元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 暗くなった国王執務室に羊皮紙を捲る音だけが響く。


 本来ならとうにレイナス王国の国王としての執務は終了している時間なのだが、一向に減る様子がない羊皮紙の山に私は目を瞑り眉根を右手の親指と人差し指で揉み込む。


 手元の書類は今回のドラグーン王国の暴挙とも言える無謀な他国への侵略行為の数々が報告書に書き連ねられており、苛立ちのままに舌打ちした。


 手元にあるドラグーン王国のファラウンド・ドラグーンから届けられた苛立ちを覚える親書を握り締める。


 内容は俺、レイナス王国の国王アルトバールの実妹であり、先のドラグーン王国国王クラインセルトの正妃であり民の信頼が厚いミリアーナを引き渡せというものだった。


 そしてドラグーン王国のセントライトリア学園へ娘のキャロラインを入学させよと……はっきり言って虫唾が走る。


「アルトバール陛下」


 執務室と廊下を繋ぐ扉の外から声を掛けられた。


「どうした?」


「シリウス宰相閣下を伴いミリアーナ・ビオス伯爵夫人が陛下への謁見を求めておられますがいかがいたしますか?」


「ミリアーナが? 直ぐに通せ」


 ミリアーナとは先日ロンダークの葬儀の際にあったばかりだ。


 今にも産まれそうなほどせり出した腹部にはロンダークとの間に授かった愛の結晶が誕生の時を待っている。


 壮年遅くに授かった命、ロンダークが産まれるのを楽しみにしていた事を知っているだけに彼の腕に抱かせれやれなかったのが悔やまれる。


「失礼します、ミリアーナ様をお連れ致しました」


 義理の兄でもあるシリウスが入室し、続いてミリアーナが執務室の扉を潜る。


 簡素な漆黒のドレスは双太陽神教の教えでは喪に服する際に纏うのだ。


 伴侶をなくした者は、喪があけるまでの一年間は男女共に黒を身に着け死者の魂を来世へ送りだす。


 二度も愛する夫を亡くしたミリアーナを口さがない貴族達は死神の寵愛を受けた姫……死神姫などと呼んでいる事実にも苛立ちが募る。


「夜分遅くに失礼致します陛下」


 そう言って臣下の礼をするミリアーナは少し窶れてはいるものの、ドラグーン王国から帰還したばかりの頃とは違い落ち着いているようだ。


「ミリアーナ、ここには古狸の貴族達などいない、そんな他人行儀な礼などいらないぞ?」


 そう言ってミリアーナに手を伸ばして、応接用のローテーブルのあるソファーへと案内する。 


 シリウスは従者に、お茶と菓子を用意させて部屋から追い出したのち、私達が着席したのを確認して、自らもソファーへ腰を下ろす。


「しかしどうしたんだ? こんな夜遅くに私を訪ねてくるなんて」


 そう言って促せは、ミリアーナは携えた黒い革製のバッグから羊皮紙の封筒を取り出した。
 
「亡き主人……ロンダークの執務机から出て来ました」


 そう言ってミリアーナから手渡された羊皮紙を開く。 


 中にはロンダークの遺書とも取れる文面が書かれていた。


 家族を心配するロンダークの願いや自分に何かがおこった時の対処法や利権等きちんと保管してあるのが故人の実直さを思い出させる。


「陛下にビオス伯爵家へ養子を貰うお許しを頂きたいと思います」


「養子? 養子を貰うのは構わないがビオス伯爵家には既にクライスと言う立派な嫡子が居るだろう」


「いいえ……娘をひとり養子としてビオス伯爵家に迎えたいと考えております」


 娘と言う言葉に首を傾げる。


「娘の名を……と申します」


 ミリアーナの口から出た名前に涙が浮かびかけ、堪えるように天井を向く。 


 本当に我が友は……


「養子の件、了承した。 書類や手続き等はこちらで準備しておく」


「宜しくお願いいたします」 


 頭を下げて退室して行ったミリアーナの姿を見送り、また机の上に積み上がった書類の山に手を伸ばす。


「さて……忙しくなるな……ロンダークはゆっくりと悼むことすらさせてくれないらしい」


 震える声で呟いた声は、俺以外誰もいない執務室にやけに大きく反響する。


『当たり前でしょう、キリキリ働いて下さい陛下』


 居るはずのないロンダークの声が聞こえた気がした。 
 
 












 


 


 


 

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