元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 どうやらトーマスさんは急に宿から飛び出していったアンジェリカを探していたらしい。


「アン!」


「お父さん!?」


 繋いでいた手を解かれてアンジェリカの温もりがすっと朝の冷気にさらわれる。


 アンジェリカの姿を確認するなり転びそうになりながらも走ってくると、しっかりとアンジェリカを抱きしめていた。


「アン! こんな早朝にひとりで宿から出るなんて危ないだろう!」


「ごっ、ごめんなさい」


「ユーリアが亡くなってアンジェリカまで居なくなったら俺は……」


「うん、ごめんなさい。 大丈夫だよお父さんと一緒にいるから」


 抱き合い号泣するトーマスさんの大きな身体をアンジェリカがあやすように撫でている。


「レオル、君がアンを見つけて来てくれたのか」


 鼻の頭を真っ赤にして、涙を拭ったトーマスさんが私に向って深々と頭を下げた。


「いえ、当たり前のことをしただけですから」


 自分の未来のお嫁さんを助けただけだもの。


「トーマスさん、紹介します。 こちらロンダークさんといって私の保護者です」


「お初にお目にかかります、ロンダークと申します。 この度はレオル様をお助けいただきありがとうございました」


「いえ、こちらこそレオルには色々と助けてもらいました。 しかしそうか、保護者の方と再会できたのなら良かった。 それじゃあレオルとはここでお別れか、寂しくなるなアン?」


 そう言ってくしゃくしゃと私の頭を優しく撫でてくれる。


「寂しくなるけど大丈夫よ。 お互いに手紙のやり取りをする約束をしたから」


「うん、アンジェリカの手紙楽しみにしてる」


 宿までの帰り道でアンジェリカはレイナス王城宛てで、行商先の国の話や状況等を手紙にして送って貰えることになった。


 アンジェリカは手紙に次の行商先の街の名前を書いてくれることになったので返信はそちらの商業ギルドに送ればギルドが行商人に渡してくれると教えられた。


 本人の手元に届くまで時間はかかるけれど、定住することのない行商人に手紙を届けるには必ず立ち寄るギルドに送ったほうが確実らしい。


 まぁアンジェリカを逃がすつもりはさらさらないので、父様の許可を得てから護衛を出そうと思っている。


 ……ストーカーじゃないよ。


「なんだ連絡先を交換したのか?」


「うん、とんでもない王子様だった」


 アンジェリカの王子様発言にギョッとして口をふさぐ。


「あはははは、確かにレオルはアンの王子様かもな」


 はぁ、良かった通じてない。


「ロンダークさん、今日作ってもらったギルドカードが出来上がるんです。 アンジェリカと取りに行ってもいいですか?」


「構いませんよ、当初の予定よりもはやく再会できましたから、グラスタに乗せていた荷物も無事でしたし、よろしければ先に荷を取りに戻られてからアンジェリカ様と出掛けられてはいかがですか?」


 荷物が無事だったのはうれしい。


 大体前世で言う朝の六時くらいに鳴らされる時告げの鐘の音が聞こえている。


 トーマスさんは行商に持っていく品物を仕入れたり、夕刻には奥さんになる女性とアンジェリカをあわせたいと言っていたので、アンジェリカと居られるのは今日の四の鐘まで。    


 概ね三時間毎に鳴らされる鐘が私とアンジェリカが一緒にいられる期限を告げるようでこれほど時告げの鐘を恨めしいと思ったことはない。


 準備が整い次第迎えに来ることを告げてアンジェリカと別れ、ロンダークさんが取ってあると言う宿へと向かう。


 道すがら突然歩みを止めたロンダークさんに振り返る。


「どうさしたのロンダークさん」


「シオル様、アンジェリカ嬢を王太子妃に迎えたいと言うのは本気ですか?」


 先程はアンジェリカが居たから何も言わなかったのだろう、私は王太子でアンジェリカは行商……いわゆる特定の拠点を持たない流民と変わらない。


 身分差があり過ぎるしレイナス王国の国民ですらない。


「本気だよ。 私はアンジェリカを妻にする」


「王太子妃となれば重責もかかります。 貴族の令嬢ですら長い年月をかけて行われる御妃教育は伊達ではありませんよ?」


 そうかもしれない、私もアンジェリカと出会わなければ父様が縁組した貴族ご令嬢を妻に迎えていたのかもしれない。
 
「そうかも」


「ならーー」


「ごめんロンダークさん、アンジェリカじゃないとだめなんだよ」


 ふっと笑って見せれば、盛大なため息をついてロンダークさんが頭を抱えてしまった。


「ただの平民の娘を妃に迎える、なんとも世の少女達が好きそうな物語が書けそうですね。 本当にその夢が実現出来たなら私からシオル様を題材に小説でも書かせて貰いますか」


「えっ、協力してくれるの!? てっきり反対されると思ってたのに」


「反対したら考え直していただけると?」


「無理」


「即答ですか。本当にそう言う所はアルトバール陛下とソックリですね」


 二人で笑い合い宿屋へたどり着くとすぐにグラスタが居る厩へと急いだ。


「グラスタ!」


 私が駆け寄ると嬉しそうな声を上げて鼻面を寄せて来る。


「無事で良かった……」


 手を伸ばして顔を撫でると、長い舌でベロリと顔を舐められてしまい顔中ベタベタになってしまった。


「ロンダークさん、アンジェリカと結婚を父様や貴族、国民に祝福してもらうのは大変だと思う。でも……必ず認めさせる」  


 真っ直ぐにロンダークさんの目を見て告げれば、ロンダークさんは静かに頷いた。


「このロンダーク、僅かではありますがシオル様の夢が叶えられるようお手伝い致しましょう」


「ありがとう!」


  

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