元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 エイト少年は体調が回復したこともあり既に床払いも済ませて城の文官や武官達が使用する大食堂で皿洗いの見習いについていた。


 もともと城内での仕事は見習いであっても、平民が大体1月で稼ぐ平均額より多くの給金が支給される。


 そのため競争率も高く、仕事をサボるなど働きが悪ければ他の城で働きたいと希望する者に仕事を取られてしまうのだ。


 特に若い働き者の下働きの女性たちは結婚や育児、子育てなどで仕方なく仕事を辞めるものが多い。


「ふむ……保育所でも作るかな……」


 ロブルバーグ様達を先導する形で大食堂へ向かって歩いていく。


 城内とは言っても大食堂があるのは来客等に対応している正門側では無く、城の裏側にある。


 国制を回す者達仕事場に出来るだけ近い場所でと作られているのだ。


「はて、保育所とは?」 


 どうやら考えていたことが口から出ていたようで、ロブルバーグ様に聞き返される。


 セイン様は初めて訪れる城内の様子に釘付けだ。


「そうですね……結婚して子供が出来たり、子育てのために仕事を辞めなければならない女性たちって多いですよね?」


「ふむそれが普通じゃからな、結婚して相手の家に入り家事と育児をするのが常識だの」


 何を当たり前なと言った風なロブルバーグ様の反応に苦笑する。


「旦那様が身体を病んだり怪我をした場合、仕事が出来なくなったらどうやってたべていくのですか?」


「通常であれば親や親戚を頼るの」


 この世界は基本的に拡大家族が主流だ。


「ドラグーン王国から亡命してきた者達の中に夫を徴兵され親戚も親も居らず、乳飲み子を抱えて逃げてきた女性たちが大勢居ました」


 ロブルバーグ様は静かに私の話を聞きながらついてくる。


「身寄りのない子供達は孤児院へ行きますよね? 残念ながら全てを受け入れるのは難しいのが現状ですが……しかし働きたくとも働けない女性たちはどこに行くのでしょうか?」


 すれ違う者の多くは男性だ。 やめる可能性が高い女性よりも男性が優遇されてしまうのは仕方が無いことなのだろうか……


「昼間子供達を預けて働くことができれば、泣く泣く子を奴隷として手放す親が減るのではないでしょうか?」


 自分で自分の思考を整理するように問いかける。


「エイトのように奴隷となる者のすべてがそうだとは思いませんけど、要因の一つだとは思うんです」


 二人共餓死するくらいなら奴隷になってでも食事を保証される暮らしのほうが良いと考える親は少なくない。


 むしろ子供ごと奴隷となり引き離される者も他国では少なくないらしい。


「その為の保育所か……」


「えぇ、親が働きに出ている間のみ子供の世話をしてくれる場所、もしくは片親しか居ない家族が集まり協力できる集合住居があっても良いのではないかなと……片親同士で伴侶を見つけたら出ていくかもしれませんしね」


 うん、それもありかもしれないな。 難民たちの支援策の一貫として王都からはじめて見るのも良いかもしれない。


 そうしている間にもロブルバーグ様はなにやら考え込んでいるようで、すっかり黙り込んでしまった。


 大食堂は既に食事の混雑時間を過ぎていることもあり、人影はあるもののそれ程多くない。


 使用済みの机を清めていた大食堂の担当らしい青年に声を掛ける。


「すまない、エイトがここに居ると聞いてきたのだが」


 突然声を掛けられて怪訝そうな顔をしたが、私の赤い髪と服装を見て正体がわかったのだろう、目に見えて慌てだした。


「でっ、殿下!? はい居ます! 誰か裏からエイト呼んでこい!」


「おっ、おう!」


 青年の声に慌てて食堂から厨房へ飛び出していく同僚を見送り、私達を立たせたままにしておくのもまずいと思ったのか、比較的綺麗なテーブルセットがある区画へ案内され、すぐさま紅茶とお茶請けにバターの香りがする焼き菓子が運ばれてきた。


