元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね!?

紅葉ももな(くれはももな)

「本日は王太子殿下の御誕生、心より御祝い申し上げます」


「ありがとう。 神々に感謝を、そしてこれまで支えて頂いたすべての国民にも感謝しております」


 リステリアお母様と私が席に着くや否やそれまで遠巻きにしていた貴族っぽい集団が一斉に詰め掛けてきました。


 口々に祝いの言葉を述べる参列者に笑顔で礼を述べつつ、リステリアお母様はそのそれぞれに一言二言相手の情報を交えた世間話程度の返答をしている姿に驚きと尊敬を覚えましたよ。


 詰め掛ける人数分の情報があらかじめ解っていないとあれは出来ないでしょう、娘さんについてや相手の統治している土地で起きた災害等、内容の豊富さに前世ではあまり人付き合いが得意でなかった私としてはただただ頭が上がりません。


 そんな挨拶がしばらく続いた頃、大広間に見慣れない服装の一団が入場してきました。


「双太陽神教大司教ロブルバーグ様御到着!」


 んん?なんじゃそりゃ。 産まれてこの方疑問、難問、難題のオンパレード。


 一団は白く長い髭を蓄えた老人を先頭に、みんな黒色のローブを着ていて長い裾を引きずりながら大広間の中央部まで進むと、老人以外の付き人っぽい人達が床に片膝を付いて謙った。


