元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 マーシャル皇国はレイナス王国の南に位置し、国境には自然豊かな山々が連なっている。


 マーシャル皇国の皇帝ロジャースにはロマーナと言う正妃がいて今年二人の間に男児を授かった。


 マーシャル皇国と国境を接する隣国のケンテル共和国を実質動かしている権力者からロジャース皇帝の元へ輿入れされたロマーナ王妃との間柄は良好で政略結婚ではあるものの仲が良いと有名だ。


 ケンテル共和国には、レイナス王国のような君主は居らず、国内の有力者が話し合い国を動かしているらしく、まぁ前世で言うところのアメリカ合衆国みたいな国らしい。


 眼前に広がる見上げるほど高い城壁はマーシャル皇国の王都をぐるりと囲むように出来ていて、東西南北に四つの門があり、常に王都への出入りを確認している。


 入門を待つ長い列には、トーマスさんと似たような幌馬車が多数いるため、その多くが王子様誕生に沸く王都で商売をするためにやって来た行商の商人達だろう。


 自分達の順番が近付くにつれて、私は不安になっていた。


 襲撃前に持っていた荷物のほとんどを愛馬のグラスタの鞍にくくりつけていたため、手元にあるのは襲撃の際に着ていたボロボロの衣類と、近くに落ちていたのをアンジェリカが拾ってくれたらしい短剣のみ、一緒にいたはずのピンクの愛竜サクラも見当たらない。


 グラスタは賢い牝馬だからきっとロンダークさんに合流してくれているかもしれない、サクラは……心配しても今の私では捜しに行くことも出来ないしな。


 王都のドラグーン側に面した東門でトーマスさんが身分証となる金属版を門番に見せると、簡単な荷物検分を行われすんなりと入都を許可された。


 成人前の子供に関しては保護者の身分証がしっかりと確認できれば比較的ゆるい検問で通してくれるらしい。


 また王都では現在王子様の誕生を祝う祭りで多くの人が激しく出入りしており連日連夜人が途切れることなく賑わっている。


 もしかしたら私や妹のキャロラインが産まれた時も城下はこんな感じで賑わいをみせていたのだろうか。


 門を潜り抜けると、目の前には色とりどりの屋根の住宅街が見える。


  人の流れに沿ってトーマスさんが馬車を移動させると、人出が一気に増えた。


 トーマスさんが言うにはマーシャル皇国の大通りは式典やパレード等が行われることがあり、王城の正門まで続いているため、有事の際に攻め込まれ難くする目的でわざと螺旋を書きながら造られているらしい。


 しかも民家と民家の間は馬車や戦の時に使用される戦馬車が通れない位の広さしかないため、単騎や歩兵ならすり抜けてしまうが、大きな戦馬車は大通りを進むしかない。


 しかも大通りに出るためには二台の戦馬車が通ることが出来る幅がある道まで王都の外壁沿いに進むしかない。


 ある意味攻めるには大変面倒な構造の都市だろう。


 王都で商売をするためにトーマスさんが向かったギルド会館はなんと王城がよく見える場所にあった。


 日射しを受けて白く輝く城がとても美しい、
これがマーシャル皇国の城かぁ。


 様式とかはわからないが、やはりレイナス王国の城ともドラグーン帝国の城とも作りが違う。


 初めて訪れたギルド会館は二階建ての立派な建物だった。


 商売を営むにはその都市のギルド会館で商売をするための場所を購入しなければならない。


 店舗を持って営業している店は毎月商人としてのランクに応じて売り上げの何割かをギルド会館に納め、ギルド会館が更に何割かを差し引いた金額を税として国へ納めるのだそうだ。


 ただ、トーマスさんのように行商の商人はギルド会館で用意している行商ように区切られた露店区画を期間限定で借り受けて商売をすることになる。


 こちらは売り上げを税金として取ることはしない代わりに、場所代が少し高めに設定されている。


 ギルド会館で購入した場所以外で商売をしていれば発見され次第粛清の対象となり、ギルドカードの没収やその他の刑罰対象となるため、少々お高くてもきちんと場所を購入した方が利口なのだ。


