元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

露店商が集まる通りは、道幅が狭いため馬車が通れず、路肩には何台もの荷車が並んでいる。


 荷車の荷台に在庫商品を入れたまま、蓋をするように木版が渡されていて、その上に商品がところ狭しと並べられていて見ていて楽しい。


 アンジェリカは、はしゃぎながら私の手を引いて露店を覗いては他国から持ち込まれてくる珍しい品々に釘付けになっていた。


 温かそうな北国の毛織物や南のサン王国の物らしい刺繍が施された雑貨品、内陸では中々手に入らない魚の干物、小さな色石が連なった髪飾りなど種類は多種多様で目に楽しい。


「くぉらー! 商品を返しやがれー!」


「誰かその生き物を捕まえてくれ!」


 ふと前方でなにかあったのか、騒ぎながらこちらに向かって近づいてくる。


「何かしら?」


「うーん、なんだろう。 とりあえず端に避けよう」


 アンジェリカの背中に手を回して露店と露店の僅かな隙間に入り騒ぎの元となっている何かが通り過ぎるのを待った。


 商人らしき人物が追いかけているモノ、見覚えのあるピンク色をした羽根の生えたトカゲが素晴らしい速度で私の目前を通りすぎて行く。


「サクラ! ってうわ!?」


「きゅいー!」


 私が名前を呼んで通りに飛び出せば、蝙蝠の羽根のように薄い皮膜を広げ、方向を変えると嬉しそうに私の顔面へ飛来し、べったり貼り付いた。


「レオル大丈夫!? なんなのこの変な生き物……ちょっとレオルからはーなーれーなーさい」


「きゅういー!」


 アンジェリカはサクラを私から離そうと、グイグイ尻尾を引っ張っている。


「こんな所に居やがったかこの薄気味悪いトカゲめ!」


「きゅい!?」


「うわ!? サクラやめっ!」


 やって来た男を確認したサクラは男の視線から隠れようと私の顔から離れ、後頭部に回ると首筋をたどり私の服と背中の間に潜り込んだ。


「あん? 坊主が飼い主か?」


 不機嫌そうな声の主に凄まれて、竦み上がりそうになる。


 ガッチリとした肩幅と褐色の肌を盛り上げる筋骨粒々の大きな男だ、年の頃は父様よりも歳を重ねているかもしれない。


 光を散りばめたような金色の髪は短く立ち上がり、軍人と言われれば納得いくけれどとても商人には見えない。


 纏っている衣服の形や刺繍から彼はヒス王国の行商人だろうか。


 私が会ったことがある一番厳つかったマーシャル皇国の『迷える闘神』の二つ名をもつ皇国黒近衛隊大将ジェリコ・ザイス殿と良い勝負だ。


 確かにサクラをこの国に連れてきたのは私なので、この子が何か問題を起こせば連れてきた私の責任だ。


「はい、そうです。 旅の途中ではぐれてしまいずっと捜していました。 どうやらこの子も私を捜してさまよっていたようです。 この子が何かご迷惑をかけてしまったようで申し訳ありません」


 深々と頭を下げると、なんの返答もない。


 あれ? おかしいな……そろそろと顔をあげて男の顔を見てあんぐりと口を開けそうになった。


 ボロボロと大粒の涙を流しながら泣く壮年の男に呆気にとられた。  


「ううぅー、俺はこう言う感動的な話は弱いんだよ。 長い間お互いを捜しあった主従……感動だ! 兄ちゃん!」


「はっ、はいぃ!」


 ガシッと大きく硬い手が私の両手を掴むとブンブンと大きく上下にふる。


「その義理堅い変な生き物に腹一杯食わせてやんな! 久しぶりに良い話を聞かせてもらった!」


 私の手を解放し、バシバシと叩かれた背中が痛む。


「あっ、ありがとうございます……」


 苦笑いを浮かべて礼を述べると、満足げに頷いて来た道を帰っていった。


「怖かったね~」


「うん……」


 深い安堵のため息をはくアンジェリカの言葉に、曖昧に頷きながら私は先程まで男に握られていた自分のまだ柔らかい手を数度握ったり開いたりを繰り返す。


 あれは一介の行商人がなる手のひらではない。
 

 まだ二回目の人生を十年しか生きていないけれど、私には馴染みがある堅さと、特有の“タコ”……それは長い年月を剣と共に生きてきたものの証だった。

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