元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 小さな地震が繰り返すなか、ロンダークと伴に篝火から分けてもらった松明の明かりを頼りに暗い夜道を疾走する。


「ところてシオル様、その肩の上の生き物は一体……」


 付かず離れずの距離を保ちながらロンダークが私の肩でおとなしくしているドラゴンに気が付いた様子で声をかけてきた。


「地下の古代遺跡で、国鳥っぽい鳥の巣にあった卵から出てきたんだ。 ロンダークはこの生き物何か分かる?」


 松明の明かりを反射するドラゴンの鱗はきれいなピンク色をしている。


「いやぁ、私もこんな生き物は始めてみました。 トカゲと似ているような気がしますが胴が短く何より背中に翼があるトカゲには心当たりがありませんね」


 ふむ、どうやらロンダークさんも知らないらしい。私は人差し指でドラゴンこ首もとを撫でてやるともっと撫でろと言わんばかりに全身を擦り寄せてくる。


「そっかぁ、ねぇロンダーク。 この子飼っても良いかな?」


「……お止めしたらやめますか?」


「えっ、やめない」


 産まれたばかりのドラゴンを自然に返しても生きていけるとは思えないし、拾ってきた責任は取るつもりだ。


「でしたらはじめから飼っても良いかなんて聞かないでいただきたいものです……しかし種が分からない以上飼育方法を模索するのは大変ですね」


 そう言えばドラゴンって何を食べるんだろう、前世の知識だと草食動物を狩る肉食なイメージが強いが、トカゲだと考えるなら虫だろうか。
  
「まぁ、後で考えるさ。今は目の前の問題をどうにかするのが先だ」


 私とロンダークが向かう先では篝火が焚かれ多くの生徒が集まっているのが見える。


「そうですね、ところでそのトカゲの名前は有るのですか?」


 名前かぁ、ピンク色の小さなドラゴンをみて思い出したのはドラマのタイトル。


「あぁ、『サクラ』だ」


「サクラですか?」


「ロブルバーグ様に聞いたことがあるんだ。遠い大地に根をはり、春にいっせいに咲き潔く散っていくピンクの花があるんだってさ。 それが『サクラ』って名前なんだ」


 こちらの世界に実在するか分からないが、私が好きな花の名前。篝火の光からみて色は桜と言うよりはピンクの芝桜に近い気もするが『サクラ』にはかわりないだろう。 


「『サクラ』ですか。しかしロブルバーグ様は本当に何でもご存じですね敬服いたします」


 都合が悪い物は全てロブルバーグ様の知識から来ていることにすると、へんな追求を受けなくてすむ。


 ロブルバーグ様には感謝しかでないなぁ。


 篝火が焚かれた広場には学園の教員と騎士達が、生徒や使用人達を集めていた。


「シオル!一体どこに行ってたんだ!」


 いち早く私を見つけたアールベルトが、警護の騎士達から離れて駆け寄ってくる。


「話は後だ。それより」


 アールベルトに全生徒の避難をと告げるより早く、立っていることが困難なほどの大きな揺れが起こり、あちらこちらで恐怖に悲鳴が上がる。


 地面がひび割れ、所々に隆起がみられる。


 レンガ造りの学舎の一部が崩れ、砂ぼこりを巻き上げて地表へ落下する。


「落ち着け! 建物から離れてすぐに地面に伏せろ!」


 明らかな異常事態に混乱する騎士や生徒にアールベルトが怒鳴り付けた。


「揺れが収まり次第、皆を連れて王都の外へと避難する! 怪我人に手を貸して一人でも多くの命を救いながら移動する!」


 まだ十歳、されど十歳。現場にいる最高位の王族である自覚が威厳となって現れているのかもしれない。


「森は抜けるな!遺跡から危険な生き物達が地表へ逃げ出している可能性が高い」


 注意を促せば大人達の顔色がすこぶる悪い。 当然だろう、使用人を除く多くの大人が若い頃この学園に席を置き、古代遺跡に夢を見て挑んでは、凶暴な遺跡の生き物によって辛酸を舐めさせられてきた者達だ。


