元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?
宿の外に出るとスノヒス国ほどの積雪量はないものの、見事な白銀の世界が広がっていた。
深々と降り積もる雪は、赤土で作った煉瓦を積んだ住宅を白く染め、紅白になっている場所もあり気分的になんだかおめでたいイメージが思い浮かぶ。
住宅の出入り口の前だけ雪が取り払われて馬車道まで出るために人ひとりが余裕をもって通れるだけの細い雪の壁を築いており、住人たちは雪掻きに忙しそうだ。
馬車道には今日この街を出発するのだろう馬車が数台せわしなく行き来している。
「まったくっ、これだからこの時期のスノヒスに帰ってくるのは嫌なのだっ! はやく出立の支度をしないかこの愚図が!」
突如聞こえてきた怒声に目を向ければ、双太陽神教会の枢機卿を示す二羽の白い鳥が刺繍された分厚く内側に毛皮があしらわれた外套を纏った壮年の男性が何かを蹴り飛ばしていた。
「もっ……申し訳ありません」
その叱責に聞こえてきた幼い声にハッと目を凝らす。
枢機卿の足元に小さな男児が雪の中に踞っている。
痩せ細った身体に明らかに丈が合っていない茶色く変色した薄いボロボロになった服を一枚だけ纏っているようだった。
明らかにこの真冬に外に出るような格好ではない。
寒さから青白い顔をし、ガタガタと雪の中で震える男児を男は踏みつける。
「愚図は愚図なりに使いみちがあるだろうと買ったがやはり子供の奴隷は使えんな」
奴隷……悲しいことだがこちらの世界には奴隷が存在する。
レイナス王国は何代か前に奴隷制度を撤廃したが、レイス王国の向こう側にあるグランテ王国では当たり前のように奴隷制度が敷かれているらしい。
奴隷制度に不満はある……だけど……
「ぐぁぁ……」
小さく呻く声に私が咄嗟に握りしめた剣を抜くよりも早く、目の前に人影が割り込んだ。
「何をするおつもりですか?」
「リヒャエル……」
商隊に同行するための交渉に向かったはずのリヒャエルが私の前に立ちはだかった。
「レオル様、奴隷は個人の持ち物……しかもあの子供は双太陽神教会の枢機卿猊下の持ち物です」
そんなことわかっている……でもわかっているのと容認するのは別なのだ。
「はぁ……そんなに睨まないでくださいよ」
「睨んでない……」
「睨んでます! しかもあの枢機卿はたしかグランテ王国に拠点を構える改新派のゾディアック枢機卿猊下だったかと」
古き良き双太陽神教の教えを守り、異教徒にも寛容な保守派。
私の師であるロブルバーグ教皇聖下や幼児愛好家のアンナローズ大司教様がこの保守派だ。
ちなみに最近知ったのだが、一般的に教皇猊下と呼んでいるが双太陽神教会では内部では枢機卿猊下と区別するため教皇猊下ではなく教皇聖下と呼ぶそうだ。
その保守派と相対するのが双太陽神教こそ唯一無二の宗教であり他の宗教は邪教とする改新派と呼ばれる勢力だ。
悲しいことだが、世界が変わっても選民思考や武力で自分の意見を通す過激派は存在する。
もちろん剣を持って戦う事を選び、私も例にもれずその一翼と言っても良いのかもしれない。
一度戦となれば剣を振り、家族が帰りを待っているだろう兵士達を屠るだろう。
そんな兵士達の中にも戦闘奴隷と呼ばれる者たちが居るのだ。
当たり前に奴隷が居る世界だから仕方がない……そう、奴隷に落ちた子供が目の前で痛めつけられていようとも。
私には……なにも出来ないのだ。
なにも出来ない自分が口惜しい。
ジンジンと痛む手は雪によるものなのだろうか、ギリリと噛み締めた唇の薄皮が切れたのか、僅かだが口の中に血の味が広がる。
「あ〜も〜、うちの若様は! 苦情は受け付けませんからね」
そんな私の様子に、リヒャエルは両手で自身の金色の柔らかな巻髪に手を入れ、乱暴にグシャグシャとかき混ぜると若草色の瞳をクルリとゾディアック枢機卿に向ける。
馬車の車輪ですっかり深い轍を刻み込んだ車道を歩きずんずんとゾディアック枢機卿に近づいていく。
「リッ、リヒャエル!?」
「これはこれは! もしやご高名なゾディアック枢機卿猊下ではございませんか!?」
揉み手をしながら声をかけたリヒャエルを訝しげに見ながらゾディアック枢機卿猊下は踏み付けていた奴隷の男児から足を上げた。
「その通りだが……何用か?」
