元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 キャロラインの進言を受けてから、王宮は慌ただしくなっていった。


 最初は半信半疑だった王宮の文官たちだったが、双太陽の上る季節から二月も過ぎ、前世の感覚から言えば七月下旬から8月上旬に差し掛かった本日、季節外れの霜によって震えて寝床から飛び起きた。


 夏に霜が降りるなど記録に残る限り前例がなく、それによりキャロラインが予言していた冷夏と冷害による凶作が起こる可能性が高まった事を示している。


 レイナス王国の主食として栽培されているた小麦の作付けは既に昨年秋播きが行われており、出てきた芽が育つ過程で麦踏みを行い双太陽の季節には花が咲いた。


 しかし本来ならば春の終わりに咲いた花が受粉し、すくすくと成長する時期に曇天と断続的な雨がずっと続き、晴れ間が少ないことで日照不足が起き、また日が射さないことで気温が上がらず低温障害が起こっている。


 収穫時期が近づいたにも拘らず小麦の穂に実が入っておらず収穫量が伸びない。


 そして収穫時期を襲った長雨が収穫前の小麦にとどめをさしてしまった。


 作物の種実が穂についたまま発芽する穂発芽と呼ばれる現象が国内の小麦に降りかかったのだ。


 穂発芽した小麦を食べることは可能だけれどパン作りには的さず、小麦粉にしてパンやお菓子に使おうとしても膨らみが足りないらしい。


 昨年の余剰小麦や他国から小麦や大豆などを少しずつ少しずつ買い入れていたことでレイス王国のアールベルト王太子からどこの国と戦するつもりだと詮索を受け驚いたけれど、完全否定させていただいた。


 売られた喧嘩は言い値で買うがこちらから吹っ掛けるつもりなどないのですよ、戦なんてもっての他。


 ドラグーン王国の新たな国王としてクライスが即位したことで、いまだ争いの火種は燻っているものの、目に見えて大きな戦には発展していない。


 まぁ、双太陽神教会の総本山、最北の国スノヒス国がなにやら不穏な動きを見せてはいるものの、なんとか刹那の平穏を保っている。


「今年の小麦は全滅に近いか……」


 城に上がってきた情報にアールベルト陛下が深い深いため息吐きながら目頭がを揉んでいる。 


 最近歳のせいか書類か読みにくくなっているのかもしれない。


 これは眼鏡でも作れれば喜んで貰えるんじゃなかろうか。


「せっかく収穫した小麦だが外皮ばかりで食べられる実が少ない」


 回ってきた書類に目を通せば国内の領地持ち貴族から上がってきた各収穫量の報告書がまとめられており、昨年の小麦の収穫量と今年の収穫量が記載されている。


 比較してみれば一目瞭然で昨年の三割程の量と言ってもいい数量だった。


「キャロラインの進言に従って備蓄を集めておいて正解でしたね」
 
「あぁ、少し割高ではあったが大陸の南部の国から小麦を輸入することができたのがでかかった」


 思っていたよりは酷くない状況に会議室に詰めていたこの国の舵を取る高官達が安堵する。


 既に白い粉にした小麦粉だけでなく外皮ごと集めてもらったこともあり、少しずつ備蓄を解放すれば我が国に限れば今年の冬はなんとか越すことが出来そうだ。


「ですね、これで何とかなりそうですね」


「しかし、ドラグーン王国から難民が押し寄せてくれば一気に状況は悪化する」


 陛下の言葉に緩んだ部屋の空気が一気に強張る。


 クラウス陛下がドラグーン王国へ戻ったことでレイナス王国へ大量に流れ込んでいた難民達は少しずつ祖国へと帰って行ったが、ドラグーン王国はまだまだ安定とは程遠い。


 先の王の度重なる徴兵で働き手である男達の数が激減しており、自国の民を賄えるだけの食料を確保できないでいる。


「小麦粉かぁ」


 前世で食べたきりこの世界ではお目にかかったことがない真っ白なふかふかのパンや多種多様なパスタ類を思い出す。


 一体どれ程の小麦料理があっただろう、煮てみたり焼いてみたり、揚げてみたり、粉もの料理の数々を思い出す。


 小麦、大麦、ライ麦、もち麦、小麦粉、薄力粉、強力粉に全粒粉!?


