元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 エイトをロブルバーグ様が引き取る事になり数日後、スノヒス行きで溜まった王太子としての執務をこなしていたある日、私はアルトバール陛下から呼び出しを受けた。


「陛下から呼び出し?」


「はい」


 クロードから伝えられた突然の招集に首を傾げる。


「なんか陛下から呼び出されるような事をしたっけ?」


「スノヒス国から帰還後は特に問題となりうるような事柄はなかったかと……」


 どうやらクロードも今回の呼び出しの理由は聞かされていないらしい。


「リヒャエルはなにか聞いてる?」


「いや聞いてないですよ、ただミリアーナ様がいらっしゃっているはずですのでもしやご面会を望まれたのでは?」


 ミリアーナ叔母様とはロンダークの死後面会する機会を得ることができず、スノヒス国へ向かったため、直接お会いすることが出来ていない。


「ロンダークの事、謝罪しなくちゃな」


 終わりかけの案件が書かれた書類に受領のサインを追記して、王太子の身分証明書となる指輪の印籠を押印する。


 処理済みの書類入れに投げ入れ両手を天井に伸ばせば、長時間の書類仕事で凝り固まった筋肉が伸びて気持ちがいい。


「クロード、処理済みの仕事を各部門に届けてくれ、リヒャエルは陛下のもとへこれから向かうと先触れを頼む」


『御意』


 短く答えすぐさま動き出した二人の優秀さは、日々の執務で既に証明されている。


 本来ならスノヒス国へ行く前にミリアーナ叔母様に会うべきだったにも関わらず、こんなにも時間が掛かってしまった。
 
 ゆっくりと執務机から立ち上がり部屋を出る。


 この世界に二度目の生を得てから今日まで歩き慣れたはずの城内は、陛下の執務室までやけに遠く感じる。


 まるでこれから自分の罪を明らかにする裁判所や処刑場にでも行くような罪悪感。


 ロンダークの魂はスノヒス国でセイン様の手をお借りして双太陽神の身元へ昇華された。


 しかし私がこれから産まれてくるロンダークの赤子から、最愛の妻から彼と過ごす時間を奪ってしまった事実は変えられない。


 城を攻められた時には直ぐに王の執務室まで辿り着くことが出来ないように、数階毎に場所が変わる不便な石造りの階段を登りきり、その最奥にある角部屋の執務室へ向かう。


 執務室の扉を守るように交替で護衛する近衛騎士が二名立っており、私の姿を確認するなり部屋の中へ声をかける。


 あらかじめ私が来たら室内へ入れるよう言われていたのだろう、騎士達は私が立ち止まる必要が無い様に扉を開いてくれた。


「お召と伺いシオル参りました」


「おぅ、来たな……どうした? 随分と顔色が悪いが……」


 私の姿を見るなり心配したように聞いてくる陛下に首を振る。


「大丈夫ですよ、ご要件は?」


 話の先を促すと、陛下は執務机の中から立派な皮の表紙を掛けられた羊皮紙が出てきた。


 見覚えがあるそれに私は顔をしかめる。


 適齢期になってから私宛に届くようになった釣書と呼ばれる見合いの為のものだ。


 自らの娘の絵姿と共に、年齢や産まれ、趣味や特技、親族書が記載されている。


 親族書がついていると言うことは、親族一同が結婚を認めているということ。


 両親の氏名、生年月日、治めている領地、爵位、配属されている城内の部署や、役職名が書き記され、令嬢の兄弟姉妹、そしてその婚家について順番に記載されている。


 しかし私がアンジェリカを正妃に望み、それを叶えるためにあらゆる努力をしている事をよく知っている陛下は今まで一度たりとも私に釣書を渡すことがなかった。


 陛下から渡される一通だけの釣書……それはこの令嬢を娶れと言う勅命と変わらない。


 ……私に拒否権は無いのだから……それでも私はそれを受けることは出来ずにいた。


 伊達に何年も一人の女性を想い続けた訳ではないのだから。


「一応お聞きします、それは何でしょうか?」


「釣書だ、これからお前に合わせる予定の伯爵令嬢の物だな」


 嫌な予感ほど的中する物だ。


