元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 レイナス王国へ帰国してから既に一月経過している。


 私はレイス王国でかなり無茶をしたらしい。


 正直よく覚えていないのだけれど、無茶な身体の使い方をしたせいで全身に猛烈な痛みを伴い暫くの間にベッド上での絶対安静を医師より報告を受けた陛下に厳命された。


 ただただベッドの上で寝て過ごす時間は、目の前で失われたロンダークの最後の姿を思い出させる。


 もし私がレイス王国から無理にでもレイナス王国へ帰っていれば、もし戦場へ向かう決断をしなければ、ロンダークは死なずに済んだのかもしれないと後悔と自責の念が心を苛む。


 ドラグーン王国の亡きクラインセルト陛下を助ける事が出来なかった時に、大切な人を守れるように強くなると自分に誓った。


 剣術も、父上に負けないように次期国王として国民を守る為に必要な学問も頑張った。


 しかし結果はロンダークと言う大切な人を失ってしまった。


 窓の外から室内へと差し込む光に手を伸ばす。


 ベッド脇に立て掛けてある予備の剣を掴むと、今まで感じたことがないほどにズッシリとした重さに、筋を痛めた腕が悲鳴を上げる。


 強くならなくちゃ……誰も守れない…… 


 痛みを無視して身体を起こし、這うようにしてベッドの端へ移動すると両足をベッドから下ろし床につける。


 立ち上がるとふらつくが、鞘から剣を引き抜き、なんとか正眼の構えをとる。


 基本的な構え方である正眼の構えは、前世の剣道では中段の構えとも言うはずだ。


 頭から縦に通る左右中央の線に沿うように、真っ直ぐに身体の中心で剣を構え、切先は相手の喉元を狙う構え。


 基本中の基本の構え、しかし萎えた身体はその正眼の構えすら出来ない。


「……っつぅ!」 


 剣の重みに耐えかねて絨毯の上に落とした予備の剣を拾い直し、また繰り返す。


 確かに重症だったかもしれないけれど、僅か数週間でこれほど顕著に身体に変化が現れるとは……


 額に浮かぶ汗は冷汗なのか脂汗なのか、はたまた鍛錬によるものなのかもわからない。


「ちょっとお兄様!? 絶対安静中に、何をしているの!」 


 背後から聞こえてきた声に振り向けば、キャロラインが腰に手を当てて私を睨み付けていた。


 一体どれほどの時間が経っているのか、明るかった部屋は薄っすらと暗くなっている。


「キャロ、ちゃんと部屋に入るときは部屋の主に許可を取らなくちゃダメだろう」


「侍女も私も何度も声を掛けましたわ。 一切返事が無くて侍女が私を呼びに来たんです!」 


 私の言葉にそう返事をしたキャロラインの後ろには、確かに私付きの侍女のジェニファーが居た。


「ごめん、気が付かなかった」


 そう言って笑えば、キャロラインはわかりやすく顔を顰める。


「そんな青白い顔をして! 早くベッドへお戻りください。 せっかく温かいうちにジェニファー達が持ってきた夕食が冷めてしまいます」
 
 キャロラインは私から強引に剣を奪い取ると、一瞬顔を顰める。


「!?」


「ん? どうかした……?」


「なっ、なんでも有りませんわ。 お兄様は早く食べて下さい」


 まるで凍り付いたように一瞬動きを止めたキャロラインは何事も無かったかのように床に投げ捨ててあった鞘に刀身を戻した。


 ジェニファーが用意した夕食は、鳥肉を味噌をつけて焼いた物と、茹でた野菜に焼きたてのパン、そして黄金色に輝くスープだ。


 急き立てられるように夕食のスープにパンを浸して口へと放り込む。


 鳥の骨で出汁を取ったのだろうスープはとても美味しいのだろう。


 ……そう、何を食べても『だろう』なのだ。


 ロンダークを失ってから何を食べても美味しいとは感じられないのだから。


 少し食べて手を止めると、キャロラインにもっと食べろと急かされる。


「そうそう、父上がお兄様にお話があるって仰られていたわ」


「陛下が? ……なんだろう?」


 正直謹慎中なのに呼び出される理由がわからない。


「夕食を食べたらお伺いしますと伝えてほしい」


 そう伝えて、ゆっくりと夕食を噛み締めた。








 
 



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