元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 寒気に冷え切った身体を撫でさすりながら、無事にレイナス王国の護衛達が滞在している街に入ることができた私達は、あらかじめ合流予定にしていた宿へとやってきた。


 この街は地上にあり、聖都プリャまでの旅で立ち寄った街の一つだ。


 街道の要所と言うこともあり、敬虔な双太陽神教の信者が聖都へ参拝する際に立ち寄る街なっており、参拝客目当てに行商人達が集まってくるため活気がある。


 現在は既に日が落ちてしばらく経過しているため、行商人達は借り受けた宿に引き上げており多くの家屋は灯りを落としてしまっている。


 まだ灯りがついている宿の扉を開けて中に入れば、暖炉で暖められた空気が全身を包み込む。


 宿の一階は酒場としても使用されているため、温められた酒を煽る客達でいっぱいだった。 


 私がロブルバーグ様とセイン様を案内して煌々と燃え盛る暖炉の側へ案内すると、先回りしてどこからか三脚の椅子を確保してきたフライサルとカークが暖炉のすぐ前に並べそこへロブルバーグ様とセイン様を座らせる。


 やはり二人には雪中の強行軍は応えたのだろう、セイン様は今にも眠りそうな様子だし、ロブルバーグ様はぐったりしている。


「シオル殿下も御着席ください」


 どうやら残りの一脚は私の為に用意されていたようだ。


 上に立つものが休まなければ部下は休めない、私はカークに勧められるまま椅子に腰掛ける。


 その間にもクロードが宿の受付でレイナス王国の護衛騎士達が借りているはずの部屋を確認してくれているようだ。


「温めた山羊やぎの乳に火酒かしゅを入れた物を貰ってきました。飲みやすくするために蜂蜜も入れていただきましたからお召し上がりください」


 甘やかな香りの湯気をくゆらせたカップ人数分を配膳板に載せてシルビアがまずセイン様に、次にロブルバーグ様、そして私へと手渡してくれた。


 火酒かしゅとはスノヒス国で好んで飲まれているお酒で非常にアルコール度数が高く、グラスに注がれたお酒に火を近づけると、引火することから火がつく酒『火酒』と呼ばれている。


 酒豪は水やお湯などで薄めずに原酒をそのまま口へ流し込み火酒本来の喉を焼かんばかりの飲み心地を楽しみ、寒い冬を乗り切るらしい。


 シルビアが貰ってきたものはその火酒を飲みやすくしたものだ。


 なんせスノヒス国の子供も暖を取る為に飲むらしい、どうしてもお酒は二十歳を過ぎてからと言う前世の感覚が抜けない私としては違和感が拭えない。


「ほぅ……美味しいですね」


「うむ、蜂蜜の量が絶妙だの」  


 そう言って美味しそうに飲む二人に、私は両手で持ったカップを眺める。


 少しくらいなら大丈夫……かな?


 ゆっくりとカップを口元に運べば嗅覚がアルコールが入っていると訴えかけて来る。


「ちょっと待ったぁ〜!」


 今まさに口を付けようとしたカップは私の手の中から奪い取られ、あっと言う間にリヒャエルが飲み干してしまった。


「シルビアさん、うちの若様に酒は与えないで下さい! 舐めただけで倒れて動けなくなるので」


 そう言うとリヒャエルは酒場の中を歩き回っていた店員をつかまえて、温めた山羊の乳に蜂蜜のみを入れた物を注文し直してしまった。


「なんじゃ、そんなに立派な成りに育ったわりに酒が呑めんのか」


 グビグビと美味しそうに呑むロブルバーグ様をジト目で見てしまう。


「えぇ、残念ながら陛……父上から禁止されてしまいました」


 どうにも記憶にないが、突然倒れたらしく毒が入っていたのではと大騒ぎなった……らしい。


「成人したら一緒に酒を呑むのを楽しみにしておったんじゃが仕方がないのぅ」


「私も呑みたいんですけどね」


 チラリとリヒャエルを見ると、どうやら先程頼んだ物が届けられたらしい。 
 
「はい殿下はこちらをお召し上がり下さい」 


 そう言って手渡されたカップを礼を言ってリヒャエルから受け取り口をつける。  


 十分に温められた山羊の乳は舌に感じる蜂蜜の少し癖がある甘さと絶妙な味わいだ。


「ほぅ……美味しい……」


 強張った身体に染み渡る様な感覚と安堵感に力が抜ける。


「それは良かった、火酒の代わりに蜂蜜を増量させたかいがありました」


 最近父上に似て精悍、男前に成長してきた私の好みはこの未来の側近にはバレバレらしい。


 にっこりと笑うリヒャエルにはこの旅ですっかり甘いものが好きだとバレてしまっているようだ。


「色々ありお二人もお疲れでしょう、軽く摘める物を部屋に運ばせますので、今日はお休みください」


 その言葉にしたがって案内されたのは広い大部屋だった。


「本来ならそれぞれに個室をご用意するべきなのですが、警備の都合上大部屋を貸し切りました。 追手を撒くため視界の効かない日の出ぬ早朝に闇に紛れて街を出る予定です」


 この発言も仕方がない事だろう、状況を理解しているためセイン様からもロブルバーグ様からも否は出ない。


「襲撃の可能性も捨てきれませんので着替えはせずにすぐ動けるようにしてお休みください」


 その後軽い夕食を取りそれぞれが板の間に薄い布団を敷いただけの寝床につく。


 このように誰かと枕を並べて寝たことがないらしいセイン様は大変喜んでいたので良しとする。


 その晩、危惧していた通り街の外れにある別の宿に火の手が上がった。


 そこはあえてシオル・レイナスの名で借り受け騎士服とあまり着る機会がない私の派手な服を着せた騎士を出入りさせていた宿だった。





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