元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?
ドラグーン王国で知り合ったクライン、クラインセルト殿下は明るくて頑張り屋で可愛くて、ついつい護ってあげたい衝動に駆られるのも仕方がないかなぁと思う。
でも果たして男として見れているのか? と聞かれたら正直“是”とは言いがたい、なんと言うか弟がいたらきっとこんな感じなんじゃないかな。
始めは王太子殿下だとは知らずに誘われるまま城下へ行ったり楽しい外交をさせて貰った。
元々姉上の名代として兄上とドラグーン王国国王の戴冠式と王太子殿下の立太子式と祝賀会に参加することが仕事だったし、兄上に提示されていた報酬も魅力的だったしさ。
祝賀会でクラインがドラグーン王国の王太子だと聞かされた時はとても驚いた。 そして国王に何故か大観衆の真ん中で婚約者として紹介された時の衝撃は恐ろしく大きかった!
なんの冗談だ! と詰め寄りたくてもこの状況今更“否”とは言えないじゃないか。
只でさえこの祝賀会はドラグーン王国の貴族だけでなく、兄上を始め周辺各国から国賓がわんさか参列しているのに、嫌だなんて言えない~!
うちの国はなんの旨みもない弱小国家! この状態で反論はドラグーン王国に泥を塗るにも等しいじゃないですか! レイナス王国存亡が危うくなりかねない。
一度レイナス王国へ帰る準備をしていたら何故かクラインもレイナス王国を見てみたいと付いてきた。
元は平民でも王太子が簡単に国を出ちゃ不味いでしょ。護衛やら結納金やらを問題なく準備して上機嫌で迎えに来た時は驚いた。
この数日で準備出来ちゃうドラグーン王国の国力と実行出来ちゃう行動力に兄上は渇いた笑い声をあげていた。
道中は景色を見たり色々な話をしたり楽しかったし、すっかり自分がクラインと婚約した事実を忘れていた自覚がある。
クラインにエスコートされて帰城を果たした時も、免疫が無いため多いに戸惑ったさ。
手早く旅装を解いて、愛用の剣を携えてクラインを放置して真っ直ぐに幼馴染みのゼストの元に向かったのが不味かった。
「ゼスト! 覚悟!」
 近衛騎士としてハスティウス公爵家の三男ゼスト・ハスティウスが出仕してからかれこれ七年。 善き騎士、善き友として共に切磋琢磨してきた。
一時期は降嫁先として期待された事もあったが、いかんせん恋愛感情には程遠く、ゼストが婚約者を迎えたことで話はなくなったが、遊び相手には違いない。
「おっと、ミリー帰ってきたのか?」
背後から急襲したのに軽く体をひねって躱される。
「ただいま、ゼスト鈍ったんじゃない?」
勢いをそのまま活かして足元を狙って一閃する。
「鈍ってねぇよ! つうか帰って早々なにやってんだよ? 他にすることがあるだろう、が!」
跳び跳ねることで躱し、そのまま後ろへと飛び去り間合いを開けられてしまう。
「だからこうして挨拶に来たんでしょうが」
殺気を解いて愛刀を鞘へ終う、間合いを開けられてしまえば長期戦になってしまうから仕方ない。 鍛えていてもゼスト相手に長期戦は体力的に不利、やるだけ無駄。
「はぁ、一応我が国の姫君なんだから程々にしないと嫁の貰い手無くなるぞ?」
あれ? もしかして
「大丈夫だよ? 婚約決まったから」
「ああ、聞いてるよ。 あの派手な王太子殿下だろ? 良かったなぁ貰ってくれる物好きがいて」
感慨深げに頭を撫でられた。 やっぱりゼストに撫でられるのは気持ちがいい。
「ふふふ、凄いだろ~! もっと誉め称えていいんだよ?」
仕切りに頭を撫でていた手がピタリと止まった。 訝しげにゼストを見上げれば私の後ろを向いたまま見事に硬直している。
「どうしたの?」
ゼストに問い掛けても返事がない。 背後を振り返ると眉間に皺を寄せながら微笑むクラインが静かに腕を組んでこちらを見据えていた。
眉間に皺を寄せながら微笑むって出来るもんなんだね、初めて知ったよ……怖!
