元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

『シオル殿下……』


 誰かに呼ばれたような気がして顔をあげる。 周囲はいまだに救助活動の真っ只中で、キョロキョロと周りを見渡せば、私の背後にミリアーナ叔母様の旦那さんでドラグーン王国のクラインセルト国王陛下が立っていた。


「クラインセルト陛下!? 無事脱出できたのですね、良かった。 ……あれ? 御付きの者たちは?」


 国王ともあろうものが、ひとりでポツンと立っている事に異常を感じる。クラインセルト陛下は静かに首を振る。


『妻と我が子をよろしくお願いいたします……』


 そう言って王城を指差すと、クラインセルト陛下の身体がすうっとまるで空気に溶けるように霧散して消えた。


「えっ、消えた!?」


 クラインセルト陛下が消える間近に指し示した王城からは絶え間なく土煙があがり、ゆらゆらと大きな影が暴れているようだった。


「まさか!?」


「シオル! どこへ行くつもりだ」


 私が駆け出すと、すぐさまそれに気が付いたアールベルトがひき止める。 


「嫌な予感がする。 私は王城へ行ってくる後を頼めるか?」


 砂煙の向こうに見えた影が気になるし、クラインセルト陛下の幻影が不安を煽る。


「あぁ、任せろ。ただ無理はするなよな」


 アールベルトの忠告に頷き、走り出せばすぐにロンダークがやって来て並走し始めた。


「シオル様、どうされました?」


「王城に大蛇が出た。 国王夫妻が巻き込まれた可能性がある……」


「なんとーー」


「止めるなよロンダーク、私は行くからね」


 ロンダークの言葉を遮って王城へ続く大通りに出れば、王城から逃げてくる人並みでごった返していた。


「ちっ! こんなときに……」


 混乱を極める大通りを抜けるには十歳の身体では流れに逆らい思うように進めない。


「シオル様、王城に行かれるのでしょう? 行きますよ?」


「えっ、ちょっとロンダークさん!?」


 ロンダークさんはそう告げると、ひょいっと小脇に抱えるように私の身体を持ち上げて、崩れた家の瓦礫を足場にして屋根の上へと駆け上がった。


 今にも倒れてしまいそうな屋根を飛び越えて王城へ近づいていく。


「うっぐっ……崩れ……ぐぇっ」


「大丈夫ですよ。 足場が崩れるか、上から崩れたものが降ってくるかの違いだけですから」


 そう言いながら、崩れている真っ最中の屋根を駆け抜けて行く。


「シオル様!」


 腹部の度重なる圧迫と振り回される感覚にじゃっかん酔っていた私の耳にロンダークの緊張をにじませる声が響き、顔をあげる。


「キシャー!」


 甲高い威嚇音をたてながら巨大な蛇が騎士と戦闘を繰り広げている。


 威嚇する舌が斬られている事から、私が古代遺跡で遭遇した大蛇のようだ。


「回り込め! はやくバジリスクをここから引き離すんだ!」


「こっちだ化け物! ぐぁ!」


 大蛇をバジリスクと呼び、果敢にも多くの騎士が攻撃を繰り返しているようだった。


「ロンダークさん、あの蛇倒せますか?」


「……戦力次第ですね」


 なおも暴れ続けるバジリスクが暴れている瓦礫のしたに先ほど会ったクラインセルト陛下が纏っていた緋色のマントの端を見付けて、全身から血の気が引いた。


 私はロンダークさんの腕から逃げ出すと、目の前で暴れていた蛇に向かって剥がれかけた屋根の瓦を投げつけた。


「シオル様!?」


 私の行動に驚いたのか、ロンダークの声に反応したのかバジリスクがゆっくりとこちらを向いた。


 鋭い眼光が私を確認するなり大きく開かれ、こちらへと大きな頭を突っ込んできた。


 震えそうになる身体を叱咤して、ギリギリで直撃を避けると私はバジリスクの頭部に飛び付いた。


 首を左右に振り、私を落とそうとするバジリスクの頭部に愛剣シルバを突き刺す。


 悲鳴をあげて暴れるバジリスクに耐えて何とか皮膚まで刺すことが出来たが、堅い頭蓋骨に阻まれて上手くいかない。


 バジリスクは暴れながら移動しているため、マントがあった場所には既に多くの騎士が集まり、救出活動が始まっているようだ。


「シオル様!」


 シルバに必死にすがり付きながら振り落とされないように耐えていると、ロンダークさんが城の柱に巻き付けたロープをつかんで壁を駆けてきた。 


 無駄のない所作で私を回収すると、手に持った短剣をバジリスクの右目に突き刺した。


 暴れまわるバジリスクの頭上にピンク色のドラゴンがしがみついている。


「ロンダークさん! サクラを置いてきちゃった!」


「えっ!?  しっかり捕まえて置いてくださいよ!」


 サクラを回収するべく、場所を確認すればサクラはバジリスクの体表に爪を立てながら徐々にバジリスクの左側の眼前へとずり落ちている。 
 
「あーもー! 行きますよシオル様。しっかり捕まえて下さいね」


「わかった!」


 私の返事に頷き、ロープを握り直すと勢い良くバジリスクに向けて壁を駆ける。
 
 胴体にバジリスクの舌が巻き付いたサクラは引き剥がされまいと必死に目蓋にしがみついている。


「サクラー!」


「ピギャ!」


 サクラに手を伸ばして距離をつめれば、サクラは身体をひねりバジリスクの左眼球を短い尻尾で殴打した。


 右目に続き左目も潰された衝撃で拘束が緩んだ舌から抜け出したサクラを両手で回収した。


 のたうち回るバジリスクは両目が聞かないにも関わらず、私の位置を正確に捉えているのか大きな頭をぶつけるようにして追いかけてくる。


「ロンダークさん、あそこにいって! あそこ!」
 
 城と城下を隔てる厚い城壁を指差した。チャンスは一回。


「わかりました。 しっかり捕まっていて下さいね」


 突撃してきたバジリスクの頭部をひらりと躱して私が示した城壁の中程で停止すれば、直ぐ様反応したバジリスクが私たちに突っ込んでくる。


「今よ!」


「はぁ!」


 ロンダークさんが城壁を勢い良く蹴り飛ばし回避した直後、私の愛剣シルバの柄が城壁に当たり、全ての刀身がバジリスクの頭部へと消えた。


 両目を潰された時とは比べ物にならない断末魔と地響きを立てながら暴れたバジリスクが地面に巨体を叩き付けるようにして倒れ、そのまま動かなくなった。
 
 沸き上がる喚声を聞きながらロンダークさんに地面へと下ろしてもらい、緊張感から解放されたせいで今更ながらに震える足を叱咤しながら真っ直ぐに救出活動が続いている瓦礫の山へ駆け付けた。


 騎士達に混ざり捜索を続け、ミリアーナ叔母様を守るようにして亡くなっているクラインセルト陛下と、衰弱が激しく母子ともに危険な状態のミリアーナ叔母様が発見されたのは日が真上に差し掛かる頃だった……。



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