元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 レイス王国のアールベルト殿下の立太子式に参列する為、私はアルトバール父様の代理としてロンダークとハスティウス公爵家の三男で近衛騎士のゼスト殿、他にも数名の騎士を護衛に伴い、レイナス王国からドラグーン王国を経て私は今レイス王国の大地へ足を踏み入れていた。


 四方を山脈に囲まれたレイナス王国とは違い、目の前にはどこまでも続いているような錯覚を覚える草原が広がっている。


 アンジェリカとマーシャル皇国で別れてからすでに六年もの月日が流れている。


 ドラグーン王国からレイナス王国へと帰国されたミリアーナ叔母様はあのあと無事に第一子となる男の子を出産した。


 クラインセルト陛下に似た銀色に輝く髪にミリアーナ叔母様譲りの蜂蜜色の瞳の赤子はクライスと名付けられた。


 とても軽く弱々しく泣くお子を抱かせて貰った時私は思わずクライスに泣いて謝っていた。


 君の父上を助けられずにすまなかったと泣く私を不思議そうに見たミリアーナ叔母様は私をクライスごと抱き寄せた。


「貴方のせいではないわ」


 優しくそう告げたミリアーナ叔母様の様子に驚き顔を上げると、すでに子供のようなミリアーナ叔母様に戻ってしまっていた。


 ドラグーン王国の宰相だったカルロス殿から預かっていたドラグーン王家の紋章が刻まれた国王陛下に受け継がれる宝剣はミリアーナ叔母様が持っている。


 ミリアーナ叔母様に宝剣を見せたら、なぜ泣いているのかわからない様子で涙を流し抱きしめていた。


 記憶を無くしても想いは残っているのかもしれない。


 クライスが一歳になった頃ミリアーナ叔母様の再婚話が持ち上がった。


 最有力候補はハスティウス公爵家の三男でミリアーナ叔母様の幼馴染だったゼスト殿の名前が上がったんだけど……


「ミリアーナはロンダークと結婚するの!」


 と言って譲らず、ミリアーナ叔母様への片思いを拗らせてまだ独身を貫いていたゼスト殿を撃沈し今ではロンダークの正妻になっている。


 昔はロンダークさんと敬称をつけて読んでいたが、自分は臣下なのだからと、この六年で呼び捨てにするように徹底された。


 この度レイス王国へ向かう際にミリアーナ叔母様の妊娠が発覚していたので、夫婦仲は良いようだ。


 ドラグーン王国はクラインセルト陛下亡き後、大罪人として元宰相カルロスを処刑し、ミリアーナ叔母様を引き渡すように親書を送ってきたファラウンド・スコットニー公爵が、王位継承争いを制してドラグーン王国の国王に即位しファラウンド・ドラグーンになった。


 ファラウンドは好戦的な人物らしく、どこに仕掛けるつもりか不明だが開戦の準備をしているらしい。


 王位継承争いにより荒れたドラグーン王国から戦火を逃れてレイナス王国へ逃げてきた難民の中にムクロジを教えた村の人々がいて、彼等は今レイナス王国に移住し、目立たない程度に自分たちで使う分と王家に卸す分のムクロジを採取して静かに暮らしている。


 どうやらクラインセルト陛下亡き後ムクロジを独占しようとした領主が内乱を起こし村に火をかけたらしい。


 乾季だった事も相まって火の手はムクロジの採取が出来た森にまで広がり、私財を掻き集めてレイナス王国へ逃げてきたそうだ。


 ムクロジ石鹸は原材料が分からないように粉末にして流通させていたらしく、村の人々以外は何で出来ていたのか知らないようで、争いの種になりかねないため今後は秘匿することにしたらしい。


 またドラグーン王国から亡命してきたのは難民ばかりではなく、ドラグーン王国のセントライトリア学園で一緒にソイ豆で味噌を仕込んだアレホ料理長が私を訪ねてやって来たときは驚いた。


 しかも献上品として試行錯誤の末に出来上がった味噌を持ってきたアレホさんは味噌の魅力にハマったらしく、料理人から転職し現在レイナス王国の王城で引き抜いて味噌の量産と味噌からたまり醤油を作る研究のために働いていたりする。


 この六年で身長も伸び、アルトバール父様の身長を追い越した。 声変わりもすみ、後ろから声をかけるとたまに父様と間違われ陛下と呼ばれる事がある。
 
 恥ずかしながら精通が来た時にはかなり焦ってロンダークに相談に行ったほどだ、夢で出てきたのは大人になったアンジェリカだったから。


 まぁ、お陰で本当の意味で恋愛対象が男性ではなく女性だと自覚した。


 アンジェリカとはあれから何度も手紙で連絡を取り合っている。


 初めてアンジェリカから届いた手紙には私が押し付けてきた宝飾品についてお小言がたくさん書いてあったが、最後に“嬉しかったありがとう”との一文で身悶えた。


 アンジェリカが手紙……文を書きながらツンデレしてる姿がまざまざと思い浮かんだ。


 アンジェリカが向かうと書いてあった目的地にある商業ギルド宛に文の返事を書き送ると、商業ギルドからアンジェリカに文が渡る仕組みらしい。


 これは行商人のように拠点を持たず移動を繰り返す商人に文を渡す為に出来た仕組みらしく、行商人は商業ギルドでこれから向かう先を申告する決まりがあり、受取人となる行商人が既に出発している場合には、目的地となる街までこれから向かう行商人が商業ギルドの依頼で運んでいく。


 この文の配達を頼まれる商人はギルドからの信頼を得ている証でもある。


 商人は商業ギルドから文の配達の依頼を頼まれるようになって初めて一人前扱いらしい。


 定期的にアンジェリカにつけてある護衛から入る連絡でも元気にしているのがわかっているし、どうやら新しいお義母さんとも良好な関係を築けているらしく、異母弟も産まれたようだ。


 早くアンジェリカに会いたいな……文といえば、レイス王国のアールベルトとも連絡を取っており妹姫が産まれたと手紙が来ていた。


 妹姫はナターシャ・ウィル・レイスと名付けられ今年五歳になるらしい。


 アールベルトの文からも歳の離れた妹姫を溺愛しているのが伺えるから実は会えるのを楽しみにしていたりする。


 立太子の祝の品を載せた馬車を引きながら、レイナス王国の使者としてふさわしい身なりでの旅路となっている。


 時折庶民の服に着替えて抜け出し、ロンダークさんを連れて酒場に行って酔っ払った村民だったりと話をしたりして息抜きをしている。


 レイス王国の村や街に立ち寄り、レイス王国の文化や国民に触れての旅は楽しい。


 レイス王国は比較的温厚な人が多いのか、王子様として村や街を通れば歓迎されたし、酒場で旅人だと言ったら一杯奢ってくれた。


 そんな旅も今日で終わりだったりする。


 レイス王国の王都をぐるりと囲む堅牢な城壁を見ながら、六年ぶりに会うことになるアールベルトを思い出す。


 今思えば誘拐されかけたアールベルトを助けてからの付き合いだ、お互いに既に十七歳になっている。


 この六年で沢山のことを学んだし、ロンダークには宣言通りかなり鍛え直された。


 リステリア母様いわく若い頃の父様に生き写しらしいです。


 もともと美少年だったアールベルトはきっと美青年になっていることだろう。


「さて我が友に祝言伝えに行きますか」


「くれぐれも問題を起こされませんようにお願い致します」


 うん、ロンダークは六年経っても苦言をくれる良き師です。





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