「お捜ししましたよ? ミリアーナ姫、旅装を解いたらレイナス王宮や城下町を案内してくれると御約束の通り御部屋に伺ったのですが、どうやらお邪魔でしたか?」
やばい、これは否定して置かないと!
「す、すまない。 幼馴染みに帰還の挨拶をしていただけだから」
「ほう、幼馴染みとはそちらの男性ですか?」
「そうだ。 兄上の近衛騎士でゼストと言うんだ」
「随分と親密なのですね? 始めまして、ドラグーン王国王太子クラインセルトだ。 私の婚約者が迷惑をかけたようだ。 すまないな」
クラインはゆっくりとゼストの前にやって来ると、ミリアーナに右手を差し出した。
「御初に御目に掛かります。 レイナス王国近衛騎士ゼスト・ハスティウスと申します。 以後お見知り置きを」
クラインの言葉に一瞬殺気のような不穏な気配を発したものの、直ぐに持ち直して臣下の礼を取る。
「ゼスト、私はクラインに城内を案内するんだ。 又後でな」
この場を離れたい一心でクラインの手を握るとそのまま扉へと引き摺る。
もしミリアーナが振り返えっていればゼストとクラインが視線を外すことなくお互いを見続けている事に気が付いたかも知れないが、今そんな余裕は無い。
それからと言うもの、朝から就寝まで側から離れようとしないクラインに困惑した。 慣れない他国に来ているから不安もあるのだと思ってみたけど、正直息が詰まる。
「クライン、別に私に付き合わなくてもいいんだぞ? 退屈じゃないか?」
日課の朝の素振りをしていた時に視姦に耐えかねて聞いてみる。 一体何が楽しいのよ?
「楽しいですよ? 貴女の剣はまるで舞を踊るようですね」
満面の笑みをもってお返事を頂きました、はぁ……。
「そ、そうか?・・・・・・それなら構わないが……」
「はい。どうぞ気にせずに続けてください。」
気になります! 悩んだあげくに義姉上にすがり、可愛い甥っ子のシオルで癒されクラインに連れ戻されました。
迎えに来たクラインは笑顔だったけど、怖かった!
だけど、義姉上のお陰で自分の中に確かに根付いた物を確認できた事は確かだ。
あぁ、クラインが好きなんだなぁ。
自覚してからまともにクラインの顔を見れなくなってしまったのは仕方がないじゃないか。自分を見詰める瞳が自分でも驚くほどに鼓動を跳ね上げる。
祝賀会当日もクラインが部屋へ現れた時には、直視出来ずについ視線をそらせてしまったのも無理はないと思う。
盛装を纏ったクラインが眩しいほどに輝いて見えるのだから。
紺碧の瞳よりも深い濃紺の上下には品良く精緻な刺繍が施され、胸元に紅い薔薇が飾られている。
「ミリアーナ、とっても綺麗だ! まるで双太陽神の姫君みたいだね」
レイナス王国とドラグーン王国の婚約祝賀会が開かれる事もあり、朝早くに叩き起こされた。
あれよあれよと浴室に連行されてから湯浴みにオイルマッサージ、美容、着付け、メイクにへアセット、祝賀会の準備に気合いの入ったミリアーナ付の侍女に妥協と言う言葉はなかったし、むしろ日頃ミリアーナが男装ばかり好むので嬉々として侍女達は準備したのだ。
部屋にやって来たクラインは開口一番にミリアーナを誉め称えた。
褒められるのは嬉しいよ? でも神様と比べないでよ、バチが当たるって!