「それだっ!」


 思考の渦に入り込み、思い立ってつい勢いよく立ち上がる。   


「うわっ、急に立ち上がって一体どうしたんだ?」


「陛下、小麦ですが嵩まししましよう!」


「か、嵩まし?」


「そうです、嵩まし」


 嵩まし嵩ましと王族には決して馴染みがない単語を私に連呼されアールベルト陛下の腰が若干引いている。 


「あのぅ、殿下? 小麦を嵩ましするとは一体どういう事ですかな、詳しくご説明いただきたい」


 そう言って話を促してきたのはある意味我が国一番の苦労人、シリウス・ハンフリー伯父様。


 レイナス国宰相で私の母リステリア王妃の実兄、金髪ストレートに銀縁眼鏡のインテリ系美青年だった彼はここ数年で凄みある壮年の男性へ変貌している。


 惜しむらくは次々と問題を持ってくる陛下に振り回され深みのあるエメラルドグリーンの瞳と瞳の間に深い深い皺がしっかりと刻まれてしまっていることだろう。


 昔婚約者が居たらしいが、他の男と子供が出来たため婚約破棄となってからは後釜を狙う姫の姿絵が殺到しているのだが未だに独身の部下に紹介してしまい退けているようで、昔いつまでも結婚しない息子に無理に縁談を進めようとしたことがあった。


 その結果宰相職をストライキし、城の宰相執務室へ籠城し城内に大打撃を与えた。


 陛下のとりなしで縁談の話は白紙に戻り彼の父であるハンフリー侯爵は頭を抱えているらしい。


「小麦を粉にする方法ご存じですか?」


「ただ潰しただけじゃないのか?」


 私の問い掛けに陛下も含め室内にいる文官達のほとんどがキョトンとしている。


 まぁ、畑違いの知識の有無を聞かれても普通は答えられない。


 この場にいるのは大抵が貴族家出身者だもんね、自分で料理どころか家事は全て使用人に丸投げが基本だ。


「違いますよ、小麦粉にするためには……」


 現在レイナス王国では小麦を軽く石臼で挽いて外皮を取り除き、更に小麦を石臼で挽いて、ふるいにかけ、網の目を通り抜けたものが小麦粉として扱われている。


 少しでも白い小麦粉の方が貴族に喜ばれたことも白い小麦粉が生産される一因となった。


 ここら辺は城を抜け出してふらふら城下町や農村へお忍びで出掛け、自分で確認を取ってある。  


 小麦を挽いて粉にする為の水車小屋を見学させてもらったことがあるので多分それほど間違ってはいないだろう。


 目の粗い溝が掘られた石臼で表皮と呼ばれる殻を外してから粉にしていた。


「白い小麦粉は美味しいですけど、表皮の部分も食べられない訳ではないんです、ですから白い小麦粉の流通を押さえて、食料危機の今年は表皮ごと粉にして嵩まししましょう、表皮の分だけでもかなり増えるはずです」


 食事を美味しくするために知識チートする物語は前世で読んだことがあるけれど、苦肉の策とは言え全粒粉にすることになろうとは思わなかった。


「確かに廃棄分が食べられるようになるだけでもかなりの増量が見込めますね」


「なんにせよ美味しく食べられなければ食べ慣れた白い小麦粉を買いたがるだろうな」


「とりあえず一袋全粒粉にしてもらい、白い小麦粉にした場合との賞味量の比較と実際に食べてみなければ判断がつかないな」   
 
「そうですね、料理長に指示を出しておいてくれ」


 執務官の一人に指示を出して小麦粉料理を思い出す。


 パンに向かないなら麺はどうだろうか、すいとんもありかな?


 水分を含めば体積が増えるし。


「陛下、少し席をはずします」


「ん? どこへいくつもりだ?」


 それはもちろん。


「厨房ですよ」







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