 大人達の指示にしたがって、街中を抜けて王都を脱出する道が示され次第に集団が移動を始める。 一番早く王都から離れるなら私が落ちた森を抜ける道筋が距離としては早いだろう。 


 日の出の時刻が迫ってきたのか、空が白くなってきてはいるものの、見通しが効かない木々の隙間をぬって足場が悪い森を抜けるのは危険が勝る。
 

 崩落するほどに傷んだ古代遺跡の上をこの地震のなかで危険な生き物を排除しながらの踏破は地震で崩れた町中を抜けるより遥かに危険だと大人達は判断したらしく、私の助言を聞き入れてくれたようだ。


 食材を保管している場所から出せる限りの食糧や水に汲んだ瓶を手分けして背負う。


 初めて荷馬車を引っ張り出した貴族の令息が居たが、頑丈に建てられている筈の学園の倒壊具合から見ても城下街の建物の倒壊は酷いだろう。


 後から判明したのだが、荷馬車には食糧や水ではなく、宝石を惜しげもなくあしらった宝飾品が多く積み込まれていた。


 生徒達を含めた集団が城下街に降りてみれば、目の前に広がっていたのは見慣れた王都の街並みではなく、瓦礫の山だった。 
 
 崩れた家と、血を流しながら道端になすすべなく座り込む人、自分の怪我などお構いなしに崩れ落ちた瓦礫を何かを叫び泣きながら掘り進める人々。


「ひどい……」


「シオル殿下! 危険です! お戻りを!」


 あまりの被害の大きさに唇を噛み締めた。騎士の制止を振り切り、私は必死に瓦礫を掘り進める幼い少女に駆け寄る。


「おかあさん! おかあさん!」


 少女の額は切れ、血が頬を伝いもともとは黄色かったであろう汚れたワンピースに赤い模様を付けていく。


 少女の両手は爪が剥がれてしまっていた。 居てもたっても要られずに少女の隣に座り瓦礫を避ける。


「……くそ! アールベルト!」


「わかっている! いくぞ、せーの!」


 大きな石壁をどけようとしたが力が足りない。駆けつけたアールベルトに協力してもらい瓦礫をよければ、内部から怪我を女性が出てきた。


「おかあさん!」


 母親なのだろう。女性に抱き付く少女を一旦引き剥がし、騎士の一人に周囲に倒壊の恐れがある建物の無い比較的安全な場所まで運ばせた。


「君! この家にはあと誰かいるのかな?」


「パパはおしごとだよ。 ママとミミでお留守番してたの」


「そうか、ミミちゃんかぁ。 良く頑張ったね、後はお兄さん達に任せてママについていてあげてくれるかな?」


「うん! おにいちゃんたちありがとう!」


 きちんとお礼を言えた少女の頭を撫でる。


「シオル! こっち手伝ってくれ!」


「おう!」


 どうやら私が少女にかまっている間に次の被災者を救出するべく撤去作業に取りかかっていたアールベルトに呼ばれて駆け付ける。


「おい! こっちにも埋まってるぞ! 誰か手伝ってくれ!」


「誰かこの怪我人と子供を安全なところまで連れていって!」


 真っ先に安全を確保し保護すべき王族、しかも隣国の王子が被災者救助に回ってしまったため、自分達だけ逃げることが叶わなくなったのか、次々と生徒や教員、騎士達が救助に乗り出した。


「下賤のものなど放っておけばよいものを、早く王都を離れるぞ!」


 そんな光景を鼻で笑い、逃げていく生徒も居たがあえて放置することにした。


 救助の合間も襲ってくる強い揺れに、そのつど救助は中断され難航したが、軽度の裂傷や打撲で済んだ住人たちが救助活動に参加した事によって、救出される人も増えていった。


 朝陽が王城を照す中、襲ってきたいちだんと強い地震と伴に王城の一部を破壊して、奴は姿を現した……。







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