 ロブルバーグ様とセイン様に席を勧めて私も座ると、すぐに慌てたようすの料理長に導かれて奴隷少年エイト君がやって来た。


 はじめて会った時よりだいぶ顔色がよくなっている。


 毎食きちんと食事も取れているのだろう、わずかばかりだがはじめて会った時よりふっくらしたように思う。


「エイトをお呼びと伺い連れてまいりました」


 この大食堂を仕切る料理長は筋骨隆々な身体を白衣に纏い、大変厳しい男性だ。


 血の気が多い脳筋騎士達の喧嘩に割って入り、ちぎっては投げちぎっては投げ、好き嫌いの多い騎士達の口に残した食事を押し込み健康管理を強制している強者だ。


 料理長は慣れない人に囲まれて怖気づいたのか、自分の後ろへ隠れてしまったエイトの襟首を猫のように掴むと私達の前に引き出した。


「きちんと挨拶できるな?」


「はっ、はい……エイトです……」


 私は椅子から立ち上がり気弱なのかすっかり萎縮してしまっているエイト少年の前に立つと、彼と視線を合わせるべくしゃがみこんだ。


「良かった、すっかり元気になったみたいだね私の名前はシオルだ」


「もしかして……助けてくれたお兄ちゃん?」


 コテンと首を傾げる姿が愛らしい。


 どうやらあの高熱で朧気ながらも私の顔を覚えてくれたみたいだ。


「そうだよ、よく頑張ったね、偉い偉い」 


 頭に手を伸ばすと、一瞬だけ自分に向かってきた手に怯えを見せたもののおとなしく撫でさせてくれた。


「えへへッ」


 ニコニコ笑顔が愛らしかったので、テーブルから焼き菓子を取り小さな口に入れてあげる。


「殿下、あまり食べさせないでください。 これから賄いなのにただでさえ食わないのが菓子で更に食えなくなる」


「わかってるよ料理長、一つだけだよ」


 口の端についたお菓子の食べかすを親指の腹で拭ってあげる。


「その子がエイト少年ですか?」


 セイン様の問いかけに、私は二人の前にエイトを連れて行く。


「奴隷に落とされた子は苦境から目が濁ってしまう事が多いが、心の強い子のようじゃな、いい眼をしとるわ」


「えぇ、双太陽神の加護も強い」


「僕のような奴隷にも双太陽神様の加護があるんですか?」
 
 心底不思議そうなようすで目を煌めかせセイン様にエイト少年が期待の目を向ける。


「えぇ、加護は皆平等に与えられますからね、まぁ多少の差はありますが、君が諦めず投げず努力を怠らなければ必ず報われますよ」


 にっこりとセイン様が微笑めば、なぜかエイト少年は真っ赤に顔を染めだした。


「あっ、堕ちましたね」


「だな」


 後ろでシルビアとカークが呟いた。


 セイン様は箱入りの世間知らずではあるが大層な人垂らしでもある。


「シオル殿下、エイトを我々で預からせてはくれんかの」


 突然のロブルバーグ様の提案に、皆の視線が一斉に突き刺さる。


「エイトは我が教会の被害者じゃ、なら救済するのも本来なら教会の者が望ましい。 儂は老いたからな、どうしてもセイン様より先に双太陽神の身元へ旅立つ」


 確かにロブルバーグ様はご老体には違いない。


「じゃからセイン様をお守りできる人材を育てたいのじゃよ、無理強いはせんよ。 まぁエイトが良ければの話だがの」 


 紅茶を飲みながらロブルバーグ様はエイト少年を見つめる。


「僕のような者がこの方のお側に居てもいいんですか?」


 期待と戸惑いに揺れるエイトはチラチラとセイン様を見ながらロブルバーグ様に問いかける。


「お前次第じゃ」


「やります! やらせてください! なにが出来るわからないけど頑張りますから!」


 エイト少年にニヤリとロブルバーグ様は笑う。


「なら、シルビア達護衛に付き従い学べ」


「はい! よろしくお願いします」


 元気よく挨拶をしたエイトの姿を寂しげに、しかし慈愛の目で見つめる料理長に静かに近寄る。


「料理長、ありがとうございました」


「なっ、な〜に足手まといがひとり減るだけですよ、さぁ私は仕事に戻らせていただきます」


 あっという間に踵を返した料理長の目が潤んでいたのは触れないほうが良いだろうか。


「あの……少しだけ待っていていただけますか?」


 エイトはロブルバーグ様とセイン様に問いかける。


「あぁ問題ない」


 セイン様の答えに、礼を告げエイト少年は走って料理長の腰に飛びかかった。


「料理長! ありがとうございました」


「うぐぅ……おばえなぁ」


 軽々とエイト少年を抱き上げた料理長の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。


「たまに大食堂に顔を出せ、お前の好きな干し葡萄常に用意しておいてやるがらなっ」


「はい!」 


 元気よく返事をしてエイトは料理長の顔を自分の服の袖口で拭う。


「料理長は子供好きなんですよね、強面過ぎて近寄って貰えないけど」


 そんな二人の姿に和みながら、エイト少年がお世話になった厨房の使用人たちに挨拶を終えるまで紅茶を飲みながら待ったりするのであった。
 


 





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