元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 部屋に戻り、用意されたおまるは陶器製の物。これっておまると言うよりむしろ壺?


「まぁ、リーゼどうしたの?」


「リステリア様、実はロブルバーグ大司教様がダメもとでシオル様のトイレ介助をと御助言がありまして」


「あら、シオル出来るの?」


「あい!(はい!)」


 取り敢えず上手に座ることは出来るはず!


 個室は望めないけどオムツよりはマシなはず!


 リステリアお母様に手を握って貰い、バランスを取りながらなんとか致すと、リーゼさん始め侍女一同に誉められた。


 そんなこんなで特に進展もなく、最大の情報源であるロブルバーグ大司教様の姿も見えないままに数日が経過してしまっていた。


 父様はあれから自室に戻って来ることなく城内を奔走中。


 一体どうなってるんだろう、きーにーなーる!


「あらあら、シオル? おまるに座るの?」


「あい!(はい!)」 


 取り敢えずすることも出来ることもないので日課の這いずりと筋トレ中。


 そして新に習得したスキル! おまるで排泄も特訓中なのだ。


 まだまだ自力では難しくても、監視つきでもそれはそれ!


 トイレが近くなればあらたに部屋の隅に置かれた壺ちゃん型マイおまるまで移動してペシペシと叩きながら自己主張すればお母様なりリーゼさんや侍女~ずが座らせてくれるのだ。


 成功率七割! 残り三割は介助が間に合わなかったか夜間のために仕方がない。


 折角安眠しているお母様を起こすのは忍びないし、なにより膀胱の容量不足なのよ。


 くっ! 仕方ない、こればかりは時間が解決してくれるはずだ。


 そんなこんなで伸ばしに伸ばしたミリアーナ叔母様とクラインセルト殿下の婚約を祝う夜会の準備が整ったようで朝から沢山の召使いやら侍女やら官吏やらが浮き足立っている。


 王女の婚約を祝う為に国内中の貴族が揃うまで時間がかかっていたのだ。


 元々余り広くないレイナス王国は国境まで休まなければ馬車で三日間あれば辿り着ける。


 最も平地は、であるけどね。 実際に国境には山越えが必須だからそこからが長い長い。


 途中で獣や山賊もでるらしい。 異世界要素満載な魔獣やら魔法はないみたいだけど、幻獣の類いは居るらしい。


 幻獣が居るならいまだに発見されていないだけで、人間が入れないような場所にはファンタジー生物がいるかもしれない。


 斯くして今城下には国中から貴族やら商人か犇めいているらしい。


 自分で確認出来ないから、全て“らしい”だけどさ。


「シオル殿下、明日はミリアーナ姫様とクラインセルト殿下の婚約を祝う夜会がありますからいっぱいおめかししましょうね?」


 ここ数日で完全復活を遂げたミナリーは名誉挽回をと無駄に張り切っていて怖い。


 身の危険を感じるほどに……、しかも時折「うひゃひゃ」と笑う! 怖すぎる。


 夜会が終わればドラグーン一行は帰国するそうなので取り敢えず一安心。


 婚約式は新婦の家で行われた後に、嫁ぎ先となる家に花嫁修業として出向し嫁ぎ先の作法等を学ぶのだそう。


 婿入りも同様、その為に結婚式は嫁ぎ先で行われる。


 ミリアーナ叔母様も夜会が終わり次第クラインセルト殿下と共にドラグーン王国へ実質嫁いでいく。


「姉上!」


 あのミリアーナ叔母様が嫁入りかぁ感慨深いものがあるわー。と思っていた矢先、バァン! と勢い良く扉を開いて本人が部屋に駆け込んできた。


 珍しく泣きが入っている、一体何が有ったんだろう。


 そのまま首を振りながら仕切りに室内を一瞥すると、眼があった。


 やばい! 見つかった!


 キタキタキタキター! ずんずんと目の前にやって来ると、ヒョイっと抱き上げられた直後、両腕で締め上げられた。


「あーぶー!?(潰される~!?)」


 やばい! 真面目に絞まってる! タップタップ!