「お断りいたします」


 話は終わったとばかりに踵を返した私は、逃げるように本来なら退室を告げ近衛騎士によって開かれるのを待たなければならない執務室の扉をブチ破る。


「おい! 待て!」


 誰が待つか、陛下の静止の声と困惑する騎士たちを置き去りにして城内を走る。


 そうだ……アンジェリカに会いに行こう……


 アンジェリカはレイナス王国にいるはずがないので、行くならサクラに騎乗する必要がある。


 行き先を立て籠もれる自分の私室ではなく、サクラの竜舎に変更し城外に出るなりサクラを呼んだ。


「サクラー!」


「グゥワウ」


 私の声に応えるように直ぐに飛んできてくれたサクラの騎乗具を取り付けていない裸体の背中に飛びつく。


「サクラ、お願い! 私をアンジェリカのところに連れて行って?」


 ただならぬ私の様子を気にも止めず、大きな皮膜の真紅の翼を羽ばたかせ、サクラはゆっくりと飛び上がった。


 城の上空に上がったサクラは、なぜか動かず城の周りを旋回しだす。


「サクラ、アンジェリカのところへ……ってうわぁ!?」


 急降下を始めたサクラに驚いて硬い鱗に何とかしがみつく。


「キャッ!」


 サクラが降り立った先には多少美白したらしい健康的な肌色に相変わらずクセの強い茶色の髪の毛を大人っぽくハーフアップにして巻き上げたご令嬢が立っていた。


 新緑のような爽やかな緑色の上品なドレスを纏い、凛とした姿で立つ姿は気品がある。


 愛らしい顔は美しく成長し、小さな鼻の上に散っていたそばかすは綺麗に消えている。


 しかしまるでお日様のように暖かい笑顔は健在で……


「アンジェリカ!」


 私はマナーもなにもかなぐり捨ててずっと手紙のやり取りばかりで合うことが叶わなかったアンジェリカに抱きついた。


「ちょっ、ちょっとシオル! なんでここにいるの!? 陛下の応接室でお見合いだって聞いてない?」


「へっ!?」


 アンジェリカの言葉に呆然とする。


「はぁ……ちゃんと釣書見なかったの? 陛下から渡されなかったかしら」


 釣書……釣書!?


「そのようすだと心当たりはあるみたいね。 もぅ昔っからそそっかしいのはかわらないわけ?」


 呆れたと言わんばかりで苦言ばかりが愛らしい唇から紡がれるが、アンジェリカの顔が赤いから、それが照れ隠しだと解る。


「アンジェリカ、きちんとご挨拶なさい」


 そんな私達に声を掛けてきたご婦人の姿に、慌ててアンジェリカから身体を離す。


「ビオス伯爵夫人!」


 それは叔母で、命の恩人であるロンダークの奥方だったミリアーナ・ビオス伯爵夫人だった。


「はい義母様、お久しゅうございます、ロンダーク・ビオス伯爵の義娘、アンジェリカ・ビオスと申します」


 そう言って、ドレスのスカートを僅かに摘み貴族の娘として完璧な礼をしてみせた。


 それはもう何年も貴族の令嬢としてふさわしい立ち居振る舞いを学んできた者のそれ。


「ふふっ、なんて顔をしてるの? まさか平民の私が王太子の側に寄れるわけないじゃない? 柄じゃないけど貴方が望んでくれるならと、貴族の学園に入れられて、大変な王妃教育受けまくってミリアーナ義母様とロンダーク義父様、リステリア王妃殿下に弟子入りして色々頑張ったんだからね私」


 頬を膨らませてわざとらしく怒る顔はアンジェリカのもので、それほどまでに私の為に頑張ってくれたのかと思うと愛しさが溢れ出す。


 アンジェリカの前に片膝を付きその右手を掴み懇願する。


「アンジェリカ・ビオス伯爵令嬢、私と結婚してください」


「その前に婚約でしょう普通」


 アンジェリカに指摘され笑ってしまった。


「ふつつか者ですが、返品不可ですから宜しくお願いいたします」


「アンジェリカ!」


「ひゃぁぁあ!」


 アンジェリカの答えに感極まり彼女の身体を抱き上げくるりくるりと回り出した私と、悲鳴を上げたアンジェリカの声が陛下の執務室まで響いたそうです。  


 





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