 ギルド会館には依頼された仕事を受注し、仕事として請け負う冒険者ギルドや商業ギルド、工業ギルドと専門的な部署ごとに別れており、必要があればそれぞれに登録する必要があるらしい。


 人によってはギルド毎に金属で出来た各ギルドガードを持っているため地味に嵩張る。


 なんとか一本化して一枚で管理出来ればギルドカードに使われる金属を他の用途で使用できるのになぁ。


 アンジェリカもトーマスさんの手伝いとして露店で接客をするため、商業ギルドの未成年者カードを持っているらしく、自慢げに見せてくれた。


 成人者カードと未成年者カードの違いは自分の店を持てるかどうか等の責任に関するものが多い。


 未成年者カードは自分の店は持てない代わりに、雇われて仕事をしながら色んな事を学び給金を得る。


 税金は雇用主が納めるのだそうだ。


 各職業ギルド毎に未成年者カードの制限に違いは有るものの、有用性は高い。


 また何よりもギルドカードは身分証代わりに使用できると言うことだ。


 今後レイナスに戻るまで色々な場面で身分証は必要になってくるだろう。


「ギルドカードかぁ、いいなぁ」


「あれ? レオルってギルドカード持って無かったの?」 


「持ってません」


「そっかぁ、ちょっと待って、父さ~ん」


 そう言うとアンジェリカは露店区画を借り受ける手続きをしているトーマスさんの元に走っていった。


「なんだ、レオルはギルドカード持ってなかったのか? アンジェリカ、受付に行ってレオルのギルドカード作って貰え」


「えっ、でも私登録料持ってませんよ?」


「んなもん、気にしなくて良いぞ? って言っても気にするだろうから貸してやるからその代金分きっちり露店で稼いでくれれば良いさ」


 グリグリと頭に手を置かれて乱暴に撫でられる。


「あ、ありがとうございます!」


「良いって事よ」


「レオル行こう!」


 トーマスさんに礼を告げると、アンジェリカに手を引かれて受付まで連れて行かれた。


「すいませーん! この子のギルドカードを作りたいんですけど」 


「はい、新規登録ですね。ではこの書類へ必要な項目を記載いただき署名をお願いします。なお、登録料として一人当たり銀貨一枚いただきます」


 受付のおばさんに手渡されたのは極々小さな羊皮紙で氏名、年齢、出身国を書き込み、必要な質問項目に印をつけるだけのものだった。


 これ偽造やり放題じゃないかと思い聞いてみたら、ギルドカードには発行した職業ギルドと発行日、番号がカードと羊皮紙双方に刻印されるため、偽造は問い合わせればわかるようだ。


 一度使われたナンバーで再発行はされないため、紛失した場合また最低ランクから始めなければならない。


 それまでの実績やランクに応じた特典などが一切受けられなくなってしまうらしい。


 特に荒事を受け持つ冒険者ギルドでは、その特典が顕著で優遇度合いが半端じゃない。


 高位ランクのギルドカードは闇で高額で取引されるため、ギルドカード狩りを専門にする組織もあり実際に襲撃すらあるのだそうだ。


 そんな連中から自分のギルドカードを守れるかが何よりの実力証明となる。


 ギルドカードは依頼を達成し、経験や力量によって上からSランクが白金、Aランクが金、Bランクが銀・Cランクが銅、D・Eランクが鉄で作られていて、カードの素材がランクが上がる度に更新される仕組みになっているらしい。


 同様に大商人は国が功績を認めた場合にギルドカードのほかに信用度を保証するカードが国から授与される。


 商売をするものは必ずカードを提示することが義務づけられているため、露店であれなんであれ商売をするものはギルドカードの取得は必須。


 冒険者ギルドは街から街へと行商する商人の護衛や街の外での害獣駆除の依頼、素材の採取に危険を伴うような物を専門に扱う冒険者と呼ばれる彼等は、権力に屈せず自らの力量のみで生きている為、幼い子供の憧れの職業だったりする。