「ミリアーナ様? どうなさいました?」


 後ろから優しく声をかけながら、お母様がミリアーナ叔母様の背中をゆっくりと擦る。


 おっ、なんだか力が弛んできたぞ? たっ、助かった。


「……姉上、姉上は兄上に嫁ぐと決まって怖くはありませんでしたか?」


 ポツリポツリと消え入りそうな小さな声で話し出す。いつもの活発でどこまでも前向きなミリアーナ叔母様からは想像が着かない。


 リステリアお母様は背後に控えたリーゼさんに視線を送ると、直ぐ様リーゼさん以外の侍女達を部屋から下がらせた。


 お母様の配慮なのだろう。リーゼさんもテーブルの上にお茶菓子と紅茶をセットすると無言で一礼して部屋から出ていった。


「ミリアーナ様、ゆっくりとお話を聞かせていただけませんか?」


 柔らかく促すと小さく頷いてテーブルへと移動する。 本当に何かあったの? ミリアーナ叔母様らしくない。


 革張りの椅子に腰を降ろしても、私を放す様子がない為にそのまま膝の上に良い子で座っていることにする。


 上を見上げると、すっかり俯いてしまっている。


「さぁ紅茶をどうぞ。 それで、一体何が有りました?」


「あーあー(さぁ、きりきりはけー)」


 少しだけ逡巡したあと、覚悟を決めたのか真っ直ぐに顔をあげた。


「怖いんです……。国を離れなければいけないことが……、クライン、クラインセルト殿下は良い青年だと思います。 こんな女性らしさが皆無な私を好きだと、でも私はこの国が好きなんです」


「そうですね、私もこの国を愛しています」


「私はてっきり国内の貴族に降嫁するものだとおもっていました。国のために、兄上の決めた相手のもとへ嫁ぎ、その方と兄上を支えて行くのだと。 ドラグーン王国へ嫁げと言われたとき、何がなんだかわかりませんでした」


 今でこそ恋愛結婚が主流の日本でも、半世紀も遡れば親同士が決めた相手のもとへ嫁ぐのが当たり前。


 ミリアーナ叔母様のドラグーン王国への嫁入りは最早国同士で決められたものだ。


 親しい者がいない。


 ただそれだけの事がどんなに怖いか、ましてや車や電車等なく帰国するにも長い日数をかけて命懸けの移動となるのだ。


 そうそうレイナス王国へは帰ることが出来ない。


「私に出来ることは剣を振り回す事位です、姉上の様にクラインを癒したり出来ません。 正直クラインへ抱いている思いが異性へのものかもわかりません」


 へ?


「失礼ですが、ミリアーナ様殿方に好意を抱いたことは?」


「あります」


 即答ですね、そりゃあるかぁ。


「ちなみにどなたですか?」


「兄上も宰相閣下も騎士のみんなも国民も大好きです」


「あう(ダメだこりゃ)」


 具体的な名前が出てきたのが父様とシリウス伯父様のみ、明らかに違うとしか言いようがないでしょ。


 恋話は期待薄めなので、メインを目の前に聳えるテーブルの上へと変更しても良いでしょう。


 この落差を越えた先に間違いなく甘味が待っているのよ!


「どなたかと一緒に居ると楽しかったり、ときめいたりとかは?」 


「兄上と居ると楽しいし、強そうな人を見るとわくわくしますね」 


 お母様、その可哀想な脳筋姫は激ニブです。


「あぶー!(もうちょい!)」


 テーブルに手を掛けてなんとか卓上を覗くと、確かに宝の山が見える。 クッキーにチョコレート! そしてあれに見えるはマドレーヌ!


 くそっ、届け~! 腕よ伸びろー。


 テーブルの縁に阻まれてテーブルの中央まで届かない。


 あっ、まずい。


 左手が掴み損ねて重心を失い落ちかけた身体をミリアーナ叔母様が抱き止めてくれた。


「シオル、危ないぞ? ほら」


 だって甘い誘惑には勝てないんだもん!


 もう一度自分の膝の上に連れ戻された、振り出しに戻るかぁ、再チャレンジだなこりゃ。


「姉上、シオルにフィナンシェをあげても良いですか?」


 マジ!?


 ばっ! っと見上げればミリアーナ叔母様が苦笑している。


「シオル、本当に赤ん坊? なんか言ってること理解してる気がするんだけど……」


 そんなことは良いから、フィナンシェを! はーやーくー!


「ふふふ、解ったわ。 ミリアーナ様、少しずつ渡して下さいまし」


 うぉー、お母様ありがとう! ミリアーナ叔母様愛してる~。


 念願のフィナンシェを渡されて大人しくなった私に二人で苦笑しているけど、気にしませんよ。 なんたって至福の時ですからね。


「では一緒に居ると落ち着かなかったり、近くに居ると動悸がしたりする相手は?」


「……それは……います。」


「お名前を教えていただいても?」


「……クラインです……なぜかいつも横に居るし、なにが楽しいのかニコニコしていて稽古に集中できないし!」


 動揺しながら言い募る。


「普段頼りないのに、いざとなるとかっこ良かったり。自分の国の民を一番に考えているのも解るし……それに……」


 それに? 続きが止まったので見上げると、真っ赤になり悶絶している。一体何があってその反応?


