私にだって選ぶ権利はあるんです!~お仕置き中の神様に執着されました~

紅葉ももな(くれはももな)

いじめ

 翌朝重い身体と心を叱咤して学校へ向かうと、玄関の下駄箱の前に人垣ができていた。


「なんだろ……?」


 しかも人垣は風花の下駄箱近くで集まっているようだ。 


 邪魔だなぁと思いながらも、仕方無しに下駄箱に近づく。


「あちゃー、私のか」


 騒ぎの下駄箱は普段閉められているはずの扉が開いており、本来なら靴しか入っていない筈の空間にみっしりとお菓子の空き箱や飲み終わったジュースの空き缶、紙ぐすなどが詰め込まれて外まで飛び出している。


 呆然と立ち尽くす風花の様子をクスクスと嘲笑う声が聞こえてきて目を向ければ、昨日の親衛隊がこちらを睨んでいた。


「なんだこの騒ぎは」


 騒ぎを聞きつけて職員室からやって来た男性教師は風花の下駄箱を認めると、眉間に深い縦じわを刻み、野次馬である生徒は教室へ向かうように指示を出す。


「この下駄箱はお前のか?」


「はい……」


 問われた言葉に小さく頷く。


「とりあえず下駄箱を片付けて職員室へ来い」


 そう告げると手伝う素振りさえ見せずに、面倒くさいと言わんばかりに玄関を去っていった。


 下駄箱の中身を全て引き出し、ゴミを捨てれば、辛うじて靴は無事な姿で風花の前に現れた。


 この様子なら教室の机も何かされている可能性が高い。


 教室に入るとまだ明良君は来ていないらしく、今朝の下駄箱騒動を知っている者達のクスクスと嘲笑う声が風花の心に爪を立てる。


 椅子に腰掛けて机の中に手を入れると、一時間目の授業で使用する英語の教科書を手に取ろうとして走った痛みに顔を顰める。


 見れば手のひらに一筋の傷が走り、赤い血が手首まで垂れてきた。


 急いでハンカチを取り出して患部を圧迫するように摑むと、席を立つ。


「いい気味、ブスの癖に明良君と龍也君に手を出すからよ」


 教室を出る際に背中に投げつけられた言葉に、涙腺が緩みかけて目に力を入れて涙を耐える。


「おはよう」


 廊下に出ると、登校したばかりらしい明良君が笑顔で挨拶をしたかと思うと、風花の顔を見るなり視線を胸元に組んだ手に走らせる。


「どうしたんだ!?」


 傷がある方の手首を掴み、傷を見る。


「おはよう……ちょっと教科書の端で切っちゃったんだ、保健室に行ってくるから先生に伝えてね」


 いま明良の側に居るのは火に油を注ぐか、高温に熱した油に水をさす様なものだ。


 一時限目の授業開始を告げるをチャイムを無視して明良の手を振り払い風花は廊下を一目散に走り出す。


「おい!」


「ついてこないで!」
 
「そんなわけにいくか!」


 後ろを追ってくる明良から必死に逃げる。


 しかしもともと風花よりも身長が頭一つ分ほど高く、足が長いモデル体型の明良はまたたく間に距離を詰めて風花の身体を抱き込んでしまった。


 既に授業中のため、廊下に人影はないが、不意打ちとは言えこんな体制で居るところを誰かに見られれば間違いなく騒ぎになる。


 しかし背中から抱き締められた男性特有の硬く逞しい身体と耳元に掛かる吐息に風花の心臓が本人の意思を無視して高鳴っていく。


「逃げんなよ」


「はっ、放して……ツッ」


 弱々しく小さく告げた言葉は、いつの間にか取り出した明良のハンカチを、キツく赤く染まった自分のハンカチの上から巻かれた痛みで消えた。


「ぎっちり圧迫しないと止血になんないだろ、人は直ぐに治らないんだ。 神力使ったばかりでそうそう治してやれないんだよ……行くぞ」


 抱擁から開放されても、怪我をした手じゃない方の手を繋がれて保健室へと歩みだした明良の手は、先程まで傷を抑えていた為に傷のない手のひらに付着した風花の血で赤く汚れてしまっている。


「ごめんなさい、手汚れちゃったね。 手当てしてくれてありがとう。 保健室には一人で行けるし、もう授業始まっちゃったよ? 私は大丈夫だから手を洗って来ていいよ」


 そう言った風花の瞳が僅かに潤み、ハニカムように笑った笑顔が明良に苛立ちを募らせる。


 何が理由かはわからないけれど、風花の心が悲鳴を上げているのはわかる。


「辛いときは辛いと言え、無理して笑ってんじゃねぇよ」


「別に辛く……なんて」


 自覚した途端に目元に浮かぶ涙を堪えるように視線を外した風花の顎を掴み明良に強引に向かせて視線を合わせる。
 
「俺の目を見て言え」


 覗き込んだ目から積を切ったように次々と透明な涙が風花の頬を伝い流れ落ちる。


「ふっ……うぅ……」


 明良は風花の頭を胸元に引き寄せるとその頭を優しく撫でた。


「それで良い」


 風花は無意識に明良のワイシャツの胸前を掴むと、不安な気持ちを払拭するように握りしめる。


 その後風花が泣き止むのを待ってから、自分のハンカチを取り出そうとして、既に使用済みである事を思い出した明良は制服の袖口で乱暴に風花の顔を拭いた。


「風花?」


「……何?」


 明良の声に上向いた風花の顔は先程まで泣き腫らした目が赤くなって居て痛々しい。


 明良は普段明るい風花の弱った姿を明良以外の他の男に見せる事が嫌だと感じていた。


 先日風花の怪我を治すために神力を解放したばかりで、あまり無茶は出来ないが、明良は素早く神力を解放し風花の唇を奪い流し込む。


 風花は瞳を僅かに見開いたあと、視線を揺らしてゆっくりと目を閉じる。


 次にこの目が開いたときにはいつもの風花に戻っているだろう。


 明良の身体は神力を解放した副作用か強い倦怠感と頭痛が襲う。


 ふらつき掛けたり身体を叱咤して決して風花に悟られないようにしなければならない。


 優しい彼女はきっと明良が神力を解放した副作用で体調不良になれば自分を責めるだろう。


 唇を放して目が合うといつもの風花に戻っている筈なのに、目元……顔全体がほんのり朱に染まっている。


 無意識に胸元に握りしめた手は傷を負っていた方の手のはずなので、きっと正しく神力で治癒しているはずだ。


「風花?」


 すっかり固まってしまい動く様子の無い風花の瞳と視線を合わせると、見る間に風花の顔が羞恥に赤くなっていく。


「明良君のバカァァァ!」


 振り上げられた風花の平手は明良の頬へと一直線に吸い込まれていった。




  


   
 
 




 
 

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