「いやぁ、私はレイナス王国を中心に商いをしておりまして、ご高名なゾディアック枢機卿猊下のお姿を拝見できる僥倖につい興奮を抑えられずこのようにお声を掛けてしまい大変失礼致しました」
一見恭しく口上を述べるリヒャエルの賛辞に機嫌良さげなゾディアック枢機卿は機嫌良さげに対応している。
「ふむ、こんな北の雪国まで商いをしているとは感心ですな」
「ありがとうございます、これもゾディアック枢機卿猊下を始め素晴らしい双太陽神教会のお力と教えがあってこそでございます」
そう言って懐から白く四角い布地をレースで縁取し、金糸で教会のシンボルである二羽の白鳥が刺繍されたハンカチを取り出した。
教会の力を借りた時に御礼として贈答品や寄付を包み手渡す時に使用するハンカチだ。
「少額ではありますがお納めください」
そう言って差し出すとわかりやすく受け取り自らの懐深く仕舞い込む。
「ふむ、旅の安全と商売繁盛を我が主神に祈願しておこう」
「ありがたき幸せにございます……ところで、そちらの幼子でございますが……」
上機嫌にリヒャエルの祝福を約束したゾディアック枢機卿にリヒャエルは何事もないように切り出した。
「ん? あぁ、この奴隷がどうかしたのか?」
「はい、実は我が商会の旦那様が少々変わった性癖を持っておりまして……ほとほと困り果てておりました」
「ほぅ、変わった性癖とな?」
「実は幼い少年を愛でる趣味がございまして、見目の良い奴隷の男児を探して買い付けるように命じられておりまして……」
はい? いや私にショタコン趣味はないよ!?
「もしよろしければその幼児を引き取らせていただく事はできませんでしょうか? いや、もちろん無理にとは申しません! ゾディアック枢機卿猊下が大変お心の広いお方なのは存じておりますので」
そのリヒャエルの言葉にゾディアック枢機卿はしばし考えた様子だったが、あっさりと了承し頷いた。
「世の中奇妙な性癖の者がいるようだ。 困った主を持つと難儀よの。 よい、いくらだ?」
「そうですね……、銀貨五十ていかがでしょう?」
銀貨は大体前世の感覚で一万円くらいの値打ちになる。
「駄目だな、この奴隷は金貨一枚で買ったのだ」
銀貨が百枚で金貨一枚になるのでこの幼児は百万円くらいの値段だったのだろう。
人の命の代金としては安すぎるが、体が弱く労働に向かない子供、しかも幼児では金貨一枚が相場だ。
「そうですか、困りました……どうやらかなり衰弱しているようですし、これから旦那様に会わせるにしても医師に見せたりしなければなりません」
本当に困ったように告げるリヒャエルは雪の上で動けずにいる幼児を見下ろした。
本当はすぐにでも駆け寄り助けたい。
「このまま放置してしまえば数日中に死亡するのでしょうねぇ……」
「銀貨八十枚」
分が悪いと、感じたのかゾディアック枢機卿が小さくボソボソ呟いた。
「銀貨七十枚で」
リヒャエルはゾディアック枢機卿が提示した金額を更に引き下げる。
「チッ……まぁいいだろう。 銀貨七十枚なら売ってやる」
「ありがとうございます! ではその幼児を部下に医者へ連れて行かせます」
そう言うと私に振り返り子供を連れて離れるように促してきた。
「失礼いたします」
すぐさま倒れた幼児の側へ駆け寄ると、その傍らにしゃがみ込み、雪ごと幼児をお姫様抱っこで抱き上げる。
抱き上げた状態で付着した雪を払う。
冷え切った身体から体温が感じられず、少しでも温めようと私の外套の中に抱き込んだ。
「私はゾディアック枢機卿猊下とともに参りますので、奴隷売買の契約と現金の引き渡しをさせていただきたいのですが、ゾディアック枢機卿猊下、お食事はお召し上がりになられましたか?」
恭しく頭を下げたリヒャエルはゾディアック枢機卿を引率して移動し、視線で合図を送ってきたので、私はすぐさま借りている宿へと走りだす。
また降り出した大粒の雪が顔に掛かるのも構わずに宿の玄関へ走り込む。
本当は医者の居るところへ連れていければ良いのだが、高度な学問と実務経験が物を言うため、人が多い都市部に医者や、医者を目指す者が集まる。
もともと患者に対して医者の数が圧倒的に少なく、この街のように小さな所では常駐医師が居ない事もしばしば。
「もう……し……わけ……ありま……せん……」
胸元から小さく聞こえた声に、今にも折れてしまいそうな小さな身体を抱きしめる。
「もう大丈夫……頑張ったね。 少し眠りな」
そう言うと、ぐったりと身体の力を抜いてもたれ掛かってきた。