「ミリアーナ様はクラインセルト殿下が好きなのですね」


 すっかり冷めてしまった紅茶を飲むと納得した様にお母様が呟いた。


「そ、そうなのでしょうか?」


「私にはそのような感想を抱きましたが、アルはどう思います?」


「ああ、俺も同意見だ。そうは思われませんかクラインセルト殿下?」


「え!?」


 居るはずのない声に驚き椅子から勢い良く立ち上がり、恐る恐る私を抱いたまま振り返ると満足げな良い笑顔で父様の横に本人様が立っている。


「嬉しいよ! てっきり片思いだと思っていたから」


「……いつから?」


「名前が出る前から」


 ほぼ始めから居たらしい。 どうやら気が付いて居なかったのは私と叔母様のみ。


 気配に敏感なはずのミリアーナ叔母様が気が付かなかったのは、お母様の核心をついた問いに動揺したか、もしかして実は気配の消し方が上手いのか判断にこまる。


「今は頼りないかも知れないけど、必ず貴女を幸せにしてみせます。私と共にドラグーン王国へ来ていただけませんか?」
 
 真摯に決して強制はしないと言う、でも自分の魅力は十分解っているのだろう。


 小首を傾げて隠し味に儚さを少々、消え入りそうな小さな声で「ダメ、ですか?」


 うぉー、破壊力半端じゃない!


「貴女以外の妃を得たいとは思いません、貴女が居ない人生なんて無意味です」


 不穏な気配にミリアーナ叔母様が一歩下がった。


 すかさず二歩分詰め寄る。


「それとも他に好きな男がいる?」


「えっ! ちょっ!」


 じりじりと距離を詰められる。いやね、矛先が向いているのは自分じゃないのはわかるけど、怖いよ~!


「どこの誰だろうね? 名前を教えて? 直ぐに忘れられるようにしてくるから」


「忘れられるようにって」


「ふふふ、安心して。 幸いそれだけの力はあるからね、今日ほど王太子という肩書きに感謝した事はないよ」


 クスクスと笑いながら壁際まで追い詰めた。こっ、これは壁ドン!? 身長差逆バージョン!?


 上目使いに見上げて微笑めば、効果は二乗! これって以外と見上げる壁ドン良いかも!?


 年下萌えじゃないの!


「僕のこと嫌いになってしまいましたか?」


 先程までの自信はどこへやったのか悲しげに視線を伏せると愁いを滲ませて力なく呟いた。


「そんなことはない! 私はクラインが好きだ!」


「あーう(ああ、言っちゃった)」


 目の前に伏せられていた顔が一瞬ニヤリとしたのは見間違いじゃないと思うよこれ!


「嬉しいよ! こんなに熱烈な愛の言葉は始めてだ! お聞きになりました? 義兄上!」


「ああ、良かったな」


 同意を求められて父様が苦笑しながらも頷いた。


「義姉上もお聞きになりました?」


「ええ、両想いでようございました殿下」


 おぅ、今度はお母様の言質を取ったよこの王子様。レイナス王国最高権力者二名が証人、どうする気だミリアーナ叔母様。


 着実に足場を固めて逃げ場を無くしてるよ、この王太子殿下。


「ありがとうございます! ミリアーナ姫?」


「え?」


 話を向けられたものの、キョトンとしている。この顔は絶対に話の展開に付いていけてないよ。


「クラインセルト殿下、レイナス王国王妃としてではなく、ミリアーナ様の義姉として姫を泣かせるような真似は慎んでいただければ幸いです」


 にこやかにクラインセルト殿下にお母様が釘を射す。


「勿論です。寝所以外では啼かせないとお約束致します」


 約束の条件に父様は苦笑し、お母様は口許を隠しながら微笑み、暫く時間要して漸く言わんとしている内容に思い至ったのか湯気でも出そうな勢いで赤面するとズルズルと床にずり落ちた。


「ミリアーナ姫? 大丈夫ですか?」


 そんなミリアーナ叔母様の顔を覗き込むようにしゃがみこむクラインセルト殿下の笑顔は眩しいほどに神々しく、とっても黒かったです。





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