元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 甘い甘い香の薫りはギラム・ギゼーナが纏っていた香りと同じ物だ。


「王太子殿下は陛下と共に前線に出ておられます」


 兵に呼ばれてやってきた男はドラグーン王国寄りに領地を構える子爵家の嫡男だと言う。


「陛下自ら前線に? では急ぎお伝えしたい事がございますので、お取り次ぎ願いたい」


 ゼスト殿が毅然とした態度で接している。


「大変申し訳ございませんが今は我が国にとってとても“大切な”戦の最中、いくら友好国の騎士様がたの謁見の申し入れであろうと我々は陛下から守りを固めるように任されたこの補給所を離れるわけには参りませんなぁ」
 
 困りましたなどと口では言っているが、明らかにこちらの反応を楽しんでいる。


「で、でもよ。 コーラン様、この騎士様がたの話が本当なら王都は……」


 私達が訪問の内容を伝えに走った初老の男性が遠慮がちに告げと、コーランと呼ばれた子爵令息は男性を睨みつけて強制的に黙らせた。


「ギラム・ギゼーナ殿は我が国の忠臣、そんな事実有る訳がない。 むしろ国が荒れている今は、貴国等の諸外国からすれば攻め入る好機なのでは?」


「なっ!?」


 コーランの失礼な物言いに一気にまわりの騎士達が色めき立つ。
 
 一触即発の様相を呈する一堂に私は溜息を吐き出した。


「ロンダーク、コーランはギラムの仲間だ。 ギラムやミスティルとか言う女と同じ匂いがする」


 ロンダークにのみ聞こえる程度に後ろから声を掛けた。


 私の言葉にロンダークはゼスト殿を呼び戻した。


「一度離れましょう、この補給所は駄目です」


 私が伝えたことをロンダークがゼスト殿に伝える。


 そうして私たちは補給所を後にした。


「これからどうなさるおつもりですか?」


  ゆっくりと馬を歩かせながら隣に並んだゼスト殿が声をかけてくる。


  普通なら取り次ぎを断られた時点で諦めるだろう、しかーし私にはそんなつもりはこれっぽっちもないのだ。


「多分他の補給所へいっても多分似たり寄ったりだとおもう。 こんな内部にまで不穏分子がいるなんてね、これは直接前線に行った方が早いかな?」
 
「前線まで行くにしても必ず止められると思いますが……」


 きっと前線までにいくつかの防衛線となる場所があるはずだ。


 見晴らしの良い昼間に少数とは言えこの人数で早駆けすれば必ず見つかる。


  黙って私たちの会話を聞いていたロンダークにニッコリ微笑めば、ロンダークの顔がひきつった。


「夜に移動すれば見つからないよね?」


「危険です」


「あまり速度出さなきゃ大丈夫じゃない?」


「そう言う問題ではありません!」


 なかなか首を縦に振らないロンダークを落とすのを諦めた。


「ゼスト殿、ここからドラグーン王国の国境までどれくらいで着きますか?」


「ドラグーンですか?」


  しばらく思案しゼスト殿が口を開く。


「そうですね、国境までですと街道沿いに進んで休憩を挟みつつ馬車で三日と言ったところでしょうか」


  街道沿いに街で休憩を挟みながら三日なら、悪路も進めて馬車よりも遥かに機動力が高い騎馬なら多少半分ですむよね?


 途中で最低限の水と食料は必要だけど、なんなら途中で動物を見つけたら狩ればいいし、このような事態に備えて予備の食料は鞍にくくりつけてある。


 残念ながら幼い頃の愛馬のグラスタは既に現役を退き、今は彼女が産んだ息子であるアルフォンスが私の相棒だ。


 温厚な母親とは真逆の勇猛果敢な雄馬に成長したアルフォンスならもしかしたらもっと早いだろう。


「じゃぁ行こうか」


 アルフォンスの腹を挟むように指示を出す。


「はぁ、聞くだけ無駄でしょうがどちらまで?」


 頭痛でもするのか、軽く頭を振り払いロンダークが聞いてくる。


「もちろん、最前線」


「言うと思いました……」


 深くため息を吐いたロンダークの様子に、ゼスト殿と他の騎士達が苦笑いを浮かべる。


「ロンダーク様は殿下に弱いですからね」


 騎士のひとりが言うと次々と違いない等と笑い声が起きる。


「他人事だと思って、私は老体だから直ぐに引退だからな。 この先シオル様に無理難題を言われて存分に振り回されるが良い」


 そう言って皆を置き去りに速度をあげて走り出したロンダークをみな焦ったように追いはじめた。



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