ギシギシと音がする階段を二段とばしで駆け上がり、部屋へ入る。
「クロード! 直ぐに部屋の暖炉の火力を上げてくれ!」
深々と降り積もる雪は、赤土で作った煉瓦を積んだ住宅を白く染め、紅白になっている場所もあり気分的になんだかおめでたいイメージが思い浮かぶ。
住宅の出入り口の前だけ雪が取り払われて馬車道まで出るために人ひとりが余裕をもって通れるだけの細い雪の壁を築いており、住人たちは雪掻きに忙しそうだ。
馬車道には今日この街を出発するのだろう馬車が数台せわしなく行き来している。
「まったくっ、これだからこの時期のスノヒスに帰ってくるのは嫌なのだっ! はやく出立の支度をしないかこの愚図が!」
突如聞こえてきた怒声に目を向ければ、双太陽神教会の枢機卿を示す二羽の白い鳥が刺繍された分厚く内側に毛皮があしらわれた外套を纏った壮年の男性が何かを蹴り飛ばしていた。
「もっ……申し訳ありません」
その叱責に聞こえてきた幼い声にハッと目を凝らす。
枢機卿の足元に小さな男児が雪の中に踞っている。
痩せ細った身体に明らかに丈が合っていない茶色く変色した薄いボロボロになった服を一枚だけ纏っているようだった。
明らかにこの真冬に外に出るような格好ではない。
寒さから青白い顔をし、ガタガタと雪の中で震える男児を男は踏みつける。
「愚図は愚図なりに使いみちがあるだろうと買ったがやはり子供の奴隷は使えんな」
奴隷……悲しいことだがこちらの世界には奴隷が存在する。
レイナス王国は何代か前に奴隷制度を撤廃したが、レイス王国の向こう側にあるグランテ王国では当たり前のように奴隷制度が敷かれているらしい。
奴隷制度に不満はある……だけど……
「ぐぁぁ……」
小さく呻く声に私が咄嗟に握りしめた剣を抜くよりも早く、目の前に人影が割り込んだ。
「何をするおつもりですか?」
「リヒャエル……」
商隊に同行するための交渉に向かったはずのリヒャエルが私の前に立ちはだかった。
「レオル様、奴隷は個人の持ち物……しかもあの子供は双太陽神教会の枢機卿猊下の持ち物です」
そんなことわかっている……でもわかっているのと容認するのは別なのだ。
「はぁ……そんなに睨まないでくださいよ」
「睨んでない……」
「睨んでます! しかもあの枢機卿はたしかグランテ王国に拠点を構える改新派のゾディアック枢機卿猊下だったかと」
古き良き双太陽神教の教えを守り、異教徒にも寛容な保守派。
私の師であるロブルバーグ教皇聖下や幼児愛好家のアンナローズ大司教様がこの保守派だ。
ちなみに最近知ったのだが、一般的に教皇猊下と呼んでいるが双太陽神教会では内部では枢機卿猊下と区別するため教皇猊下ではなく教皇聖下と呼ぶそうだ。
その保守派と相対するのが双太陽神教こそ唯一無二の宗教であり他の宗教は邪教とする改新派と呼ばれる勢力だ。
悲しいことだが、世界が変わっても選民思考や武力で自分の意見を通す過激派は存在する。
もちろん剣を持って戦う事を選び、私も例にもれずその一翼と言っても良いのかもしれない。
一度戦となれば剣を振り、家族が帰りを待っているだろう兵士達を屠るだろう。
そんな兵士達の中にも戦闘奴隷と呼ばれる者たちが居るのだ。
当たり前に奴隷が居る世界だから仕方がない……そう、奴隷に落ちた子供が目の前で痛めつけられていようとも。
私には……なにも出来ないのだ。
なにも出来ない自分が口惜しい。
ジンジンと痛む手は雪によるものなのだろうか、ギリリと噛み締めた唇の薄皮が切れたのか、僅かだが口の中に血の味が広がる。
「あ〜も〜、うちの若様は! 苦情は受け付けませんからね」
そんな私の様子に、リヒャエルは両手で自身の金色の柔らかな巻髪に手を入れ、乱暴にグシャグシャとかき混ぜると若草色の瞳をクルリとゾディアック枢機卿に向ける。
馬車の車輪ですっかり深い轍を刻み込んだ車道を歩きずんずんとゾディアック枢機卿に近づいていく。
「リッ、リヒャエル!?」
「これはこれは! もしやご高名なゾディアック枢機卿猊下ではございませんか!?」
揉み手をしながら声をかけたリヒャエルを訝しげに見ながらゾディアック枢機卿猊下は踏み付けていた奴隷の男児から足を上げた。
「その通りだが……何用か?」
「いやぁ、私はレイナス王国を中心に商いをしておりまして、ご高名なゾディアック枢機卿猊下のお姿を拝見できる僥倖につい興奮を抑えられずこのようにお声を掛けてしまい大変失礼致しました」
