元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 大木の葉に遮られて太陽の光が届かない薄暗い森の中を愛剣を片手に、一人駆け抜ける。


 ナターシャ姫が城からの脱出に使った小屋を出てからどちらへ行ったのかわからない。


 首を巡らせ城の位置を確認し、もし自分が逃げるならどうするかと考えたわたしは、城とは逆の方角にある獣道を抜けて必死に足取りを追うべく、地面や樹木に痕跡を探す。


 注意深く森を進んだ私は、泥濘んだ大地に僅かな痕跡を見つけた。


 それは小さな子供のものと思われる足跡。


 歩幅の違う成人女性と思われる足跡を追うように、踵をつく暇もない様子で必死に付いていっているのだろう。


 この大きさの違う足跡はナターシャ姫と乳母のものかもしれない。


 足跡の進行方向へ進むと、どうやら森から出たのだろう、馬車一台通れるほどに開かれた道に出た。


 車輪が通るだろう場所は、地面が踏み固められており、まるで二本の線が大地に走るように地面の茶色がむき出しになっている。


 地面には馬と思われる蹄が複数残っており、まだ新しく抉られてからさほど時間は経過していないようだ。


「追手か……」


 馬に踏み荒らされた事で小さな足跡も女性の足跡も残念ながら全て消えてしまっている。
 
 取り敢えず残っている手がかりはこのはっきりと残った蹄の跡だけだ。


 徒歩で馬の足に敵うとは思えないが、足跡を辿り走り出す。


 どれほど走っただろうか、水が滝として流れ落ちる音がし始めた。


 ふと前方よりこちらへと駆けてくる蹄の音に、道沿いに生えている大木の影に身を隠した。


 私の前をニ騎の軍馬が、私兵を乗せて走り抜けて行く。


 馬がやって来た方角へ進めば、少しだけ開けた場所の先で大地が崖となって途切れ、それまで続いていた川もプッツリと切れて崖の下からは滝となり落ちた川の水がドウドウ水煙を上げている。 


「あははははっ! これで終わりだ! あははははっ」


 たった一人崖の上でこちらに大きな背中を向けるようにして地面に座り込み、狂ったように高笑いをあげている男に恐る恐る近づいた。


 男の傍らには無造作に投げ捨てられた血塗れの剣が落ちている。


 ふと、崖の端にキラキラと朝日を浴びて光るものを見つけて目を細めれば、小さな宝石があしらわれた髪飾りであることがわかった。
 
 淑女向けというよりも幼い少女が好みそうな可愛らしい意匠の髪飾り……


 思い浮かんだのはアールベルトに飛び付く先日会ったばかりのナターシャ姫の姿。


 気配を殺し一気に座り込んだ男に寄ると、私はシルバの刀身を男の首元に当てた。


「ナターシャ姫をどこへやった」


 怒気をはらんだ声で私が問い掛ければ、男はゆっくりとこちらを向いた。


 顔に付着した赤い汚れは返り血だろうか、まるで死んだ魚のように生気がなく、濁った瞳をした見覚えがある男の変わり果てた姿にゾワリと全身に悪寒が走る。


「ギラム殿……」


 レイス王国の右将軍、ギラム・ギゼーナは、自らの右首筋に押し付けられている刀身を躊躇うことなく、左手で掴んだ。


「ほぅ、俺がギラムだと知っていて一人でナターシャ姫を探しに来る様な気骨のある男がまだこの腐った国に居たとは驚きだな」


 シルバの刀身を伝うように、ギラムから流れ出た鮮血がぽたりぽたりと地面に染みをつくる。


「黙れ、国を守るべき将軍と言う任を放棄した逆賊よ」
 
「ふっははははっ! 逆賊? 賢帝と呼ばれた王は老いぼれもはや若かりし日の勢いはない、王妃も俺の仲間の手で死んだ頃だ」


 あざ笑うようになおもギラムは話し続ける。


「ナターシャ姫は俺が斬りつけ殺した、あの傷で滝に落ちたんだ、もはやたすからん。 王太子は腰抜けだ、あんな腰抜け王太子に腐りきったこの国の貴族を治めるなど不可能なんだよ」


 ギラムは苛立たしげに告げるとギリギリと首筋から刀身を押しやる。


「違う! あいつは腰抜けなんかじゃない!」


 アールベルトの顔を思い浮かべ、力強く否定する。


 あれは腰抜けなんて可愛らしい者じゃない、むしろ決して起こしてはならない種類の人種だ。


「はっ、自国の王太子をアイツ呼ばわりするものが私兵に混ざっていたとはなっ!」


 私の着ている服をさして言っているのだろう。


 突然身体をひねるとギラムは、私の右脇腹に自身の右手を手刀で叩き込んできた。


 私の右手は剣を持っていたため、ギラムによってなかば拘束したされており、右手で防御するためには剣を手放さなければならない。


「ぐっ……あぁ!」


 ギラムの剛拳が脇腹に決まり、激痛が脇腹から全身に駆け巡る。  


『何があっても剣を離してはなりませんよ』


 ロンダークにギタンギタンのケチョンケチョンに叩きのめされた訓練中に毎回聞かされた言葉を思い出し、離しかけた剣に力を加えて、受けた攻撃の反動を利用して刃をギラムの左手から引き抜く。


 刃はギラムの硬く鍛えられた左手を切り裂いた。


 脇腹を左手で抑えながら、ギラムから剣先を逸らさずに構える。


「先程の啖呵はどうした?」
 
 まるで痛みなど感じていない様子で自らの左手から流れる血を無造作に振り払う。


 ギラムの風下に移動したからだろう、先程までは全く気にならなかったはずなのに、鉄臭い血の香りに混ざって不似合いな甘い香りが鼻につく。


 この香り……ギラムに対峙しながらも瞬時に思考を巡らせる。


 記憶に引っかかったのは、王都に戻る途中で山賊から助けたミスティルと名乗った女。


 そしてアールベルトの立太子式でレイス王国の王族席を睨み付けていた艶やかな女だ。


「くそっ! あのミスティルって女も関係者だったんじゃないかっ」


 小声で悪態をつく、今は目の前のギラムを倒して少しでも早くナターシャ姫を追うのが先決だ。


「みっ、ミスティルだと! おい小僧、ミスティルをどこで見た!?」


 ギラムは血相を変えて私の剣の届く範囲に踏み込む。


「ヤッ!」


 ギラムに向けて剣を振るとギラムは的確に、かつ剣筋を流すように捌いてくる。


 くっ、剣戟が全ていなされる、アルトバール父様やロンダークを相手にしているような……遥かに自分より高位の実力者を相手にしているような感覚を味わいつつ、必死に剣戟を捌く。


 攻防に気を取られた私は、足元がおろそかになってしまっていたらしい。


 ギラムは戦いの最中に自分が有利になるように私を足元が悪い方向へ移動させていたのだ。


 重く鋭い剣戟を受け、交わった刀身から高い金属音が辺りに響き渡ると、度重なる攻防に耐え切れなくったって愛剣が二つに折れた。


「そんなっ!? うわっ!」


 すり足で引いた右足の踵が地面から張り出した木の根に引っかかり重心を崩し、仰向けで地面に倒れ込む。
 
 私の腰に跨り動きを封じ込め、ニヤリと笑いながらギラムは持っていた剣を逆手に持ち直し私に剣先を向けた。


「終わりだな」


 あぁ、死ぬんだなと、振り下ろされた剣に反射的に目を閉じた。















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