「あ、ありがとう」
嬉しさと恥ずかしさにひきつりつつ答えると、それまでの王太子の仮面が外れた。
「いっとくけど本心だからね? 凄く綺麗だ」
「やっとクラインに戻ったね?」
「うん? 俺は俺だよ?。」
さも当然とばかりに言われてもねぇ。
クラインにエスコートを受けておどおどしながらも会場へ向かう。
王女の婚約を祝う宴には既に沢山の貴族が入場していて、色鮮やかな衣装を纏った参加者で溢れていた、そこへ更に使用人や警備の騎士などが集っているため大所帯だ。
大国ドラグーンと比べればやはり劣るかもしれないが、皆自分の婚約を祝ってくれているのは単純に嬉しい。
「ミリアーナ姫、御婚約おめでとう御座います」
「王太子殿下、ミリアーナ姫は我が国の宝です。 殿下も御目が高い」
先に入場していた兄上に二人で挨拶を済ませると、早速挨拶に来た人々に取り囲まれる。 口々に祝辞を述べる貴族はミリアーナをこれでもかと持ち上げた。
褒められるのはありがたいが、その我が国の宝が今まで婚約者がないとはどうよ? 普通の姫とは違う自覚はあるけどね、ヨイショの仕方が尋常じゃない。
男勝りの姫が思わぬ大物を釣り上げた為、皆浮き足立っているのだろけど、明らかなゴマスリに苦笑を禁じ得ない。
中でも熱心なのはドラグーン王国に近い領地を持つ貴族が主、今後自分達の領地を発展させるには最善策だが露骨すぎやしませんか?
「ミリアーナ」
それまで楽団が奏でていた音色が、ローテンポの曲へと切り替えられた。
「一曲御相手頂けませんか?」
「はい」
クラインに手を引かれて広間の真ん中までやって来て、右手を繋ぐと直ぐにクラインの右手が背中に回される。
たったそれだけの事なのに、ビクリと身体が跳ねた。
これまでも夜会等で他の男性とこうしてダンスをしたことはあるけど、どうもいつもとかってが違う。
左手をクラインの腕に添える。
ダンスは正直苦手だ。 武術は自分でも驚くほどに上達したと思うけど、なぜかダンスはからっきしだった。
同じく身体を動かすだけなに、相手の足を踏んでしまうのだ。
なぜ踏み出した所に在るんだ足よ!
無意識に身体に力が入る。 うぅぅ、やはり避けらんないか……。
「大丈夫だよ? 私に任せて?」
強張りを感じ取ったのか、ミリアーナにだけ聞こえるように囁かれ自分を見上げる優しい瞳と交差する。
自分でも驚くほどに無駄な力が抜けていくのがわかる。 クラインの動きに、音に合わせて第一歩踏み出した。
踊りやすい! ドラグーン王国でも驚かされたがクラインのリードは的確だった。
ミリアーナの歩幅に合わせて踏み込み、逆に踏み出した歩幅がクラインの足に届くことなく曲が終わると周囲から惜しみ無い拍手が贈られた。
「ね? 心配なかっただろ?」
「ふふ、そうだね」
壁側に移動して歩き出す。 苦行と言っても過言ではなかった宴が楽しいと思えるのは、きっと隣を歩くクラインがいてくれるからなのだろう。
「どうかした?」
ミリアーナの視線に気が付いたのか首を傾げて聞いてくる。
「ううん、なんでもない」
微笑み会う時間は突然かけられた声に遮られた。
「ドラグーン王太子殿下、レイナス王女殿下。 御婚約おめでとうございます」
行く手を遮るように進み出たのは壮年の男だった。 貴族と遜色ない衣服をまとっているが、明らかに貴族では無いだろう。
“この男は強い”声をかけられるまで気配を感じさせることがなかったし、今も視界で捉えているからこそ其処に存在しているのが判るほど希薄。
気配を消す、それが男が凄腕であることの証明かもしれない。
「ありがとう。貴方は?」
笑顔を崩さないように注意しつつ、無意識に腰に手を移動した、いつもならあるはずの愛剣はドレスと言うことで手元にはなく触れることなく空を切る。
「名乗るほどの者ではありませんよ、もうお会いすることもありませんのでね!」
一瞬にして放たれる殺気。懐から引き抜かれた銀色に煌めく短剣を目にした瞬間、反射的にクラインの首の付け根を掴んで引き倒した。
「えっ!? うわっ!?」
「ちっ!」
小さく舌打ちする男が尚も倒れたクラインに追い縋る。
「させるか~!」
ドレスのスカートをカーテンを引くようにクラインと男の間を遮ると男は勢い付いたままスカートに突っ込んできた。
くっ、重いな。 引き倒されそうになる身体をなんとか踏ん張り、全体重を賭けて前進する。
「!?」
いきなり失速し、重心を反らされた男が背中から床に叩き付ける。
ビリ! ドレスを短剣が切り裂くが目の前の逆賊を捕らえることが先決。すっかり穴が空き裂けてしまったスカートをそのままに、転がった男を踏みつける。 狙うは急所一択! 女の自分でも驚くほどに痛い性器のみ!
