元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 頬に当たる冷たい風をものともせずに、サクラは私の言葉通りひたすら真っ直ぐレイナス王国を目指した。


「みっ……水……」


「ん、起きたかな、サクラちょっと降りてくれる? 出来ればなるべく人が居ないところに」


 途中目が覚めたらしい子供に気がついて、滑らかに滑空し地上に降り立ち何度か人気のない場所で水を飲ませ、わずかばかりだが甘い携帯食料を口に含ませる。


 レイナス王国を他国からの侵略から守る高い山脈すらも飛び越えて、私達か城へ着いたのは陽が沈み、空が夕焼けから夜へと移り変わろうという時間だった。


 スノヒス国境からレイナス王国の城までたった半日で飛んでしまうサクラの飛翔力に驚く私より突如いるはずの無いサクラが帰還した事実に城の者たちが慌てふためいているようだった。


「サクラが帰ってきたぞ〜!」


「誰か篝火を増やして出迎えろ! 陛下に連絡に走れ!」
  
 下から聞こえてくる声の混乱ぶりに苦笑いしつつ、サクラは慣れた中庭に降り立った。


 どうやらレイナス王国でも雪が降ったのか、溶けきらなかった雪が僅かに残っている。


「誰か宮廷医師を私の私室まで連れてきてくれ!」


 安全帯を外してヒラリと地面に降りると、サクラはたちまち小さくなり、騎竜鞍だけがボスンと音を立てて、地面に落ちた。


「キュウ」


 寒かったと言わんばかりに私の胸元に忍び込んできたサクラを布越しにポンポンと叩く。


「サクラありがとう、また帰りもよろしくな」


 服の中からくぐもった声が聞こえてきた。


 鞍をやって来た兵士に預けて私は直ぐに城内へ入る。


 大理石を敷き詰めた回廊を進んでいく、他国からの賓客を迎える迎賓館や夜会などが行われる大広間は豪華絢爛なのだが、王族の居住区である城の上階は悪く言えば質素だ。


 国の威信や王の権威なんて家族の寛ぎ空間には必要ないと言う陛下の意向で調度品は装飾よりも素材の良さを引き出した味わいある機能性重視の物が選ばれている。


「シオル!」


 城の奥から声を掛けられて振り向くと、どうやら仕事を中断してきたらしいアルトバール陛下がシリウス宰相とともに現れた。


「陛下、このようにお騒がせしてしまいました。申し訳ありません」 


「いや、良く帰ってきた。 他の者たちは?」


 父様は両手を広げて私に抱きつき抱擁を交わす。 


「スノヒス王国とドラグーン王国の国境の街で待たせてあります」


 移動の足を止める事なく、アルトバール陛下にこれまでの経緯を簡潔に伝える。


「双太陽神教会の枢機卿が、奴隷……しかも幼児にそのような酷い仕打ちを……にわかには信じられないが」


 まるで苦虫でも噛み潰したような渋面を浮かべるアルトバール陛下の気持ちはわかる。


「えぇ、私もこの目で見なければ信じられなかったと思います」


 しっかりと頷き、辿り着いた自室に入る。


 途中会った侍女に湯浴みようのお湯とタオル数枚を部屋へと運ぶように言付ける。


 先触れに走った兵士のおかげか、既に他の部屋で使用していた熾火が部屋に運び込まれ僅かに温められていた。


「シリウス、少しだけ手伝ってくれ」


 伯父ではあるが、自分は私と陛下の臣下だと言いはったシリウス宰相に手伝って貰い騎竜着を解いていく。


 騎竜着の下から現れた幼児の姿に二人が息を飲む。


 そうだろうな、手足も身体も痩せ細り、下手をすれば四肢は凍傷になっているかもしれない。


「俺も手伝おう……」


 そう言ってアルトバール陛下にも手伝って貰い幼児を私のベッドに下ろし、身体に巻き付いたおんぶ帯を外した。


「これは……酷い……」


 言葉を無くしているシリウス宰相の顔色が悪い。


 あちらを出るときは余り状態を確認せずに強行してきたが、今となってはそれが良かったと思わざるを得ない。


 幼児の指先は本来の皮膚の色では無く紫色に僅かに黒を足したような色になっていた。


 特に足の指が通常の二倍ほどに酷く腫れ上り、水疱が破けてしまっていた。


「これは凍傷か」


「はい、私が見つけた時には雪の中を裸足で半袖短パンといったいでたちで、雪に押し付けられるように踏み付けられていましたから」


 痛ましげな様子で衣類を脱がせれば、体中に鞭で叩かれた傷が残っている。


 もう塞がったものもあれば、まだ傷口が膿んでいる物まである。


「シオル殿下、白湯をお持ちしました」


「ありがとう、宮廷医師が着いたなら部屋へと通してくれ」


「診察前に傷口や身体の汚れだけでも落としておきましょう」


 三人がかりでお湯で濡らしたタオルで拭けば、何日も身体を清めることなど出来なかったのだろうとわかるくらいにお湯が黒ずんでいく。


 特に凍傷が酷い手足は医師の指示を待ったほうが良いとの判断だったので触らずにいる。


「湯を換えましょう」


 そう言ってシリウス宰相は侍女に追加で湯を運び続けるように指示をだした。


 何度か湯とタオルを交換し、侍女が探し出してきた子供服を着せる。


「宮廷医ベンハミン・ソーク医師がいらっしゃいました」


 部屋の外から聞こえてきた入室を求める声に、了承しすぐさま部屋へと招き入れる。


 現れたベンハミンはそれこそアルトバール陛下を取り上げた偉大な老医師。


「ベンハミン! 早く治療を!」


 アルトバール陛下の大きな声に、ベンハミンは不敬にも両耳に人差し指を突っ込んだ。


「だまらっしゃい! 患者に負担がかかるような真似をするなら部屋から出ておれ!」


 ピシッと父様を封じ込め、部屋から追い出すと、熱湯に近いお湯をばんばん部屋へと運び込むように指示を出す。


「これはまた見事な凍傷じゃな、壊死せずに復活すればいいのじゃが」


「私に手伝えることは?」


 腕まくりをしたベンハミンに声をかける。


「そうですな……陛下の名代として外国へ向かわれる事が多い殿下も、凍傷の応急処置を知っておったほうがいいじゃろ」 


 そう言って凍傷の治療が始まった。





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