元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

「おい! 今の音は何だ! すぐに確認するぞ!」


 背後から聞こえてきた怒声に、アールベルトが振り返ると馬車から下りてきたらしい男が持っている灯りがゆっくりと後方へ移動していくのがわかった。


「ヤバ! もう、あんなわかりやすい悲鳴を上げるから見つかったじゃん。 走るよ!」


 すぐに脱出した事は露見するだろうし、いくら小回りが効くとはいっても大人の足で追い掛けられれば直ぐに捕まってしまう。


 恐怖にすくんでいるアールベルトの手を掴みぐんぐんと城へ向かって走り出した。


「はぁ!? あれは突き落としたお前が悪いんじゃないか! むぐっ!」


 アールベルトの反論を口を無理やり手で塞ぐ。


「馬鹿! 大きな声を出したら見つかー」


「あっちから子供の声がしたぞ!」


「ほら見付かっちゃったじゃん!」


 迫り来る足音に必死に逃げながら、暫く走ったところでアールベルトの体力が尽きたらしく、石に躓き地面に転んだ。


「だいじょー」


「居たぞ! あそこだ!」


 方向を変えながら逃げてきたが、とうとう見付かってしまったらしく、男二人がこちらへ走ってくる。


 咄嗟に背中にアールベルトを庇うようにしてしゃがみこむと走ってくる男たちを睨み付けた。


 いくら日頃から父様達に鍛えられているとはいえ、正直近衛にすら剣で敵わない私に他者を護りながら戦う事は難しいだろう。


 しかも使い慣れた愛剣も短剣もなく、あるのは数本のナイフとフォークのみ。


「何だ餓鬼か。 さぁ大人しく一緒に来るんだ」


 相手が子供二人と見るや、弱者をじわじわと追い詰めるようにして迫る男たちが侮ってくれて居るのが唯一の救いだろう。


 気が付かれないようにズボンへ手を伸ばすと会場を出るときにポケットへ放り込んできたフォークを握る。 私の射程まで後、三歩。


「そうだ。 そのまま大人しくしてりゃお嬢様に渡す前に俺たちが可愛がってやるからよ」


 後、二歩。


「二人とも怯えちゃって可愛いねぇ」


 伸びてきた手を振り払い勢いをつけて屈む男の懐へ入り込むと、持っていたフォークを男の顔面へ向けて突きだした。


 ぐりゅっと肉に突き刺さる感触に躊躇いそうになる自分を叱咤して男を蹴り飛ばした。


 男は右目からフォークを生やして地面にのたうち回り、もう一人の男が、駆け付けてくる。


 アールベルトにナイフを一本手渡すと男が視線を外した隙に姿勢を低くして走り出した。


「ぎゃー! 痛ぇ! 目が!」
  
「おい! このガキいったい何てことしやがる! って居ねぇ!」


 アールベルトしか居ないことを認識した男が周りを振り向く死角に入り込み両膝に回し蹴りを叩き込むと、重心を崩した男の背後から首もとを掴みぐいっとひきたおした。


「なっ!」


 必死にナイフを男の両目をなぞるように走らせると男から断末魔のような悲鳴が上がる。


 初めて他者を傷付けてしまった恐怖に震える手で、ナイフを地面に投げつけた。


「逃げるぞ!」


 二人とも目を潰したから直ぐに追ってくることはないとは言え、まだ油断できない。


 アールベルトの元へ走り寄ると腕を掴んで無理矢理たたせるとこの場を離れるべく走り出した。


 手に残る感触と悲鳴が何度も頭の中で繰り返される。込み上げる嘔気を堪えて走り警備らしい騎士達を見付けて走り込んだ。


「レイス王国のアールベルト殿下とレイナスのシオルだ! 賊に追われているんだ!」


 走り込んできた私達確認するなり、直ぐに数人の騎士が私の指差す方角へと入っていった。


「よくご無事で。 御安心ください。 もう大丈夫ですよ」


「よかっ……」


 途端に膝に入っていた力が抜けて地面に崩れ落ちるように座り込んだ。


「おい! しっかりしろ!」


 焦ったアールベルトに身体を支えられ、必死な声を聞きながら私は意識を手放した。



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