元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

 双太陽神教の大聖堂は王都の城下町に作られており、公式な式典等で王族が利用する場合以外は平常時であれば一般の国民に開放しているそうだ。


 王族の生誕の儀式と戴冠式、葬儀を執り行う事ができるとされている大司教以上の階級者がやって来る為、大聖堂は一月前から念入りに掃除や修繕が施される。


 神教の建物は、その国のバロメーターと化していた。王族の戴冠式や葬儀は他国からの参列者もいるため、特に式典に使われる大聖堂は準備に余念がなかったりする。


 長年の雨風にさらされて変色した外壁は塗り替えられて、白く輝いていてとっても綺麗だ。


 豊かな国は国中に点在する小さな教会まできちんと修繕されるが、経済的に厳しい国ではそうもいかない。


 いくら王都の大聖堂を飾っても、国の経済力は国境付近の教会を見れば明らかだったりするらしい。


「あーうー(うわー綺麗)」


 通路の天窓には鮮やかな色ガラスのステンドグラスが嵌め込まれ、陽の光で通路に神話を象った絵柄が映し出されている。


 大聖堂を預かる司祭を先頭に、道の両端を神父さんと修道女の皆様が控えている。


 その中央部を大司教様に抱かれたまま精緻なステンドグラスの天井を見上げる事になった。


 どうやら本来であればこうして大司教様が、祝福する相手を自ら案内や運搬はしないらしい。


 かといってロブルバーグ大司教様が特別にしているサービスと言うわけでもないようで、ロブルバーグ大司教様のこの行動に一緒に国入りしてきた司祭や助祭の面々はとても驚いていた。


 ちなみに教皇、大司教、司教、司祭、助祭、神父の順に階級が別れているらしい。


「うむ、良く手入れされておる、良い大聖堂じゃな」


「あーあ、うぅ(綺麗だけど、高そうだね)」


「ステンドグラスかの?あの大きさの物なら輸入するのに金貨五十枚はかかるからの」


 ご、五十枚!?確かこの世界は銅貨が百枚で銀貨、銀貨が百枚で金貨、金貨が百枚で白金貨。


 日本円感覚で銅貨が一枚百円、銀貨が一万円で、金貨が百万円、って事はあのステンドグラスは五千万!?


「あぶっ! (高過ぎないそれ!)」


「ステンドグラスを創る技術者や補修する技術は神教が秘匿にしておるからの」


 技術の独占は巨額のお金を産むのは彼方でもこの世界でも変わらないみたいだ。でも、ステンドグラスに五千万円って……。


「ちなみにスノヒスでのみ生産されておるからの、大きさにもよるが輸送費も入れると巨額じゃ」


 巨額って、まぁ車も飛行機も、ましてや魔法なんて便利なものもないこの世界、舗装されていない大地を越えて割れやすいステンドグラスを運ぶのは神経を使うだろう。


 治安も良いとは言いがたい難易度の高い輸送……、一体いくらかかることか……、こんな贅沢品が国中にあると思うと頭痛がする。


「あぶ、あーうー(国中にあると思うと、胃が痛いんですけど)」


「赤子が何を言っておるやら、こんな高価なものがあるのは大聖堂位なもんじゃ、一般の教会に管理できるような品物ではないわい。まぁ、スノヒスは例外じゃがな」


 スノヒス国恐るべし、産出国の強味と言うべきか。


「さぁ、着いたぞ。 式を執り行うとするかの、儂としてはこんな赤子は会ったことがないからのんびりしていきたいところだが、そう言うわけにもいかんでな」


 苦笑いを浮かべながらもロブルバーグ大司教様は私を部屋の中央部に置かれたベビーベッドへと下ろした。


「レイナス国王アルトバール・レイナス」


「はい」


 ロブルバーグ大司教様が同行してきた司祭から受け取った緋色のローブを身に付けると、後ろから同行していたアルトバール父様を部屋の中央部に呼び寄せた。


「レイナス王妃リステリア・レイナス」


「はい」


 両親二人を呼び寄せると、ロブルバーグ大司教様は私を改めて抱き上げて二人に手渡した。


「ここにある赤子は汝らの王子に間違いないか?」


「「はい」」


 二人揃ってロブルバーグ大司教様の問いに答える。


「汝らは王子を慈しみ、愛し、伴に守り抜くことをここに誓うか?」


「はい」


「誓います」
 いくつかの質問を繰り返したあと、ロブルバーグ大司教様は後ろに控えた司教からワインの注がれた銀のカップと、すりおろした林檎を二人の前に持ってきた。


「この王子が将来食べ物に困ることがなく健やかに過ごせるように夫婦で清めのワインを分け合って飲み干し、その後王子に初めての大地の恵みを与えたまえ」


「わが息子シオル・レイナスに王子神の幸多からんことを」


 ロブルバーグ大司教様がそう言った後、王子神に祈りを捧げてアルトバール父様が盃を半分ほど飲み干すと、リステリアお母様に手渡した。


「愛息に姫神の幸多からんことを」


 リステリアお母様が姫神に祈りを捧げて残っていたワインを飲み干した。


「ではシオル王子殿下にこちらを」


 双太陽神教の紋章が刻まれた銀のスプーンをアルトバール父様に手渡すと少しだけ林檎をすくい取り私の顔の前に持ってきた。


 えっ! まじで食べていいの!? ミルクオンリーの生活で飽き飽きしてたのよ!


 目の前に差し出されたスプーンを自分から食べにいった。 瑞々しい甘味と少しの酸味が口の中一杯に広がる。


「あーうー(しあわせー)」


 見上げるとリステリアお母様とアルトバール父様が呆気に取られている。 ん? なんかまずいことしたか私。


「ははは! 普通は食べる真似事だけなんじゃがよほど林檎が口に合ったと見える」


 笑いだしたロブルバーグ大司教様の様子に他の参列者が将来大物になるとか、赤子でも流石は王族ですなぁ、なんて言っているのが聞こえてくる。


「あぶ? (もう終わり?)」


「アルトバール国王陛下、王子殿下が欲しがっているようですぞ」


 不満そうな私にロブルバーグ大司教様は面白がる様にアルトバール父様に二口目を促してくれた。


「シオル? もっと食べるのかい?」


「あーい! (もちろん!)」


 アルトバール父様とリステリアお母様が顔を合わせると、ゆっくりと林檎を掬って口に運んでくれた。


 はぁ、しあわせー。 林檎だけど満たされるー。


「さぁ、これにてシオル・レイナス第一王子殿下の生誕の儀を閉式とする」


 ロブルバーグ大司教様の宣言とともに響き渡った鐘の音に私の生誕の儀式が終了した。


 後日、まだ固形物を消化できるほど成長してはいなかった様で盛大にお腹を下すはめになりました。



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