踵の高いヒールの爪先で全体重を注ぎ込み踏みつけると広間に絶叫が響いた。
「うわー」
「あれは、痛い」
場内中の紳士諸君がもれなく同情的な視線を襲撃者に向けているが、こちらは正当防衛! 知るか!
「なにボケッとしてる! 捕らえろ!」
シリウス宰相の声に我に還った騎士達が口から泡を吹いて床に伸びている男を回収していく。
それと同時に広間の出口で騒ぎが起きている所を見るに賊はひとりではなかったんだろう。
「ミリアーナ! け、怪我は!?」
起き上がり駆け寄ってきたクラインに肩を掴まれて、身体の向きを変えられる。
顔を青くしながら、全身をくまなく確認していく。
「大丈夫だよ? 私がこれくらいで怪我するわけないじゃん」
安心させるようにクスリと笑うと、大きな溜め息を吐きながら抱き締められる。
途端に高鳴る鼓動は先程までの賊と対峙したからなのか、それともクラインの腕の中だからなのかわからない。
「頼むからこんな危ないことはしないでくれ」
ミリアーナを抱きながらその存在を確認するように、力を込めて安堵と焦燥が混ざった声が囁く。
「誰の目にも触れないように、腕の中に閉じ込めてしまえれば良いのに……」
クラインの言葉に一気に血の気が下がる。
「じ、冗談だよね?」
そんなミリアーナの顔を見上げると、ふわりと微笑みながら冗談だと言う。
「いまのところはね?」
いまのところってなんだ!?
ふとミリアーナの破けてしまったドレスに視線を走らせると自分の上着を脱ぎ破れたスカートを覆うとそのまま膝の裏に腕を差し入れて横向きに抱き上げた。
一見華奢にすら見える細腕のどこからこの腕力が出てくるのだろうか。
「国王陛下、一度姫と下がらせていただきたいのですか宜しいでしょうか?」
主催者である兄上に退席の許可を求めて声をかける。兄上が頷くのを確認するとクラインは私を抱き上げたまま一礼するとそのまま広間を後にした。
でも果たして男として見れているのか? と聞かれたら正直“是”とは言いがたい、なんと言うか弟がいたらきっとこんな感じなんじゃないかな。
始めは王太子殿下だとは知らずに誘われるまま城下へ行ったり楽しい外交をさせて貰った。
元々姉上の名代として兄上とドラグーン王国国王の戴冠式と王太子殿下の立太子式と祝賀会に参加することが仕事だったし、兄上に提示されていた報酬も魅力的だったしさ。
祝賀会でクラインがドラグーン王国の王太子だと聞かされた時はとても驚いた。 そして国王に何故か大観衆の真ん中で婚約者として紹介された時の衝撃は恐ろしく大きかった!
なんの冗談だ! と詰め寄りたくてもこの状況今更“否”とは言えないじゃないか。
只でさえこの祝賀会はドラグーン王国の貴族だけでなく、兄上を始め周辺各国から国賓がわんさか参列しているのに、嫌だなんて言えない~!
