元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 スノヒス国行きの旅装準備は非常に順調に進んだ。


 実は予め私のスノヒス国行きが決まっていたんじゃないかなと勘ぐりたくなるほどの手際の良さに呆気にとられる。


「殿下はサクラがまた暴れ出すことがないようしっかりと言い聞かせてくださいまし」


 そう言って私を部屋から追い出した侍女達は、大きな衣装箱に正装やら夜会服やら軍服やらを詰め込んでいく。


「あっ、はい」


 侍女達の迫力に負け、確かに私がいても邪魔になりかねないので、トボトボとサクラの竜舎に向かう。


 サクラの為に建てた竜舎は2階建て相当の高さがある。


 基本的に出入りの出来る入り口はフルオープンでイメージ的に地球で言う赤い屋根の犬小屋見たいな見た目だ。


 ちなみにサクラを鎖で繋ぐようなことはしていない。


 かれこれ十年近く一緒にいるけど、サクラはとっても賢い竜なのだ。


 無闇やたらに人間を襲うこともないし、暴れない。


 しかもお腹が空くと竜舎を飛び出して行き、しばらくすると食事を済ませて水浴びまでしてから戻ってくる。


 この前竜舎を半壊させると言う失敗をしてしまったが、わが愛竜は基本的にお利口なのだ。


 王宮の裏に広がる騎士の訓練場を通り過ぎると、王家所有の深い森が広がっている。


 社交の時期などには狩りなども行われるため、王宮に仕える庭師たちによって適度に剪定伐採されていて木漏れ日で明るく照らされていて心が洗われるようだ。


 サクラはあまり人が多い場所を好まないため、竜舎はこの森を進んだ先に建てられている。


 竜舎が見える範囲まで来ると、森の緑の中に鮮やかな紅の巨体がこちらを見て待っていた。


「サクラ!」


 その姿に走り出すと、ゆらゆらと尻尾を揺らして嬉しそうに小さく鳴きながら出迎えてくれた。


 すっかり大きくなった胸元に抱き着くと、ひんやりとした鱗が頬に触れて気持ちいい。


 胸元に他の鱗に隠れるように、少し色味が違う逆さに生えた鱗が一枚あるけれど、多分これが噂の竜の逆鱗と言うものだと思うので触らないように気をつけている。


「ごめんね、なかなか会いに来られなくて……」


 抱きついたまま謝ると、ベロリと頬、と言うか顔面を大きな舌で舐め上げられる。


 少しざらついた細長い舌が触れた場所が濡れてスウスウする。


 ヨダレが付くからやめてくれ。


「遅いって? ごめんごめん、もう大丈夫だよ」


 長年一緒にいると何となくだけどサクラの言いたいことがわかるようになっていた。


 サクラが満足するまで戯れて、サクラは私を胴体と丸めた竜尾の間に座らせてくつろぎ始めたのを確認し、私は本題を切り出すことにした。


「今度……近々スノヒス国と言う国に行く為に私は国を離れなくてはならなくなったんだ」


 すっかりくつろぎモードだったサクラは首をもたげて胡乱げに私の言葉の続きを待っている。


 全身から不満だと訴えているサクラの黒曜石のような黒い瞳に見つめられながら、続きを口にする。


「そこでサクラにはレイナス王国でお留守番……うわっ!?」


 言い終えるより先に、聞きたくないと言わんばかりに大きく開いた口に頭から上半身迄を頬張られた。


 噛みつかれてはいないものの、初めてサクラにこれをされた時は本当に食べられるんじゃないかとヒヤヒヤしたのだ。


 今も口の中で不満を訴える様に低く唸っている。


 とにかく口の中では落ち着いて話も出来ない。


 ため息を吐きながら口腔に手を伸ばし擽るように撫でる。


「サクラ〜、出して〜」


 猫なで声でお願いすれば今までは出してくれていたので今回もお願いしてみたが出してくれるどころかまだ唸っている。


 これは先日のレイス王国で危ないことに巻き込まれた事がかなりサクラのお気に召さなかったみたいだ。


「今度からはサクラのいない所で無茶はしないから出して?」


 唸り声は小さくなったがまだ出してもらえない。


 しばらく質疑応答したが、サクラは出してくれない。


「もしかして一緒に連れて行かなかったから怒ってるの?」


「グル!」


 うん、やっと正解にたどり着けたようだ。しかしサクラを他国へ連れて行くのは色々と問題が多すぎる。


 この真紅の巨体は目立つのだ。


「でもサクラは大きいから一緒に行ったら目立つでしょ?」


「グワッウ」


「小さければ連れて行くのかって? ……まぁこのまま連れて行くよりは目立たないけど」


「グワウ」


「わっ!? ちょっとまっ! わかった、わかったから噛まないで! 小さかったら連れてくから!」


 煮え切らない私の答えが気に食わなかったのか、脅すように軽く甘噛みされて慌てて肯定する。


 するとその答えはサクラのご期待にそえたようで、ゆっくりと口が開き命の危機から回避できた。


 おかげで上半身ヨダレまみれだが……


 顔のヨダレを無事だったスラックスのポケットから出したハンカチで拭いとり、原因の問題竜を見ればすごい顔で唸っていた。


「さっ、サクラ?」


 唸り声が高まるとその胸元の逆鱗が光を発し始める。


「グワァァァ!」


 大きな咆哮を上げるとサクラの逆鱗は眩い光を発してあたり一面を光で、白く包み込んだ。


「うわっ!?」


 あまりの眩しさに目を閉じたが間に合わず、目を焼かれて視界が効かない。


 左手の甲で乱暴に目を擦ると、しだいに視界が晴れてきた。


 目の前にアンジェリカと一緒にいた時と変わらぬ大きさまで身体が縮んでしまった肩乗りサクラがそこに居た。




 
 
 
 


  

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