「ようこそ遠いところ我が国へ御足労頂き光栄ですロブルバーグ大司教様」


 アルトバール父様が玉座を降りて一人だけ立っている老人に労いの声をかける。 大司教って多分役職名だったかなぁ。


「この度はお世継ぎの誕生を心より御祝い申し上げます」


 歳を感じさせない凛とした声が大広間に響く。 うん、良い声だねぇ。 老人ことロブルバーグ大司教様は両腕を幅広の長袖の中にも入れたまま腕を組んで頭を垂れた。


「本日は長旅で御疲れでしょう。 すこしばかりでは有りますが歓迎の宴をご用意しておりますのでゆっくりと御過ごしください」


 双太陽神教の面々に前もって用意していた部屋へ案内しようと歩き出したアルトバール父様に続く事なくその場から動かない教団に、大広間の参加者がざわめく。


「どうなされましたロブルバーグ大司教様」


 頭を下げたまま動かないロブルバーグ大司教様を心配したアルトバール父様が問い掛けると、ゆっくりと身体を起こした。


「御気遣いありがとうございます、ですが我らは直ぐにドラグーン王国へ参らねばなりませんので……」


「それはそれは……随分お急ぎのようですね」


「こちらの都合となり申し訳ありませぬ、これから御子殿の生誕の儀式を執り行わせて頂きたい」


 急な申し出に広間中が騒然となってしまった。


 何か通常と違う事態が起こっているようだけど、情報が不足し過ぎていて私にはさっぱり分からない。


「そっ、それはまた随分とお急ぎのようですね、普通は生誕の儀式は日をみて吉日に分けて行う筈では……?」


 アルトバール父様が笑顔を張り付かせたまま、大司教様に問いかける。 見上げればリステリアお母様もあまりの展開に顔を曇らせていた。


 シオル様をなんだと思っているんだと、小さく呻きながら、拳に力を入れて蒼白になっているリーゼさんを見る限りよほど事なのだろう。


「我らは此れよりドラフト国王の葬儀に向かわねばなりません」


 ドラフト国王、確かレイナス王国に隣接している軍事大国のドラグーン王国の国王陛下がそんな名前だった気がする。


 前に警護の近衛騎士が話しているのを聞いていたので覚えてました。


 誰かが何かを話しているときには、なるべく聞き漏らさない様に集中してるので結構疲れるんですよね。


 相手もまさか赤ん坊が聞き耳を立てているなんて思わないでしょうし。


 ロブルバーグ大司教様の発した言葉の意味を正確に理解した者は果たして何人この国に居たのだろう。


 既に覇権争いから離脱した上に特産品も無いため放置されてきたらしい領土がレイナス王国だったけど、大国の王が一人死ねば世界の均衡が瓦解する。


「それは……分かりました。 一刻ほど御待ちいただきたい、宜しいでしょうか?」


「重ね重ね宜しくお願いいたします」


 アルトバール父様とロブルバーグ大司教様との話し合いに先んじてリーゼさんは側に控えていたレーシャさんに私を預け、ミナリーとリズさんを連れて駆け出して行った。


「お集まりの皆さま、此れより一刻後、急では有りますが我が息子の生誕の儀式をとり行います」


 うわー、どよめいてます。 アルトバール父様が宣言すると大広間で来客の対応をしていた侍女を数人残して、蜘蛛の子を散らすように皆居なくなってしまった。


「ロブルバーグ大司教様、皆さま。 しばし御時間を頂きますあいだ、少しでは有りますがお食事をいかがでしょうか?」


 ゆっくりとアルトバール父様の隣に寄り添うように移動したリステリアお母様が、前もって用意していたテーブルへとロブルバーグ大司教様を案内していく。


「王妃陛下、この度はこのような形になってしまい申し訳ありませぬ」


「いいえ、大司教様はとてもお忙しい中でシオルの為に遠い我が国まで足を運んで頂けただけで感謝しきれません」


 リステリアお母様が一団を案内して来たのは、私がいる場所に近い上座のテーブルだった。


 誰も座る者がいないテーブルはどうやら神教関係者の為に用意されていたらしい。


「この度の主役はどちらですかな?」


 リステリアお母様自らグラスにワインを注ぎ、接待しているとロブルバーグ大司教様が尋ねる。


 他の一団にも数名の世話係が付き、準備されていたワインを振る舞っているようだった。


「レーシャ、シオルを此方に連れてきて?」


 呼ばれましたよ。レーシャさんは緊張しているのかぎこちない動きでゆっくりと移動すると私を連れてリステリアお母様の所へと運んでくれた。


「大司教様、この子がシオル・レイナスです」


 レーシャさんから私を抱き取ると、ロブルバーグ大司教様に見易い位置まで腰を降ろした。


「どれどれ……」


 リステリアお母様から私を受け取ると、ロブルバーグ大司教様はじっと私の顔を確認しているようだった。


 とりあえず笑顔で挨拶しておきましょう。 通じるかは分からないけど……。


「あう(初めまして)」


「うむ、私はロブルバーグと言う。 御子殿」


「あーう(今日は宜しくお願いいたします)」


「これは……、王妃陛下」


 私を抱いたままリステリアお母様に向き直ると、声量を絞りリステリアお母様のみに聞こえるよう話し出した。とは言っても頭上で交わされる会話はばっちり聞こえてますけどね。


「御子息は随分と双太陽神の加護を受けて生を受けたらしい。 まだ赤子にも関わらず既に知性の色が見えている、この才を伸ばし、育まれるが宜しいでしょう。 それがこの国を導いて行くはずです」


 私をリステリアお母様に返しながらロブルバーグ大司教様はそう言うともう一度私の瞳を覗き込んできた。


「あぶっ! (そんなに見詰められても困ります!)」


「おっと、これは失礼した」


 このじいさんまじであぶっ! で通じてるんじゃなかろうか!?


「大司教様はシオルの言っていることが解って居られるようで御座いますね」


「教会に毎日沢山の赤子が双太陽神の加護を求めてやって参りますからなぁ」


 くすくすと笑うリステリアお母様に冗談半分に返しながら、今この時を楽しんでいるようだった。


 それから暫く食事を楽しみながら、ロブルバーグ大司教様は玩具でも見つけたように私に色々と教えてくれた。


 神話や王様が亡くなったドラグーン王国について、そしてこれまで自分が戴冠式を請け負った近隣の王についてなど。


「生誕の儀式は本来ならば、吉日をみて分けて行うのが一般的なのじゃが、すまんのう。」


「あぶっ? (安くしてね?)」


「何をじゃ? 寄付をか?」


「あう(もちろん)」


「ふはは、解った解った。赤子のくせにちゃっかりしておるの」


 ロブルバーグ大司教様の膝の上に戻った私と、なんでか言いたいことが解るらしいので話をしてみたのだけど、赤ん坊相手に独り言を言っているようにしか見えない他の人達が好奇な目を向けてきている。


 一緒に来た一団はロブルバーグ大司教様の様子に、慣れているのか食事を満喫しているようだった。


「あの、シオルはなんと?」


 リステリアお母様はやはりロブルバーグ大司教様に通訳を頼んできたが、大司教様の内緒じゃの一言で悶えていた。


 まぁ、赤ん坊に寄付金を値切られたなど信じる者も居ないだろうけどね。


 リステリアお母様は目をそらさずにじっとロブルバーグ大司教様の話を聞いている私の様子を観察しているようだった。


「長らく御待たせしてしまい申し訳ありませぬ」


 暫くそんなやり取りをしていた時、アルトバール父様が私たちを迎えにやって来た。


「教会の準備が整いましたのでご案内致します」


「急がせてしまいました、申し訳ありませぬ。 しかしアルトバール国王陛下、貴殿は素晴らしき御子息に恵まれたようだ。大事になされ、では行きますかなシオル王子殿下」


「あーう(はーい)」


 膝の上の私を抱き上げて一緒に移動を始めた二人を、ほほえみながら見上げるリステリアお母様と、状況が呑み込めないアルトバール父様の困った顔を見比べていたずらに成功した時のような気分で大聖堂への移動を開始した。





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