うちの国はなんの旨みもない弱小国家! この状態で反論はドラグーン王国に泥を塗るにも等しいじゃないですか! レイナス王国存亡が危うくなりかねない。
一度レイナス王国へ帰る準備をしていたら何故かクラインもレイナス王国を見てみたいと付いてきた。
元は平民でも王太子が簡単に国を出ちゃ不味いでしょ。護衛やら結納金やらを問題なく準備して上機嫌で迎えに来た時は驚いた。
この数日で準備出来ちゃうドラグーン王国の国力と実行出来ちゃう行動力に兄上は渇いた笑い声をあげていた。
道中は景色を見たり色々な話をしたり楽しかったし、すっかり自分がクラインと婚約した事実を忘れていた自覚がある。
クラインにエスコートされて帰城を果たした時も、免疫が無いため多いに戸惑ったさ。
手早く旅装を解いて、愛用の剣を携えてクラインを放置して真っ直ぐに幼馴染みのゼストの元に向かったのが不味かった。
「ゼスト! 覚悟!」
 近衛騎士としてハスティウス公爵家の三男ゼスト・ハスティウスが出仕してからかれこれ七年。 善き騎士、善き友として共に切磋琢磨してきた。
一時期は降嫁先として期待された事もあったが、いかんせん恋愛感情には程遠く、ゼストが婚約者を迎えたことで話はなくなったが、遊び相手には違いない。
「おっと、ミリー帰ってきたのか?」
背後から急襲したのに軽く体をひねって躱される。
「ただいま、ゼスト鈍ったんじゃない?」
勢いをそのまま活かして足元を狙って一閃する。
「鈍ってねぇよ! つうか帰って早々なにやってんだよ? 他にすることがあるだろう、が!」
跳び跳ねることで躱し、そのまま後ろへと飛び去り間合いを開けられてしまう。
「だからこうして挨拶に来たんでしょうが」
殺気を解いて愛刀を鞘へ終う、間合いを開けられてしまえば長期戦になってしまうから仕方ない。 鍛えていてもゼスト相手に長期戦は体力的に不利、やるだけ無駄。
「はぁ、一応我が国の姫君なんだから程々にしないと嫁の貰い手無くなるぞ?」
あれ? もしかして
「大丈夫だよ? 婚約決まったから」
「ああ、聞いてるよ。 あの派手な王太子殿下だろ? 良かったなぁ貰ってくれる物好きがいて」
感慨深げに頭を撫でられた。 やっぱりゼストに撫でられるのは気持ちがいい。
「ふふふ、凄いだろ~! もっと誉め称えていいんだよ?」
仕切りに頭を撫でていた手がピタリと止まった。 訝しげにゼストを見上げれば私の後ろを向いたまま見事に硬直している。
「どうしたの?」
ゼストに問い掛けても返事がない。 背後を振り返ると眉間に皺を寄せながら微笑むクラインが静かに腕を組んでこちらを見据えていた。
眉間に皺を寄せながら微笑むって出来るもんなんだね、初めて知ったよ……怖!
「お捜ししましたよ? ミリアーナ姫、旅装を解いたらレイナス王宮や城下町を案内してくれると御約束の通り御部屋に伺ったのですが、どうやらお邪魔でしたか?」
やばい、これは否定して置かないと!
「す、すまない。 幼馴染みに帰還の挨拶をしていただけだから」
「ほう、幼馴染みとはそちらの男性ですか?」
「そうだ。 兄上の近衛騎士でゼストと言うんだ」
「随分と親密なのですね? 始めまして、ドラグーン王国王太子クラインセルトだ。 私の婚約者が迷惑をかけたようだ。 すまないな」
クラインはゆっくりとゼストの前にやって来ると、ミリアーナに右手を差し出した。
「御初に御目に掛かります。 レイナス王国近衛騎士ゼスト・ハスティウスと申します。 以後お見知り置きを」
クラインの言葉に一瞬殺気のような不穏な気配を発したものの、直ぐに持ち直して臣下の礼を取る。
「ゼスト、私はクラインに城内を案内するんだ。 又後でな」
この場を離れたい一心でクラインの手を握るとそのまま扉へと引き摺る。
もしミリアーナが振り返えっていればゼストとクラインが視線を外すことなくお互いを見続けている事に気が付いたかも知れないが、今そんな余裕は無い。
それからと言うもの、朝から就寝まで側から離れようとしないクラインに困惑した。 慣れない他国に来ているから不安もあるのだと思ってみたけど、正直息が詰まる。
「クライン、別に私に付き合わなくてもいいんだぞ? 退屈じゃないか?」
日課の朝の素振りをしていた時に視姦に耐えかねて聞いてみる。 一体何が楽しいのよ?
「楽しいですよ? 貴女の剣はまるで舞を踊るようですね」
満面の笑みをもってお返事を頂きました、はぁ……。
「そ、そうか?・・・・・・それなら構わないが……」
「はい。どうぞ気にせずに続けてください。」
気になります! 悩んだあげくに義姉上にすがり、可愛い甥っ子のシオルで癒されクラインに連れ戻されました。
迎えに来たクラインは笑顔だったけど、怖かった!
