元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 私の今世の父、アルトバールの執務室は城の奥にあり、下男下女は近寄ることすら出来ないようになっている。


 重厚な扉の両脇を護る近衛騎士に父様への面会を取り付けて貰うように頼み、暫し扉の横で待つと直ぐに会って貰える事になった。


 他国はどうか知らないが、レイナス王国の王宮は先触れだの何だのの堅苦しい作法にあまり煩くないので正直助かっている。


「失礼致します。 シオルです!」


 一歩室内に足を踏み入れた途端に廻れ右をして逃げ出したくなった。


 大量の書類に囲まれて、まるで腐れたようにしくしくとお通夜のような雰囲気を醸し出しだす父様。


「おや、シオル殿下どうしましたか?」


 部屋の奥から白磁のティーカップを片手に出てきたシリウス伯父様は十年前よりも貫禄が増して、男の色香が倍増しになりました。


「シリウス伯父様、父様どうしたんですか?」


 もともと事務仕事が得意ではないのは知っていたけれど、いつもに増してウザさが際立っている。


 茸でも繁殖しているのでは無かろうか。


「ん? あぁ、子離れしたくないと駄々をこねているだけだよ。 それよりどうしたんだ? こんな時間に執務室に来るなんて」


「はい、じつはキャロラインが駆け込んできまして、私がドラグーン王国に留学するとか何とか言っていたのですが、本当ですか?」  


 私の問い掛けにシリウス伯父様はしっかりと頷かれました。


「本当だよ。 なんだもしかして知らなかったのか?」


 知りませんよ! 本当に寝耳に水でしたから。


「あぁ、何処かの親馬鹿が行かせたくないばかりに今まで情報を握り潰したんだね。 そのうえいつまでたってもウジウジウジウジしてるんだろう」


 じぃぃぃーっと机の上に寝そべる父様を見詰めて、はぁ、と深い溜め息を吐く伯父様。


「ううぅ、仕方がないだろうが。 ドラグーンの学園へ入ったら十五歳の成人を迎えるまで戻れないんだぞ!? それなら別に国内の国立学院でも……」


「まだそんな事を! 若い内に他国へ出して見聞を広めよと代々王家に伝わってきた伝統を親の我が儘で潰すおつもりか? 第一にその伝統を守ったことでリステリアを正妃に迎えたのは誰でしたかね?」


 えっ!? 父様と母上に一体どんなロマンスが!?


「シリウス伯父様! そこのところをもっと詳しく!」


「あれは……むぐ!」


「わー! わー! わかった! わかったから! シオル、一ヶ月後にドラグーン王国へ出発するから必要な物を纏めておけ。 あとリステリアにも今のうちに甘えておけ」


 シリウス伯父様を焦った様子で羽交い締めにすると必死に口を掌で塞ぎ、父様は私を執務室から追い出そうとしてくる。


 父様、必死なのはわかりましたけどシリウス伯父様の首まで絞まってます!


「わかりました! リステリアお母様に父様との出会いやらなんやらを聞いて参ります!」 


「ちょっ! 待ちなさい! シオル!」


 後ろからの制止を無視して廊下へ出ると直ぐに扉と壁の隙間になる空間に入り込む。


「殿下? 一体……」


「しぃ! 私は居ないふりをしてください!」


 困惑ぎみの騎士コンビを口許に人差し指を宛がって黙らせるとたった今出てきたばかりの扉が勢い良く内側から押し開いた。


「シオルぅぅぅ!」


 バタバタと走っていった父様を慌てて追いかけていく騎士コンビ。


 頑張れ! 君達の協力に感謝する!


 父様が上階へと続く階段が有る方角へ曲がったのを確認して、改めて執務室へ入ると、咳き込んでいたシリウス伯父様の背中を軽く撫でた。


「はぁ、死ぬかと思いましたよ」


「父様は手加減が苦手ですからね」


 本当に我が父ながらご苦労をお掛けします。


「はぁ、しかしまさかまだ留学をシオル殿下に話していなかったとは思いませんでしたよ」


 呆れ果てるように大きな溜め息を吐きたくなる気持ちもわかるけど、私だって寝耳に水です。


「学校なんて初めて通いますからね」


「ドラグーン王国は周辺国を侵略しない代わりに代償として、王族や高位貴族の子息令嬢を一定期間人質として招いているんだよ。実際ドラグーン王国には優秀な知識者や貴重な書物、各国から新しい技術が集まってくる。 きっと良い経験になるだろう。 まぁ、あれが一番の問題だけどな?」


 遠くから自分の名前を呼ぶ声を聞きながら、一体どうしたら拡声器もないこの時代であれほどまでに大きな声を出せるのか疑問しか浮かばない。


 父様、頼むから止めてくれ! 他の人の迷惑だから!?



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