元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 従者に案内されたのは王城の一階に造られた応接室だった。


 国賓へも対応可能な応接室は家具や装飾品全てが高級品で品が良く纏められている。


 応接室へ通されてさほど待つことなく、入室してきた人物をソファーから立ち上がり出迎える。


 ドラグーン王国から無事に帰国していることはやり取りしている文で知っていたが、久しぶりに会うアールベルトはすっかり成長し別人のようになっていた。


「お久しぶりです、シオル殿下。この度は立太子式にご臨席いただき御礼申し上げます」


「アールベルト王太子殿下、この度は立太子、心よりお祝い申し上げます。 益々の飛躍をとげられますようお祈り申し上げます」


 白々しく他人行儀な挨拶を交わして、数秒後に私とアールベルトはお互いに違和感からどちらともなく吹き出して笑いあっていた。


「堅苦しいのはやめようアールベルト、笑いすぎて腹が痛いわ」


「ふっ、確かに。 シオル無事で良かった、ミリアーナ王妃殿下はご息災か?」


「あぁ、お元気だよ」


 他愛ない会話をしていると応接室の外が騒がしくなった。


「あれ、なんだろう?」


「お兄様ー!」


 疑問の声を上げると、応接室の扉が勢い良く開かれて、ピンク色の塊が飛び込んでアールベルトの右太ももに両手両足を絡めるようにして飛びついた。


 咄嗟に腰に佩いた愛剣シルバの柄に手を掛けたが、飛び込んできたのが小さな女の子であることを確認して手を離す。


「ナターシャ……」


 アールベルトは額に右手を当てて、小さくため息を吐いたあと右太ももに抱きついた幼女の両脇に手を入れて軽々と抱き上げた。


「ナターシャ? 今の時間は母上と刺繍のお勉強の時間だろう?」


「いや~! ナターシャはアールベルト兄様と遊ぶの!」


 柔らかそうな頬を膨らませているナターシャ姫が可愛くて小さい頃のキャロラインを思い出す。


 もうすっかり男装麗人と化してしまったけど……


「ナターシャ姫はじめまして?」


 そう目の前の小さなお姫様に挨拶をすると、青紫の瞳をこれでもかと見開いてコテンと首を傾げた。


 ハーフアップに纏められ銀細工の髪飾りが飾られた波うつ金茶色の髪がサラサラと流れ落ちる。


「だぁれ?」


 どこか舌っ足らずな誰何が可愛い。


「私はレイナス王国からきた君の兄上の友人でシオル・レイナスだよ」


 簡単に自己紹介をすれば、あまりにも端折り過ぎたのかアールベルトは苦笑し、ナターシャ姫に改めて紹介してくれた。


「前に話したことがあるだろう? ドラグーン王国の向こう側にあるレイナス王国の王子様だよ」


 しばし考えてからナターシャ姫がアールベルトの耳元に内緒話でもするように顔を寄せると、アールベルトは優しい顔で頷き静かにナターシャ姫を床へとおろした。


「はじめまして! レイス王国第一王女ナターシャ・ウィル・レイスです」


 何度か私とアールベルトの顔を見比べ、ピンク色のドレスの裾をつまみ上げ、慣れない仕草で淑女の礼をしてくれた。


「はい、アールベルト殿下のように私とも仲良くしていただけるとうれしいです。小さく可愛いレディー?」


 ナターシャ姫と視線の高さを合わせるようにしゃがみ込みそう告げると、恥ずかしくなったのかモジモジした後アールベルトの後ろへ隠れてしまった。


 そんなナターシャ姫の様子に視線を蕩けさせる友をニヤニヤと見やれば、眉根をしかめて睨まれた。


「その気持ち悪い顔をはやく隠せ、ナターシャが汚れる」


 我が友ながら酷い言い草だ。


「気持ち悪いって酷くないか? 可愛いレディーを愛でる権利くらい私にもあるんだけど」


「見るな減る」


「ひどっ!」


 そんなやり取りをしているとどうやらナターシャ姫のお迎えが来たらしい。


「こちらにナターシャが来ていないかしら?」


 アールベルトが入室を許可したあと応接室に現れた人物に深く頭を下げる。


「お母様!」


 ナターシャ姫は素早くアールベルトの後ろから飛び出して入室してきた美女にとびついた。


「母上まで、今来客中なのですか……」 


「あらあらあらごめんなさい」
  
 ナターシャ姫とそっくりの金茶色の長い髪を上品に纏め上げ、美しいアメジストのような青紫の瞳をした美女をアールベルトは母上と読んだので、レイス王国のマリア王妃殿下で間違いないだろう。


「母上、こちらはレイナス王国の第一王子シオル・レイナス殿下です」


「お初にお目にかかります、シオル・レイナスと申します。 この度はアールベルト殿下の立太子式をお祝い申し上げます」


 祝辞を述べて顔を上げると、マリア王妃殿下は目をぱちぱちと瞬かせた。


「我が国へようこそいらっしゃいました。 お祝いのお言葉感謝いたします、アールベルトから聞いてはいましたが、シオル殿下はお父上のアルトバール陛下の若い頃によく似て美丈夫ですわね」


 あれ? マリア王妃殿下は父様とお知り合い?


「アルトバール陛下とはドラグーン王国のセントライトリア学園でお世話になりましたの」


 どうやら思っていたことが顔に出ていたらしく、クスクスと笑われてしまった。


「うふふ、アルトバール陛下はとても情熱的にリステリア様愛していらっしゃるご様子でご令嬢方の中にはお二人の関係を応援する親衛隊までありましたの、シオル殿下も素敵な方と恋をなさるのかしらね」


 親衛隊ってどんだけですか父様! やっぱり馴れ初めを追求する必要がありそうです。


「……精進いたします」


 現在身分を越え、大陸を股にかけた大恋愛中ですとは言えないので曖昧に流しておく。


「母上、シオル殿下が困っておられますよ。それにナターシャを捜しにいらしたのでしょう? 母上が話し込んていらっしゃるうちに、ほら逃げられますよ?」


 アールベルトの言葉に応接室の扉から気配を消すようにして逃げ出すナターシャ姫がいた。


「わっ、見つかった!」


「あっ、こら待ちなさい! シオル殿下、アールベルトと仲良くしてあげてくださいね、ごゆっくりしていらしてね」


 マリア王妃殿下は簡単に挨拶を済ませてナターシャ姫を追いかけるように退出して行った。


「すまない、母上は大変気安い方なんだ……多分昔から母上にシオルの事を話していたから初めてあったような感じがしないんだろう、先程の対応も身内扱いだったし」


 他国の賓客に対して大変なフランクな方だなぁとは思ったが、まさかの身内扱い。


「気にしなくて良いよ、私としても仲良くさせて頂きたいからね」


「すまない、普段は賓客にあのような対応をされる方ではないんだが……」


 アールベルトは自分の母の普段とは違う対応に戸惑っているようだった。


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