手を振り、神々一行が空虚に消えた。


「行っちゃったわね因幡」


「はい……」


 見送った二人は大地に視線を戻すと、荒野に風花と神威が身を寄せ合い立っていた。


「神威! 風花ちゃんちょっと来て」


 おいでおいでと手招きする輝夜神に風花と神威はそろそろと近づく。


「今から大規模に時間を戻す」


「そんなこと出来るんですか!?」


 輝夜神の言葉は風花にとって希望だった。


「本気ですか母様! そんなことをすればっ」


 噛みつかんばかりに声を上げた神威の唇を輝夜神は人差し指を押し付けて封じる。


「わかってるわ」


 いくら主神とは言え新しく世界を作るよりも時間を巻き戻すのは多大な神力を消費する。


「地球の時間は戻っても、神々はその理から外れる。 きっと巻き戻したあとは私は暫く動けない。 だからあとは任せる」


「時間を戻せば、私は明良くんのこと……忘れてしまうんだね……」


 寂しげに呟いた風花の身体を神威は抱き締める。


 時間を巻き戻せば神々以外の全ての時間が巻き戻る。


 神威は神だから、時間を巻き戻しても一緒に過ごした記憶は消えない。


 けれど人間の風花は、明良と過ごした記憶が失われる。 


「輝夜神様、明良君の記憶を私が覚えていることは出来ませんか?」


 自分の記憶が消えてしまうのは嫌だ、なんとか記憶を保持したまま時間を戻す方法がないのかと風花は訴える。


「明良君と過ごした記憶を忘れちゃうなんて嫌だ! やっと……やっと貴方が好きだって気が付いたのに、忘れるなんていやだ! 居なくなるのなんて嫌!」


「いなくなるわけじゃないよ」


「覚えてないなら居なくなったのと一緒だよ! 私は明良君が、神威君が好きだよ、貴方を好きになった私がいなくなるなんて、そんなの絶対にダメ!」


「俺が全部覚えてる! 時間を巻き戻して、お前が忘れてしまっても、またすぐに俺を好きにさせてみせるから」


「それって全部明良君次第じゃんか」


「そうかもな、意地っ張りで鈍くさくてひねくれた、そんな面倒くさいお前に惚れた馬鹿な男が、今更他に目が行くかよ」


 力強く風花を抱き締める。


「俺が風花を忘れるんじゃなくて、風花が俺を忘れるんなら、俺はまたお前を迎えに行ける必ず迎えに行く。 だからおとなしく待ってろ」


「……うん……かならず迎えに来て……待ってるから……」


「かならず……」


 強引に唇を奪う。


 そう言って手をつなぎ、風花は輝夜神に頭を下げる。


「輝夜神様……お願いします」


「任せて風花ちゃん!」


 そうして時戻しが始まった。


 

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