一見恭しく口上を述べるリヒャエルの賛辞に機嫌良さげなゾディアック枢機卿は機嫌良さげに対応している。
「ふむ、こんな北の雪国まで商いをしているとは感心ですな」
「ありがとうございます、これもゾディアック枢機卿猊下を始め素晴らしい双太陽神教会のお力と教えがあってこそでございます」
そう言って懐から白く四角い布地をレースで縁取し、金糸で教会のシンボルである二羽の白鳥が刺繍されたハンカチを取り出した。
教会の力を借りた時に御礼として贈答品や寄付を包み手渡す時に使用するハンカチだ。
「少額ではありますがお納めください」
そう言って差し出すとわかりやすく受け取り自らの懐深く仕舞い込む。
「ふむ、旅の安全と商売繁盛を我が主神に祈願しておこう」
「ありがたき幸せにございます……ところで、そちらの幼子でございますが……」
上機嫌にリヒャエルの祝福を約束したゾディアック枢機卿にリヒャエルは何事もないように切り出した。
「ん? あぁ、この奴隷がどうかしたのか?」
「はい、実は我が商会の旦那様が少々変わった性癖を持っておりまして……ほとほと困り果てておりました」
「ほぅ、変わった性癖とな?」
「実は幼い少年を愛でる趣味がございまして、見目の良い奴隷の男児を探して買い付けるように命じられておりまして……」
はい? いや私にショタコン趣味はないよ!?
「もしよろしければその幼児を引き取らせていただく事はできませんでしょうか? いや、もちろん無理にとは申しません! ゾディアック枢機卿猊下が大変お心の広いお方なのは存じておりますので」
そのリヒャエルの言葉にゾディアック枢機卿はしばし考えた様子だったが、あっさりと了承し頷いた。
「世の中奇妙な性癖の者がいるようだ。 困った主を持つと難儀よの。 よい、いくらだ?」
「そうですね……、銀貨五十ていかがでしょう?」
銀貨は大体前世の感覚で一万円くらいの値打ちになる。
「駄目だな、この奴隷は金貨一枚で買ったのだ」
銀貨が百枚で金貨一枚になるのでこの幼児は百万円くらいの値段だったのだろう。
人の命の代金としては安すぎるが、体が弱く労働に向かない子供、しかも幼児では金貨一枚が相場だ。
「そうですか、困りました……どうやらかなり衰弱しているようですし、これから旦那様に会わせるにしても医師に見せたりしなければなりません」
本当に困ったように告げるリヒャエルは雪の上で動けずにいる幼児を見下ろした。
本当はすぐにでも駆け寄り助けたい。
「このまま放置してしまえば数日中に死亡するのでしょうねぇ……」
「銀貨八十枚」
分が悪いと、感じたのかゾディアック枢機卿が小さくボソボソ呟いた。
「銀貨七十枚で」
リヒャエルはゾディアック枢機卿が提示した金額を更に引き下げる。
「チッ……まぁいいだろう。 銀貨七十枚なら売ってやる」
「ありがとうございます! ではその幼児を部下に医者へ連れて行かせます」
そう言うと私に振り返り子供を連れて離れるように促してきた。
「失礼いたします」
すぐさま倒れた幼児の側へ駆け寄ると、その傍らにしゃがみ込み、雪ごと幼児をお姫様抱っこで抱き上げる。
抱き上げた状態で付着した雪を払う。
冷え切った身体から体温が感じられず、少しでも温めようと私の外套の中に抱き込んだ。
「私はゾディアック枢機卿猊下とともに参りますので、奴隷売買の契約と現金の引き渡しをさせていただきたいのですが、ゾディアック枢機卿猊下、お食事はお召し上がりになられましたか?」
恭しく頭を下げたリヒャエルはゾディアック枢機卿を引率して移動し、視線で合図を送ってきたので、私はすぐさま借りている宿へと走りだす。
また降り出した大粒の雪が顔に掛かるのも構わずに宿の玄関へ走り込む。
本当は医者の居るところへ連れていければ良いのだが、高度な学問と実務経験が物を言うため、人が多い都市部に医者や、医者を目指す者が集まる。
もともと患者に対して医者の数が圧倒的に少なく、この街のように小さな所では常駐医師が居ない事もしばしば。
「もう……し……わけ……ありま……せん……」
胸元から小さく聞こえた声に、今にも折れてしまいそうな小さな身体を抱きしめる。
「もう大丈夫……頑張ったね。 少し眠りな」
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