だけど、義姉上のお陰で自分の中に確かに根付いた物を確認できた事は確かだ。
あぁ、クラインが好きなんだなぁ。
自覚してからまともにクラインの顔を見れなくなってしまったのは仕方がないじゃないか。自分を見詰める瞳が自分でも驚くほどに鼓動を跳ね上げる。
祝賀会当日もクラインが部屋へ現れた時には、直視出来ずについ視線をそらせてしまったのも無理はないと思う。
盛装を纏ったクラインが眩しいほどに輝いて見えるのだから。
紺碧の瞳よりも深い濃紺の上下には品良く精緻な刺繍が施され、胸元に紅い薔薇が飾られている。
「ミリアーナ、とっても綺麗だ! まるで双太陽神の姫君みたいだね」
レイナス王国とドラグーン王国の婚約祝賀会が開かれる事もあり、朝早くに叩き起こされた。
あれよあれよと浴室に連行されてから湯浴みにオイルマッサージ、美容、着付け、メイクにへアセット、祝賀会の準備に気合いの入ったミリアーナ付の侍女に妥協と言う言葉はなかったし、むしろ日頃ミリアーナが男装ばかり好むので嬉々として侍女達は準備したのだ。
部屋にやって来たクラインは開口一番にミリアーナを誉め称えた。
褒められるのは嬉しいよ? でも神様と比べないでよ、バチが当たるって!
「あ、ありがとう」
嬉しさと恥ずかしさにひきつりつつ答えると、それまでの王太子の仮面が外れた。
「いっとくけど本心だからね? 凄く綺麗だ」
「やっとクラインに戻ったね?」
「うん? 俺は俺だよ?。」
さも当然とばかりに言われてもねぇ。
クラインにエスコートを受けておどおどしながらも会場へ向かう。
王女の婚約を祝う宴には既に沢山の貴族が入場していて、色鮮やかな衣装を纏った参加者で溢れていた、そこへ更に使用人や警備の騎士などが集っているため大所帯だ。
大国ドラグーンと比べればやはり劣るかもしれないが、皆自分の婚約を祝ってくれているのは単純に嬉しい。
「ミリアーナ姫、御婚約おめでとう御座います」
「王太子殿下、ミリアーナ姫は我が国の宝です。 殿下も御目が高い」
先に入場していた兄上に二人で挨拶を済ませると、早速挨拶に来た人々に取り囲まれる。 口々に祝辞を述べる貴族はミリアーナをこれでもかと持ち上げた。
褒められるのはありがたいが、その我が国の宝が今まで婚約者がないとはどうよ? 普通の姫とは違う自覚はあるけどね、ヨイショの仕方が尋常じゃない。
男勝りの姫が思わぬ大物を釣り上げた為、皆浮き足立っているのだろけど、明らかなゴマスリに苦笑を禁じ得ない。
中でも熱心なのはドラグーン王国に近い領地を持つ貴族が主、今後自分達の領地を発展させるには最善策だが露骨すぎやしませんか?
「ミリアーナ」
それまで楽団が奏でていた音色が、ローテンポの曲へと切り替えられた。
「一曲御相手頂けませんか?」
「はい」
クラインに手を引かれて広間の真ん中までやって来て、右手を繋ぐと直ぐにクラインの右手が背中に回される。
たったそれだけの事なのに、ビクリと身体が跳ねた。
これまでも夜会等で他の男性とこうしてダンスをしたことはあるけど、どうもいつもとかってが違う。
左手をクラインの腕に添える。
ダンスは正直苦手だ。 武術は自分でも驚くほどに上達したと思うけど、なぜかダンスはからっきしだった。
同じく身体を動かすだけなに、相手の足を踏んでしまうのだ。
なぜ踏み出した所に在るんだ足よ!