 荒事が多いため血の気が多い人や、気難しい方も多い。


 そして街の産業を結集して統轄管理しているのが、商業ギルドだ。


 商業ギルド部署は原材料の生産、加工、販売までの関係者に不満が出ることの無いように働きかけたり、商人同士の諍いがあれば必ず調停を行う。


 規則も多いが統率がとれているぶん、安心して商売を行うことが出来るのは大きなアドバンテージだろう。


「名前……レオル……年齢……十歳」


 次々と偽の情報を記載していく。


 最悪自分の本名で作り直せばいいのだ。


「はい、それでは登録させていただきます。レオル様は未成年者ですので、色々と制限がございますのでご説明させていただきますね」


「あっ! 私が教えますから省いてください」


「えっ、アンジェリカが教えてくれるの?」


 アンジェリカを見れば力強く頷いた。


「バッチリよ、それじゃ受付のお姉さんありがとうございました」


「ありがとうございました」


「まぁ、いい子達ね。また何か困ったことがあったらいらっしゃいね。 ギルドカードが出来るまで二、三日かかるから、この引換板を持って三日後に来てちょうだい」


 古今東西、女性はいくつになってもおねぇさんですね、もしくはお嬢さん……。


 受付のおばさ……おねぇさんから引換板を貰い、受付の席から立つと既に交渉が終わったらしいトーマスさんと合流した。


 トーマスさんは既にギルド会館に併設されている食堂で鶏肉を焼いた料理を摘まみながら私たちが来るのを待っていたらしく、並々と注がれた葡萄酒を飲んでいる。


 傍らに豊満な肉体を誇る見知らぬ熟女がいるため、声をかけて良いものか悩みどころだ。


 悩んでいる間にアンジェリカもトーマスを発見したようで躊躇い無く近寄っていくため、後を付いていく。


「ただいまぁって、お父さん! また昼間っからお酒飲んでるし!あっどうも」


 何でもないように女性に声をかけると軽く会釈している。


「まぁ、もしかしてトーマスさんの娘さんかしら大きくなったわね?」


「はい、アンジェリカと言います。 すいませんえーっとぉ」


「うふふっ、マリアよ。 前に何度か会ったことが有るんだけど、アンジェリカちゃん小さかったから忘れちゃったかしら」


「すいません、マリアさん」


「おうアンとレオル! ちゃんとギルドカード作ってきたか? 酒なら大丈夫心配すんな! どうせ露店場所は明日にならないと使用できないからな。 ほらこの金で二人で祭りを楽しんでこい、ちゃんと飯も食えよ。 その代わり明日は気合いをいれて稼いでもらうからな。 宿は『金色の小鳥亭』にトーマスの名前で取ってあるから、お前ら先に寝てろよ」 


 ヒラヒラと手を振るトーマスさんの耳は既に真っ赤だ。


 しかしこの混雑でよく宿を取れたものだ。 


「増額を要求します!」


「ちっ、ホラよ」


 トーマスさんは革の財布から更に二枚硬貨をアンジェリカに投げ渡す。
 
「やったね。マリアさん、父をよろしくお願いします、レオル行こう?」


 ペコリと頭を下げるとマリアさんから視線を反らして、私の手引き会館の外へ出た。


「ねぇ、アンジェリカさん……トーマスさんとマリアさんって……」


「どうせ娼婦でしょ……。 よくあることよ、それより折角のお祭りなんだから楽しまなくちゃ損よ」


 どうやら馬車は既に宿に預けているらしい。


 荷物の預かりまでしてくれる宿屋に驚いていると、どうやらトーマスさんのギルドカードの特典らしい。


 何色なんだろう。是非とも今度みせてもらわなくちゃ。



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