無意識に身体に力が入る。 うぅぅ、やはり避けらんないか……。
「大丈夫だよ? 私に任せて?」
強張りを感じ取ったのか、ミリアーナにだけ聞こえるように囁かれ自分を見上げる優しい瞳と交差する。
自分でも驚くほどに無駄な力が抜けていくのがわかる。 クラインの動きに、音に合わせて第一歩踏み出した。
踊りやすい! ドラグーン王国でも驚かされたがクラインのリードは的確だった。
ミリアーナの歩幅に合わせて踏み込み、逆に踏み出した歩幅がクラインの足に届くことなく曲が終わると周囲から惜しみ無い拍手が贈られた。
「ね? 心配なかっただろ?」
「ふふ、そうだね」
壁側に移動して歩き出す。 苦行と言っても過言ではなかった宴が楽しいと思えるのは、きっと隣を歩くクラインがいてくれるからなのだろう。
「どうかした?」
ミリアーナの視線に気が付いたのか首を傾げて聞いてくる。
「ううん、なんでもない」
微笑み会う時間は突然かけられた声に遮られた。
「ドラグーン王太子殿下、レイナス王女殿下。 御婚約おめでとうございます」
行く手を遮るように進み出たのは壮年の男だった。 貴族と遜色ない衣服をまとっているが、明らかに貴族では無いだろう。
“この男は強い”声をかけられるまで気配を感じさせることがなかったし、今も視界で捉えているからこそ其処に存在しているのが判るほど希薄。
気配を消す、それが男が凄腕であることの証明かもしれない。
「ありがとう。貴方は?」
笑顔を崩さないように注意しつつ、無意識に腰に手を移動した、いつもならあるはずの愛剣はドレスと言うことで手元にはなく触れることなく空を切る。
「名乗るほどの者ではありませんよ、もうお会いすることもありませんのでね!」
一瞬にして放たれる殺気。懐から引き抜かれた銀色に煌めく短剣を目にした瞬間、反射的にクラインの首の付け根を掴んで引き倒した。
「えっ!? うわっ!?」
「ちっ!」
小さく舌打ちする男が尚も倒れたクラインに追い縋る。
「させるか~!」
ドレスのスカートをカーテンを引くようにクラインと男の間を遮ると男は勢い付いたままスカートに突っ込んできた。
くっ、重いな。 引き倒されそうになる身体をなんとか踏ん張り、全体重を賭けて前進する。
「!?」
いきなり失速し、重心を反らされた男が背中から床に叩き付ける。
ビリ! ドレスを短剣が切り裂くが目の前の逆賊を捕らえることが先決。すっかり穴が空き裂けてしまったスカートをそのままに、転がった男を踏みつける。 狙うは急所一択! 女の自分でも驚くほどに痛い性器のみ!
踵の高いヒールの爪先で全体重を注ぎ込み踏みつけると広間に絶叫が響いた。
「うわー」
「あれは、痛い」
場内中の紳士諸君がもれなく同情的な視線を襲撃者に向けているが、こちらは正当防衛! 知るか!
「なにボケッとしてる! 捕らえろ!」
シリウス宰相の声に我に還った騎士達が口から泡を吹いて床に伸びている男を回収していく。
それと同時に広間の出口で騒ぎが起きている所を見るに賊はひとりではなかったんだろう。
「ミリアーナ! け、怪我は!?」
起き上がり駆け寄ってきたクラインに肩を掴まれて、身体の向きを変えられる。
顔を青くしながら、全身をくまなく確認していく。
「大丈夫だよ? 私がこれくらいで怪我するわけないじゃん」
安心させるようにクスリと笑うと、大きな溜め息を吐きながら抱き締められる。
途端に高鳴る鼓動は先程までの賊と対峙したからなのか、それともクラインの腕の中だからなのかわからない。
「頼むからこんな危ないことはしないでくれ」
ミリアーナを抱きながらその存在を確認するように、力を込めて安堵と焦燥が混ざった声が囁く。
「誰の目にも触れないように、腕の中に閉じ込めてしまえれば良いのに……」
クラインの言葉に一気に血の気が下がる。
「じ、冗談だよね?」
そんなミリアーナの顔を見上げると、ふわりと微笑みながら冗談だと言う。
「いまのところはね?」
いまのところってなんだ!?
ふとミリアーナの破けてしまったドレスに視線を走らせると自分の上着を脱ぎ破れたスカートを覆うとそのまま膝の裏に腕を差し入れて横向きに抱き上げた。
一見華奢にすら見える細腕のどこからこの腕力が出てくるのだろうか。
「国王陛下、一度姫と下がらせていただきたいのですか宜しいでしょうか?」
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